5 / 24
第5話 秘密の一週間 ― 公爵邸の夜
しおりを挟む
秘密の一週間 ― 公爵邸の夜
馬車が石畳を滑るように進み、やがて荘厳な門が見えてきた。リュセル公爵家の邸宅である。
煌々と灯りがともり、衛兵たちが一礼する中、三人は静かに降り立った。
「おかえりなさいませ、ファビアン様」
門番の声に、思わずファビ子は身をすくませる。
(わ、わたしがファビアン様……!?)
慣れぬ威厳ある挨拶に返答できず、あたふたしてしまう。
するとすかさず、老執事レイモンドが咳払いをした。
「……ゴホン」
「あ、ああ……うむ。……戻ったぞ」
ファビ子は低めの声で必死に公爵らしさを装う。
その横で、シャルロッテの姿をしたシャル男が、にっこりと微笑んで小さく手を振った。
「ただいま~♡」
その軽やかな声に、門番は顔を赤らめ「お、お帰りなさいませ」と慌てて頭を下げる。
(な、なんで完璧に演じてるのよ、このおかま公爵……!)
ファビ子は心の中で絶叫した。
玄関を抜け、広大なホールを進む。
豪奢な絨毯、きらめく燭台、並ぶ肖像画――田舎伯爵家育ちのシャルロッテにとっては、目が回るほどの光景だ。
けれど今は“ファビアン”として歩かなければならない。
(堂々と……威厳を……。でも足が震える……!)
そんな中、シャル男は「まぁ素敵!」「このドレスも似合うじゃない!」と自分の姿を鏡に映してははしゃぎ、完全に観光気分。
レイモンドは溜息をつきつつも、客人に対するかのように彼らを食堂へ案内した。
夜食の時間
大理石のテーブルに、香ばしいスープと焼き立てのパン、上品なチーズや果物が並べられる。
「公爵様のお帰りが遅くなりますと胃が荒れますので、軽めにご用意いたしました」
「わぁ~美味しそう!」
シャル男はぱあっと顔を輝かせると、レースのナプキンを器用に膝へ広げ、淑女の作法でスープをすくった。
「ん~! おいし~♡」
その姿はどう見てもご令嬢そのもの。
一方ファビ子は、堂々と食べるはずが緊張しすぎて匙を落とす始末。
「……ファビアン様、落ち着いて」
レイモンドが小声で囁く。
「し、仕方ないでしょう! わたしこんなの慣れてなくて!」
「声が高いです。低く、威厳を」
「む、むぅ……」
必死に低い声でパンを噛みしめるファビ子。
だがその様子は、執事から見ればあまりにもぎこちなく、思わず心中で「先が思いやられますな」と呟くしかなかった。
隣同士の部屋
食事を終えると、二人はそれぞれの部屋に案内される。
が――驚くことに、二人の部屋は廊下を隔てて隣り合わせだった。
「えっ!? どうして隣なんですか!?」
ファビ子は慌ててレイモンドに詰め寄る。
「理由は二つございます」
老執事は静かに指を二本立てた。
「ひとつは、表向きに“ラブラブな婚約者同士”という体裁を示すため。
もうひとつは、もし入れ替わりが露見すれば説明がつかず、狂気を疑われるでしょう。よって常にお互いの行動を監視し合える環境が望ましいのです」
「そ、そんな……!」
ファビ子は真っ赤になり、うつむいた。
「まぁ♡ 隣同士だなんて素敵じゃない!」
シャル男は両手を合わせて頬を染める。
「夜中にこっそり会いに行っても怪しまれないってことよねぇ?」
「来なくていいですからぁぁぁぁ!」
ファビ子の悲鳴が廊下にこだました。
眠れぬ夜
夜更け。
豪奢なベッドに身を沈めたファビ子だったが、どうにも眠れない。
(わたしが……公爵様……? 一週間も……? もし失敗したら……家も、名誉も、全部……!)
