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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

573:一度した約束を簡単に破るような男に、僕はなりたくないっ!

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「トエト……。なんか、ごめんね、こんな事になって……」

 ふるふると体を震わせながら涙を流し続けるトエトに対し、俺はいても立ってもいられなくて、そう声をかけた。

 トエトはきっと、俺がチャイロを助けるって、信じてくれてたはずだ。
 だから必死でここまで来たのだ。
 暗い森の中を、泥だらけになって走って来てくれたのだ。
 なのにこんな……、裏切ったみたいな形になって、本当に申し訳ないというか……

「モッモさんのせいじゃない……、悪いのは、私なんです」

 嗚咽を漏らしながら、トエトは叫ぶ。

「もっと早く、逃して差し上げれば良かった! こんな事になる前にっ!! 助けてもらった……、命を救ってもらったのに……。私、勇気が出なくて……」

 う~んとぉ……?
 トエトの言っている事は、何の事だか、誰の事だかさっぱり分からないが、かなり取り乱している事だけは確かだ。
 涙と鼻水で、顔がグチャグチャになっていらっしゃる。

 どう返事をしたらいいのか俺が迷っていると、トエトは急に立ち上がった。

「私、戻ります! このまま、約束の一つも守れないままじゃ、これまで生きてきた意味がない!! 助けて頂いた恩に報いないと、この先、生きていく意味なんてないっ!!!」

 涙をグイッと拭って、トエトは再度叫んだ。
 その言葉は、今の俺には重過ぎて……、ズキズキと胸が痛みます。

「おいおい、やめとけ。おまいさんも、おいら達と一緒に逃げよう。あのチャイロって王子様は、おまいさんが思うような、守ってあげなきゃならねぇような存在じゃねぇんだ。奴が何をする気かは知らねぇが……、今王都に戻れば、おまいさんの命は助からねぇぞ」

 今にも走り出しそうなトエトを、カービィが止める。
 トエトの様子から、トエトが何をしようとしているか察したらしい。
 しかしながら、カービィの言葉はトエトに伝わらないので……、通訳する俺。
 
「それでも構いません。私は約束したんです、王妃様と……。王妃様は、奴隷上がりという身分であるにも関わらず、私にとても優しく接して下さった唯一のお方でした。身売りされそうになっていた私を、ご自身のそばに置くという名目で、侍女として王宮に迎えて下さったのも王妃様だった。感謝してもしきれないほど……。王妃様は、私に生きる道を与えてくださったのです。王妃様は生前、私にこう言われました。もし、チャイロ様に命の危機が迫った時は、どうか守ってやって欲しいと。王妃様は案じておられました、いつかきっと、全てがチャイロ様の敵となる日がくると。私はその日の為に生きてきたのです……、今日この日の為に、今まで生かされていたのです! チャイロ様を、この命に替えてもお守りする!! その為に私は生まれてきたのです!!!」

 血走った目を見開き、大声でそう叫んだトエトは、まるで何かに操られているかのように俺には見えた。
 言葉の意味は分からずとも、その気迫から、カービィも同じように感じたに違いない、口を小さく開けたまま固まってる。
 俺達が何も言えない様を見たトエトは、くるりと踵を返し、森の中へと走り去って行ってしまった。

「も~! 全然繋がらないんだけどっ!? 何してんのよギンロったら……。あれ? トエトさんは??」

 ギンロと連絡が取れなかったらしいグレコが、ようやくこちらの様子に気付いてそう言った。

「いや~、止めたんだがな……。行っちまったよ」

 苦笑いするカービィ。

「そう……。仕方がないわね、自分の国の事なんだもの、放っておきましょ。それよりギンロが返事しないのよ」

 あっさりトエトを見捨てるグレコ。
 ……さすがです。

「もしかしたら、謁見が始まってて、返事できねぇ状況なんじゃねぇのかな?」

「そうだとしたら厄介ね。それでもこっちの声は聞こえているはずだから……、とりあえず状況を説明した方がいいかしら?」

「んだな。グレコさん、もう一度やってみてくれ」

 淡々としている二人に対して、俺はまだモヤモヤしている。
 さっきと同じく……、いや、さっきまでよりもっと、モヤモヤしている。
 トエトの言葉、トエトの覚悟が、俺の小ちゃなマイハートに深く深く突き刺さって、ズキズキと痛むのだ。

 モッモよ、本当に、このままでいいのか?
 一度救うと、助けると誓った相手を、見捨ててもいいのか??
 約束はどうする、彼との約束を、果たさなくてもいいのか???

 俺の中にある正義心が、俺にそう問い掛ける。

「……ねぇ、二人とも。やっぱり、王宮へ戻ろう」

 俺の言葉に、グレコとカービィは揃ってこちらを向いた。

「モッモ、まだそんな事言ってるの? さっき説明したでしょう?? 王子様は、私たちの助けなんて必要としてないのよ。伝言だってそう、戻るなって王子様自身が言っているんだから」

 グレコは、呆れたように溜息をつく。

「モッモ、今回ばかりは駄目だ、危険過ぎる。相手は世界を滅ぼす力を持った旧世界の神、神代の悪霊だぞ? おいら達なんか、下手すりゃ一瞬で消されちまう。加えて、邪神もいる、悪魔だっている、ムルシエの思惑も分からねぇ……。そんな場所に戻って、おまい何をするつもりなんだ??」

 俺を諭す為、あえて優しい口調になるカービィ。

 二人の言っている事はきっと正しい。
 何にもできない俺が、無力な俺が、得体の知れない敵だらけの所に戻るなんざ、正気の沙汰じゃないだろう。
 ちょっと前の俺だったら、さっさと逃げよう! って思っていたかも知れない。
 だけど……
 
