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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

517:オムレツ

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「どっこいしょっ! とぉ~いっ!! せぇえっ!!!」

   ガチャンッ!

   はぁ、はぁ、はぁ……、じゅ、重労働……、ぶへぇ~。

   ふらふらと体を左右に揺らしながら、廊下の金ピカの床にへたり込む俺。
   目の前にあるのは、空のお皿と使用済みのフォークとナイフが入った金のお盆。
   今しがた食事を終えたチャイロの食器を、この蓋付の金のお盆に乗せて、部屋の外へと運び出していたのだが、このお盆が重いのなんのってもう……、重過ぎだよっ!   
   さっきは、中部屋までトエトが運んでくれて、俺は中にある料理が乗ったお皿のみをチャイロの部屋まで運んだだけだから知らなかったのだけど、まさかお盆がこんなに重いとは……

   さすがは純金で出来ているだけある。
   中身が空っぽだというのにこの重量、恐ろしい。
   本来ならば、チャイロの世話役に任命された俺が、使用済みの食器とこのお盆を厨房まで持って行かねばならないらしいが……、無理だ、100パーセント無理っ!!

   と言う事で、ここに置いておけば、明日の朝一番にトエトが回収してくれると言っていたので、俺は遠慮なくトエトを頼る事にしたのだった。

   しかしだなぁ……
   一瞬でも、こんなに重いものを俺一人で、一階の厨房まで運ばせるつもりだったのかと思うと……
   俺はトエトの冷酷さを感じ、ぶるりと身震いした。

   額の汗を拭い、よいしょと立ち上がる俺。
   辺りはもう真っ暗で、中庭から見える空には星が瞬いていた。

   部屋の中に戻った俺は、そっと扉を閉じた。
   どうにも真っ暗闇だと落ち着かないので、昼間ティカが点けてくれた机の上のランタンの火は、そのままにしてあった。
   その火の明かりに照らされているものが一つ。
   銀のお皿に乗った、小さなオムレツだ。
   机の上に置かれているそれは、奇妙な威圧感を俺に向けて放っていた。
   
   見た目はほんと、ただの黄色いオムレツだ。
   トエトが、俺の分の夕食だと言って、ここに置いていったわけなのだが……
   いやいやいや、食えるわけねぇだろ?
   だってあれ……、紅竜人の卵だぞ??

   厨房での出来事が、俺の脳裏に蘇る。
   割られた赤い卵の中から、ぬるんと出て来る赤ちゃん紅竜人の……、死体……
   サーっと血の気が引くのを感じた俺は、オムレツから目を逸らして、チャイロの部屋へと向かった。

   開けっ放しだった中部屋を通り、こちらも半開きのままだったチャイロの部屋の扉を開く俺。
   本当は、部屋を離れる都度、キッチリ扉を閉めて、いちいち鍵を施錠しなきゃならないんだろうけど……
   生憎のところ、俺はそこまで几帳面ではない。
   それに、いちいち机と椅子を動かし、高さと位置を調節して登らないとドアノブに手が届かない俺としては、毎度その行為をするのは面倒臭いにも程があるってもんだ。
   俺の予想に反して、チャイロ自身は化け物ではなかったし、それどころかとっても良い子だから、ここから勝手に外に出る事は無いだろう。
   だったら、わざわざ鍵を締める必要なんてないさ! と、俺は都合良く考える事にした。

   当のチャイロはというと、既に自分のベッドに入って、スースーという優しい寝息を立てている。
   そういえば、晩御飯を食べるとすぐに眠くなると、チャイロ自身が言っていたが……
   俺はふと気になって、ベッドのすぐ隣に移動した。
   そして、眠るチャイロの耳元で、両手をパンッ! と大きく叩いてみた。
   こんな事すると、児童虐待とか言われそうだけど……、でも、決して起こそうと思ってしたわけではない。
   俺は、チャイロが起きない事を確かめたのだ。
   案の定チャイロは、顔の真横で結構なボリュームの音が鳴ったというのに、ピクリとも動かず、起きる気配も全く無く、スヤスヤと眠り続けている。
   
   ふむ、やはり起きないな。
   たぶん……、いや、絶対に、あれのせいだ。
   じゃないと、いくらお腹いっぱいになったからと言って、こんなにすぐ熟睡なんてしないはずだもの。