不安が押し寄せ、胸が苦しくなる。
しかも隣からは、妙な鼻歌が聞こえてくる。
「ふ~んふふん♪ 胸があるって幸せぇ~♪」
「~~っ!」
ファビ子は布団を頭までかぶった。
(あの人、楽しみすぎですわ……!)
こうして、二人の「眠れぬ夜」が幕を開けたのであった。
馬車が石畳を滑るように進み、やがて荘厳な門が見えてきた。リュセル公爵家の邸宅である。
煌々と灯りがともり、衛兵たちが一礼する中、三人は静かに降り立った。
「おかえりなさいませ、ファビアン様」
門番の声に、思わずファビ子は身をすくませる。
(わ、わたしがファビアン様……!?)
慣れぬ威厳ある挨拶に返答できず、あたふたしてしまう。
するとすかさず、老執事レイモンドが咳払いをした。
「……ゴホン」
「あ、ああ……うむ。……戻ったぞ」
ファビ子は低めの声で必死に公爵らしさを装う。
その横で、シャルロッテの姿をしたシャル男が、にっこりと微笑んで小さく手を振った。
「ただいま~♡」
その軽やかな声に、門番は顔を赤らめ「お、お帰りなさいませ」と慌てて頭を下げる。
(な、なんで完璧に演じてるのよ、このおかま公爵……!)
ファビ子は心の中で絶叫した。
玄関を抜け、広大なホールを進む。
豪奢な絨毯、きらめく燭台、並ぶ肖像画――田舎伯爵家育ちのシャルロッテにとっては、目が回るほどの光景だ。
けれど今は“ファビアン”として歩かなければならない。
(堂々と……威厳を……。でも足が震える……!)
そんな中、シャル男は「まぁ素敵!」「このドレスも似合うじゃない!」と自分の姿を鏡に映してははしゃぎ、完全に観光気分。
レイモンドは溜息をつきつつも、客人に対するかのように彼らを食堂へ案内した。
夜食の時間
大理石のテーブルに、香ばしいスープと焼き立てのパン、上品なチーズや果物が並べられる。
「公爵様のお帰りが遅くなりますと胃が荒れますので、軽めにご用意いたしました」
「わぁ~美味しそう!」
シャル男はぱあっと顔を輝かせると、レースのナプキンを器用に膝へ広げ、淑女の作法でスープをすくった。
「ん~! おいし~♡」
その姿はどう見てもご令嬢そのもの。
一方ファビ子は、堂々と食べるはずが緊張しすぎて匙を落とす始末。
「……ファビアン様、落ち着いて」
レイモンドが小声で囁く。
「し、仕方ないでしょう! わたしこんなの慣れてなくて!」
「声が高いです。低く、威厳を」
「む、むぅ……」
必死に低い声でパンを噛みしめるファビ子。
だがその様子は、執事から見ればあまりにもぎこちなく、思わず心中で「先が思いやられますな」と呟くしかなかった。
隣同士の部屋
食事を終えると、二人はそれぞれの部屋に案内される。
が――驚くことに、二人の部屋は廊下を隔てて隣り合わせだった。
「えっ!? どうして隣なんですか!?」
ファビ子は慌ててレイモンドに詰め寄る。
「理由は二つございます」
老執事は静かに指を二本立てた。
「ひとつは、表向きに“ラブラブな婚約者同士”という体裁を示すため。
もうひとつは、もし入れ替わりが露見すれば説明がつかず、狂気を疑われるでしょう。よって常にお互いの行動を監視し合える環境が望ましいのです」
「そ、そんな……!」
ファビ子は真っ赤になり、うつむいた。
「まぁ♡ 隣同士だなんて素敵じゃない!」
シャル男は両手を合わせて頬を染める。
「夜中にこっそり会いに行っても怪しまれないってことよねぇ?」
「来なくていいですからぁぁぁぁ!」
ファビ子の悲鳴が廊下にこだました。
眠れぬ夜
夜更け。
豪奢なベッドに身を沈めたファビ子だったが、どうにも眠れない。
(わたしが……公爵様……? 一週間も……? もし失敗したら……家も、名誉も、全部……!)
