婚約破棄された伯爵令嬢シャルロッテは、泣きながら逃げる途中でぶつかった25歳の公爵と中身が入れ替わったので、復讐します!

山田 バルス

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第5話 秘密の一週間 ― 公爵邸の夜

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秘密の一週間 ― 公爵邸の夜

 馬車が石畳を滑るように進み、やがて荘厳な門が見えてきた。リュセル公爵家の邸宅である。
 煌々と灯りがともり、衛兵たちが一礼する中、三人は静かに降り立った。

「おかえりなさいませ、ファビアン様」
 門番の声に、思わずファビ子は身をすくませる。
(わ、わたしがファビアン様……!?)
 慣れぬ威厳ある挨拶に返答できず、あたふたしてしまう。
 するとすかさず、老執事レイモンドが咳払いをした。

「……ゴホン」

「あ、ああ……うむ。……戻ったぞ」
 ファビ子は低めの声で必死に公爵らしさを装う。

 その横で、シャルロッテの姿をしたシャル男が、にっこりと微笑んで小さく手を振った。
「ただいま~♡」
 その軽やかな声に、門番は顔を赤らめ「お、お帰りなさいませ」と慌てて頭を下げる。

(な、なんで完璧に演じてるのよ、このおかま公爵……!)
 ファビ子は心の中で絶叫した。

 玄関を抜け、広大なホールを進む。
 豪奢な絨毯、きらめく燭台、並ぶ肖像画――田舎伯爵家育ちのシャルロッテにとっては、目が回るほどの光景だ。
 けれど今は“ファビアン”として歩かなければならない。

(堂々と……威厳を……。でも足が震える……!)

 そんな中、シャル男は「まぁ素敵!」「このドレスも似合うじゃない!」と自分の姿を鏡に映してははしゃぎ、完全に観光気分。
 レイモンドは溜息をつきつつも、客人に対するかのように彼らを食堂へ案内した。

夜食の時間

 大理石のテーブルに、香ばしいスープと焼き立てのパン、上品なチーズや果物が並べられる。
「公爵様のお帰りが遅くなりますと胃が荒れますので、軽めにご用意いたしました」

「わぁ~美味しそう!」
 シャル男はぱあっと顔を輝かせると、レースのナプキンを器用に膝へ広げ、淑女の作法でスープをすくった。
「ん~! おいし~♡」

 その姿はどう見てもご令嬢そのもの。
 一方ファビ子は、堂々と食べるはずが緊張しすぎて匙を落とす始末。

「……ファビアン様、落ち着いて」
 レイモンドが小声で囁く。

「し、仕方ないでしょう! わたしこんなの慣れてなくて!」
「声が高いです。低く、威厳を」
「む、むぅ……」

 必死に低い声でパンを噛みしめるファビ子。
 だがその様子は、執事から見ればあまりにもぎこちなく、思わず心中で「先が思いやられますな」と呟くしかなかった。

隣同士の部屋

 食事を終えると、二人はそれぞれの部屋に案内される。
 が――驚くことに、二人の部屋は廊下を隔てて隣り合わせだった。

「えっ!? どうして隣なんですか!?」
 ファビ子は慌ててレイモンドに詰め寄る。

「理由は二つございます」
 老執事は静かに指を二本立てた。
「ひとつは、表向きに“ラブラブな婚約者同士”という体裁を示すため。
 もうひとつは、もし入れ替わりが露見すれば説明がつかず、狂気を疑われるでしょう。よって常にお互いの行動を監視し合える環境が望ましいのです」

「そ、そんな……!」
 ファビ子は真っ赤になり、うつむいた。

「まぁ♡ 隣同士だなんて素敵じゃない!」
 シャル男は両手を合わせて頬を染める。
「夜中にこっそり会いに行っても怪しまれないってことよねぇ?」

「来なくていいですからぁぁぁぁ!」
 ファビ子の悲鳴が廊下にこだました。

眠れぬ夜

 夜更け。
 豪奢なベッドに身を沈めたファビ子だったが、どうにも眠れない。

(わたしが……公爵様……? 一週間も……? もし失敗したら……家も、名誉も、全部……!)

 不安が押し寄せ、胸が苦しくなる。
 しかも隣からは、妙な鼻歌が聞こえてくる。

「ふ~んふふん♪ 胸があるって幸せぇ~♪」

「~~っ!」
 ファビ子は布団を頭までかぶった。
(あの人、楽しみすぎですわ……!)

 こうして、二人の「眠れぬ夜」が幕を開けたのであった。
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