   俺は、ズボンのポケットの中を探って、小瓶を一つ取り出す。
   白い粉の入ったこの小瓶は、先程トエトから預かったものだ。

「これは、イカーブ様よりお預かりしている、チャイロ様のお薬です。夕餉の前には、必ずこれを使ってください」

   そう言ってトエトは、中部屋でお盆の蓋を取り、この小瓶に入った白い粉をオムレツに振りかけたのだ。
   
「チャイロ様は、どこか体の具合が悪いんですか?」

   俺がそう尋ねるも……

「私には詳しい事は分かりません。しかし、イカーブ様が必要だと判断されたのです。だから、決して無くさぬよう、気をつけてください」
   
   トエトは無表情でそう言って、それを俺に手渡し、部屋を去っていったのだった。

   何の薬かも分からないというのに、平然とチャイロの食事に振りかけている辺り、トエトも随分とイカーブを信用しているんだな。
   あんなに煙モクモクで、かなり怪しい奴なのに。

   俺が思うに、この小瓶に入っている白い粉は、恐らく睡眠薬の類だろう。
   残念ながら、匂いはほぼ皆無だし、舐めてみるわけにもいかないので確信はないが……
   けど、チャイロのこの熟睡具合を見ていると、あながち間違ってなさそうだ。
   問題は……、何故イカーブが、チャイロに睡眠薬を盛っているのか、という点だ。

   眠るチャイロを前に、腕組みをし、ムムムと考える俺。
   するとその時だった。

「モッモ~? 聞こえっかぁ~??」

   聞き慣れた間抜けな声が、耳元で響いた。

「ひゃあっ!? ……カ、カービィ???」

   声の主はカービィだ。
   どうやら、絆の耳飾りで交信してきたらしい。

「おぉ、元気そうだな! 今話せるか!?」

「ちょっ!? ちょっと待って!!」

   チャイロは熟睡しきっているので、側で話していてもきっと起きないだろうが、念の為に俺は侍女の待機部屋へと小走りで戻った。

「ふぅ……、いいよ、どうしたの?」

   椅子に腰掛けて、俺はカービィに尋ねた。

「おう! こっちも無事に都に着いてな。今宿屋にいんだ。そっちはどうなんだ? 王宮に潜入出来たのか??」

「あぁ、うん、なんとかね。ちょっと……、妙な事にはなってるけど……」

「妙な事? 国王のペットになったんじゃねぇのか??」

「いや、それが……。なんか、王子様のお世話係に任命されちゃって……」

「王子の世話係!? ……ん? 王子がいるのか?? ノリリアの話だと、国王には王女が数人いるって事だったんだが」

「あぁ、うん……。王女様もいるみたい、会ってないけど。王子の存在は、城の外には知らされてないんだって。なんか……、王宮の中でも隔離されてて……、ていうか、雰囲気としては、ほぼ幽閉されてる感じ」

「マジかっ!? ……大丈夫かその王子?」

「うん、たぶん大丈夫。まだ五歳でね……、良い子だよ」

「五歳っ!? ……な~んか、ややこしい事になってんな」

「うん……。あ、それとね、怪しい奴見つけたよ」

「怪しい奴? どんな奴だ?? 国王か???」

「ううん、王様じゃない。ていうか、王様は病気らしくてさ。その王様に代わって仕切っている奴がいるんだけど……。宰相のイカーブって奴なんだけど、身体中から黒い煙が出ていて、すっごい怪しいんだ」