「僕は……、僕も、約束したんだ。必ず助けるって、チャイロに約束した。それに、ロリアンさんにも約束したんだ。邪神を倒し、悪魔を倒して、何とかするって……。無茶だって分かってる、とっても危険だって事も分かってるよ、でも……。一度した約束を簡単に破るような男に、僕はなりたくないっ!」

 意を決して叫んだ俺の言葉に、グレコもカービィも、口をギュッと固く結んで、何も言えなくなってしまった。

 正直、怖い。
 めちゃくちゃ怖いし、心のどこかでは逃げたいって思ってるし、逃げる方が正解だって分かってる。
 けど、なんか嫌なんだ。
 この島に来てから俺は、いろいろ騙されてばかりいた。
 ゼンイにも騙されたし、イグにも騙されたし、もしかしたらチャイロにも騙されていたのかも知れない。
 でも、だからこそ、嫌なんだ。
 自分でした約束を踏みにじって、相手を騙すような……、裏切るような事をするのだけは、絶対の絶対に嫌なんだ。

「でもなぁ、モッモ……」

 尚も説得を試みようと、カービィが口を開いた、その時だった。

「伏せろぉおぉぉっ!!!」

 耳元で、怒号にも似た大音量の声が響いた。
 俺たちは三人とも、その声に従って慌てて伏せた。
 しかしながら、頭上を何かが通り過ぎる事はなく、何者かが襲ってくる気配もない。

「なんだぁ???」

 カービィが、伏せたままの状態で辺りを見回す。
 すると続けて……

「うおぉおぉぉああぁぁっ! 我が剣を喰らえっ!! 塵となれぇえぇぇっ!!!」

 聞き覚えがあるような無いような、中二病全開な雄叫びが、続け様に何度も聞こえてきたではないか。

「これは……、もしかして、ギンロかしら!?」

「間違いない! ギンロだ!! おいギンロ!? 聞こえっか!?? 返事しろっ!!!」

 どうやら、絆の耳飾りを使って、ギンロが交信してきたようなのだが……

「貴様ら覚悟しろ。今日ここで、我と相見えた事をあの世で後悔するが良い。我を誰と心得る……? 時の神の使者、その守護者である、世界最強の剣士ギンロぞっ!? うらぁあぁぁっ!!!」

   ……駄目だ。
 理由は全く分からないけれど、こっちの声が聞こえていないようだし、誰にか分からないけれど、俺たちではない誰かに一方的に喋り続けている。
 というか……、戦っている?

「分かんないけど、なんかヤバそうだな。……悪魔と対峙したか? それとも、邪神が復活したか!?」

「どうする!? このままだと、みんなに危険を伝えられないわ!!」
 
 困惑する二人に、俺は再度言った。

「やっぱり戻ろうよ! 戻るべきだよ!! 戻って、みんなと合流して、そんでもって、出来る事をしようよっ!!!」

 視界がちょっぴり滲んでいる。
 俺の目には、薄らと涙が浮かんでいるに違いない。
 だけど、このまま何もせず逃げるなんて……、約束をほっぽりだして逃げるなんて……

「分かった! 行こうっ!!」

 そう言ったのはカービィだ。
 いつものように、満面の笑みでニカッと笑っている。

「仕方がないわねぇ……。けどモッモ、もう絶対に、私達のそばを離れちゃ駄目よ!? また拉致されちゃうからねっ!??」

 グレコも、いつもの笑顔だ。

「う……、うん! 分かった!! 二人とも、ありがとうっ!!!」

 俺は、零れ落ちそうになる涙をグイッと拭って、世界最高の愛らしさを誇るピグモルスマイルを二人に向けた。

「そうと決まれば急がねぇとな。何が起きてんのか知らねぇけど、何か起きてるみたいだし……。モッモ、風の精霊を呼ぶんだ!」

「あいあいサーッ!!!」

 俺はすぐさま風の精霊シルフのリーシェを呼び出して、俺達を王宮へと運ぶように頼んだ。
 リーシェは、かなり渋ったような顔をしながらも、言う事を聞いてくれた。

 待ってろよ悪魔!
 待ってろよ邪術師!!
 待ってろよ邪神モシューラ!!!
 待ってろよイグ!!!!
 そして……、待ってろよチャイロ!!!!!

 フローラルな良い香りがする柔らかな風が辺りを包み込み、体がふわりと宙に浮いて、瞬きをするほどの一瞬で、俺達は金山の天辺にある王宮へと飛ばされた。
 そして……

 ガキィーン! 
 ガキィイーーン!! 
 ガッキィイィィーーーン!!!

「ウォラァァッ!」

「ダァアァァァー!!」

「ギャアアァァァー!!?」

 王宮の入口に降り立った俺とグレコとカービィ。
 俺たち三人の目の前に広がったのは、戦う紅竜人の群れ。

 えぇっ!? 
 何これっ!??
 なんでっ!?!?

 振り下ろされる剣と剣がぶつかる音と、雄叫び。
 肉が斬られる音と、断末魔の叫び声。
 物が壊される音と、逃げ惑う侍女達の悲鳴。

 何が起きて……、って、あああぁっ!!!
 もしかして、いやもしかしなくても!!!!
 これって、ゼンイと奴隷達の、反乱っ!?!??

 戦いを繰り広げているのは、鎧を身につけた兵士達と、身体中に無数の傷を持つ奴隷達。
 王宮で俺たちを待っていたのは、悪魔でも邪神でもなく、紅竜人達の、自由を賭けた戦いだった。
 
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