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13.勘が良いね

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 隣国ブローディア王国の聖女伝説は何度か耳にしたことがあった。
 国の流行病を鎮めたり、戦争を止めたり、水で大地を潤したり……とまあそれはそれはたいそうな話がある。魔術を嗜むシルヴィアとしては、それは不可能だろうと思っていた。そんなすごい魔力なら体が耐え切れないから。
 でも、今目の前にその『聖女』が実在している。

「レイナは10歳の頃から聖女なんだよね。今は……17だっけ? じゃあ、殿下やシルちゃんと一緒だねー」

「周りが若くて嫌だなあ」とため息を吐きながらキースは戻っていく。レイナは俯くと、羨むように言う。それにしてもまつ毛がとても長い。俯くとより強調される。

「ヴェントゥス様もシルヴィア様もとても落ち着いてらっしゃるので年上かと思いました。あまり同い年の方たちとは会ったことがないので……」
「それは、君が聖女だからか?」

 ヴェントゥスがそう尋ねるとレイナはしょんぼりと頷いた。

「昔から聖女なのだからと、勉学ばかりで……まともに友人もいなくて。ましてや親類以外の殿方と話すのはキース様とヴェントゥス様だけです」
「そうか……それにしても君は大荷物だね。どこかへ行く途中だったのかな?」

 レイナの荷物は確かに多かった。大きな茶色の革ケース。どこかへの旅行だろうか。

「あの、どこかに魔力が溢れた国があると聞いたのです。そこを目指していて……」
「魔力が溢れた国……興味深いな。でも実在する確証がない国を探すのは大変だろう……話も聞きたいし、一度王宮へ来ないか?」
「いいのですか!? わあ、とっても嬉しいですー!」

 きゃっきゃと可愛らしく笑うレイナと本来ならば女性を避けているはずのヴェントゥスが話しているのはなんだか別世界の2人を見ている感覚だった。胸が少しズキリと痛んだが、シルヴィアは全快していないからだと思い込むことにした。


「改めてみなさま本当にこの村のために尽力していただき誠に感謝いたします」

 すっかり元気なシェルジュが深々と頭を下げると、村の人たちも次々と頭を下げる。

「また近いうちに会いに行くな、シルヴィア!」

 カルマがにっこーっと笑顔をシルヴィアに向けた。シルヴィアの背後で目を光らせているヴェントゥスには気がついているけれど。

「ええ! またお話しましょうね!」

 そんなバトルが繰り広げられているとは知らず、シルヴィアはのほほんと笑った。


 そうして何時間かかけて、王宮へと戻ってきた。ヘレンはシルヴィアの帰りを泣き喚く勢いで喜んだ。いつも一緒にいてくれたヘレンや久しぶりの王宮になんだか安心してシルヴィアは自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。そうしてスースーと眠ってしまったのだった。

「お嬢様、お嬢様起きてくださいませ」
「んー、何、ヘレン……」

 寝ぼけた顔のままそう尋ねると、視界にヴェントゥスが映った。優しい眼差しでシルヴィアを見つめるヴェントゥスに驚いてシルヴィアは飛び起きる。

「起こしてごめんね。ちょっと来てもらいたくて」

 少し元気がないように感じたがシルヴィアは頷いて支度をした。ヴェントゥスと並んで歩いて行くと、ヴェントゥスは謁見室の前で立ち止まった。扉を開けると、すでにレイナが待っていた。

「今から、兄さんが……第一王子がやってくるから。2人には今回の件のことを説明してもらいたい」
「第一王子!」

 レイナは第一王子という響きにえらく反応したようだった。一方シルヴィアはどんな方だろうかと少し緊張気味だ。

「待たせてしまったかな」

 優しい低音が聞こえてその声の持ち主に目をやる。その姿には見覚えがあった。癖のある金髪に紺の瞳。ヴェントゥスの執務室で出会った美男子だった。

 (第一王子だったのね……)

「僕はユラン・ウィスタリア。さて、僕は非常に今回の件に興味があるんだ。話を聞かせてもらえるかな?」
「私はレイナ・シェーンハートといいます。お会いできて光栄です!」

 縮こまるシルヴィアとは対照的にレイナはユランにすぐさま頭を下げた。ワンテンポ遅れてシルヴィアも挨拶をする。

「私は、シルヴィア・セレスタイトと申します。以前お会いした時は何もご挨拶出来ず申し訳ございません」
「いいよ、君がヴェントゥスの婚約者だということは知っているよ」

 シルヴィアはなんだかふわふわする声に緊張をとかれていく。そうしてことの顛末を話し終えると、ユランは興味深そうに何度も頷くと「話をしてくれてありがとう」と笑った。

「もう少し話したいのだけれど……いいかな?」
「はい、ぜひぜひ!」

 レイナはユランにすり寄るようにそう言う。するとユランは、それを軽くあしらうように言う。

「ああ、君はいいよ、僕はシルヴィアと話したいんだ」
「私、ですか?」

 全くの不意打ちにシルヴィアは間の抜けた声を出す。

「彼女は僕の婚約者ですよ、兄さん」

 シルヴィアとユランの目線の交錯を妨げるようにそう言ったのはヴェントゥス。

「知っているよ。そんなにムキにならなくったって僕は彼女を奪ったりしないから安心して」

 ユランはそう笑うと渋い顔のヴェントゥスと不機嫌そうなレイナを外に出させた。ユランは2人が外に出たのを見届けるとシルヴィアとの距離を詰める。そして、探るような目で尋ねた。

「君は、王宮魔術師になりたいんだって?」
「……ヴェントゥス様から聞いたのですね」

 シルヴィアはすぐに冷静に切り返す。シルヴィアのまっすぐな目にユランは「怖がらせるつもりはないんだ」と笑った。

「先ほどの話を聞いて、君は十分王宮魔術師としての才能があると確信したよ。ヴェントゥスはなぜか君に条件を取り付けたようだけれど……僕は君を今すぐにでも王宮魔術師にすることができるよ」

「もちろんキースと2人でね」とユランは笑う。破格の申し出、今すぐに夢を叶えられるまたとないチャンスだ。シルヴィアは俯いてしばらく考え込んだ。それから、紺の瞳を覗き込むように尋ねた。

「……それは、別の意図があって、ですね?」
「ふふ、勘がいいね」

 メリットが、ないのだ。やっと見つけた第3王子の婚約者、仮にも伝統ある公爵家の令嬢をわざわざ婚約解消させてまで王宮魔術師にするメリットが。それは、すなわち何か別の考えがあっての提案なのだと判断したのだ。ユランはシルヴィアを覗き込むと、にこやかな表情を一切崩さないで口を開く。

「レイナ・シェーンハートをヴェントゥスの婚約者にしようかと思うんだ」
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