「黒い煙? ……燃えてんのか??」

「いや、燃えてない……。燃えてないのに煙が出てるんだよ」

「マジか。それはなかなかにヤベェ奴っぽいな」

「やっぱり!? どうしよう……、僕、そいつにめっちゃ観察されちゃってたし……。そいつが悪魔なのかなぁ??」

「いや、悪魔って事は無いと思うぞ。むしろ、悪魔なのに黒い煙を身体中から放っているなんざ、自分から正体バラしてるのとおんなじだからな」

「あ、そっか……。え? じゃあ、あいつの黒い煙はいったい何なんだろう……??」

「まぁ、普通の奴では無いって事だな、用心しとけ~。……てか今、国王は病に伏せてるって言ったか? なら、謁見は不可能なのか??」

「あ~、うん、無理そうだよ。その宰相イカーブって奴が国王に代わって国の全権を握ってる感じ。だから、みんなが王宮に来るなら、そのイカーブと会う事になると思う」

「そっか。じゃあまぁ……、その黒い煙を放つイカーブって奴は、おいら達が見たら正体が分かるだろうよ。それまではモッモ、おまいは無理せず身を潜めてろよ」

「うん、そうするよ。今僕、なかなかに神経磨り減ってるしね~」

「なははっ! 明日にはおいら達もそっち行くから、頑張れっ!!」

「いつもながら、気楽な物言いだねぇ~君は。あ、そういえばゼンイは……、レイズンは? 何か言ってた??」

「あ~、その事なんだが……。あいつ、都に入ってすぐ居なくなっちまったんだよ」

「うえぇっ!? なんでっ!??」

「なんでって……、そんなのおいらにも分かんねぇよ。ただ、今朝ユカタンの町を発つ前に、レイズンがグレコさんに言ったんだ。都に着いたら同胞に会いに行くつもりだ、って」

「あ、なるほど……。僕を王宮まで運んでくれた奴隷仲間達が、王宮の周りに待機しているはずだから、ゼンイは彼らに会いに行ったのかな……?」

「かも知れねぇな。けどそのせいで、ノリリアがかなり怪しんでてな。うっかりギンロが口滑らさねぇかって、おいらヒヤヒヤしてんだ」

「ははは~、ギンロならポロリしちゃいそうだねぇ~。結局のところ、ゼンイの協力者は僕らだけなの? 騎士団のみんなには言ってないんだね??」

「うん。……あ、いや、カサチョはこっちに引き入れたぞ。あいつの空間魔法は役に立つし、逃げ足も速いし、隠れんのも上手いしな。明日王宮に入れたら、カサチョがおまいんとこに向かうと思う。そしたら空間魔法で外に逃げられるぞ」

「おぉ~なるほど! それは有り難いっ!! ……いや、この先どうなるのかと思ってたよ、ほんと」

「なはは! おまい、毎回行き当たりばったりだもんなぁっ!!」

「……カービィに言われたかないね」

「なははははっ! おっと……、あんまり大声出してちゃノリリアにまた怪しまれちまう。とりあえず、明日の朝一で王宮に向かって、国王への謁見を申し入れに行くってノリリアが言ってたから、早くて明日の昼にはそっちに行けるはずだ。だから、それまでに出来るだけ沢山の情報を手に入れておいてくれ」

「あ、うん……。情報って、具体的には……、何を?」

「ん~、何をどうすんのか、レイズンに詳しい話を聞けてねぇから分かんねぇんだよなぁ……。あいつは、悪魔が巣食っていると考えられる王族全員を暗殺するつもりだ、とか言ってたけど、それは必要ねぇとおいらは思ってる。確かに、ここは奴隷制度の存在する酷い国で、その制度を作ったのが王族だから、奴隷育ちのレイズンが王族の全てを憎む気持ちも分からなくはねぇけどよ……。その、幽閉されてる王子だって、王族なのに被害者っぽくねぇか? 本当に悪いのは悪魔だけなはずだ。グレーゾーンの奴らの命を無闇矢鱈と奪う事は、おいらの流儀には反する!」

   力強くそう言い切ったカービィの言葉を聞いて、俺は心底ホッとした。

「そっか……、そうだよね、うん……。分かった。とりあえず僕は、自分のできる範囲内で考えて行動するよ!」

   無理は禁物!
   安全第一っ!!

「おう! 頑張ってくれ!! もし何かあったらすぐ連絡してこいよっ!!!」

「うん! ありがとう!! カービィも気をつけて!!!」

   俺は、久しぶりに晴れやかな気持ちになってそう言った。
   明日にはみんなが来てくれる、だからそれまで頑張ろうっ! と、前向きになれた。
   のだが……

「おうよっ! 明日に備えて、宿屋のおばちゃんが作ってくれた夜食のオムレツ、食ってくらぁっ!! じゃあなっ!!!」

「え? オムレツ?? ……えっ!? カービィ待って!! そのオムレツはやめた方がいいっ!!! カービィ!!??」

   俺の制止も虚しく、絆の耳飾りの交信は途絶えてしまい、カービィが返事をする事はなかった。

   オムレツって……、絶対、あれだよな?
   紅竜人の、あのオムレツ……??
   あぁ……、あぁせめて、オムレツを食べるのが、カービィだけでありますように……

   俺は、すぐ側の机に置かれたままの、冷めた小さなオムレツを見つめて、両手を合わせて静かに祈るのだった。
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