不安が押し寄せ、胸が苦しくなる。
しかも隣からは、妙な鼻歌が聞こえてくる。
「ふ~んふふん♪ 胸があるって幸せぇ~♪」
「~~っ!」
ファビ子は布団を頭までかぶった。
(あの人、楽しみすぎですわ……!)
こうして、二人の「眠れぬ夜」が幕を開けたのであった。
69
あなたにおすすめの小説
追放令嬢ですが、契約竜の“もふもふ”に溺愛されてます(元婚約者にはもう用はありません)
さくら
恋愛
婚約者に裏切られ、伯爵家から追放された令嬢リゼ。行く宛のない彼女が森で出会ったのは、巨大な灰銀の竜アークライトだった。
「契約を結べ。我が妻として」
突然の求婚と共に交わされた契約は、竜の加護と溺愛をもたらすものだった!
もふもふな竜の毛並みに抱きしめられ、誰よりも大切にされる毎日。しかも竜は国最強の守護者で、リゼを害そうとする者は容赦なく蹴散らされる。
やがて彼女は、竜の妻として王国を救う存在へ——。
もう元婚約者や意地悪な義家族に振り返る必要なんてない。
竜と共に歩む未来は、誰にも奪えないのだから。
これは追放された令嬢が、契約竜に溺愛されながら幸せと真の居場所を見つける物語。
婚約破棄で追放された公爵令嬢、辺境の地で失われた釣り技術を習得し、幻のイカを釣り上げたら冷徹領主様と寂れた港町を救うことになりました。
aozora
恋愛
公爵令嬢アイネは、婚約者である王太子ジルベルトから身に覚えのない罪で婚約を破棄され、全てを奪われます。彼女が追放されたのは、一年中寒風が吹き荒れる最果ての辺境の地ソルティエラでした。
絶望の淵で、アイネは一軒の古書店で『海神の恩寵、月光の誘い』と題された一冊の古文書と運命的に出会います。そこに記されていたのは、幻の「月光イカ」を釣り上げるという、とうに失われたはずの古代の漁法「エギング」の全てでした。
生きるため、そして自らの尊厳を取り戻すため、アイネは古文書を頼りに独学で技術を習得。公爵令嬢だった優雅な手で不格好な疑似餌「エギ」を作り上げ、たった一人で極寒の海へと向かいます。
やがて彼女の釣り上げる海の幸は、貧しい港町に活気をもたらし、人々の心を変えていきます。そしてその類まれな才覚は、政争を嫌いこの地に引きこもっていた冷徹な領主ヴァレリウスの目にも留まることに。
これは、全てを失った令嬢が、自らの知恵と腕で未来を釣り上げ、新たな幸せと真実の愛を見つけるまでの物語です。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。
そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。
最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。
そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。
上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。
貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。
実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、
上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。
そこで知ったルーカスの秘密。
彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。
元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。
戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。
シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。
所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。
そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。
心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。
けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。
シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか――
※他サイトでも公開しています
婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される
夏生 羽都
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。
第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。
婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。
伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。
「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」
ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。
しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。
初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。
※完結まで予約投稿済みです
婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される
希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。
しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。
全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。
王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。
だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。
【完結】気味が悪い子、と呼ばれた私が嫁ぐ事になりまして
まりぃべる
恋愛
フレイチェ=ボーハールツは両親から気味悪い子、と言われ住まいも別々だ。
それは世間一般の方々とは違う、畏怖なる力を持っているから。だが両親はそんなフレイチェを避け、会えば酷い言葉を浴びせる。
そんなフレイチェが、結婚してお相手の方の侯爵家のゴタゴタを収めるお手伝いをし、幸せを掴むそんなお話です。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていますが違う場合が多々あります。その辺りよろしくお願い致します。
☆現実世界にも似たような名前、場所、などがありますが全く関係ありません。
☆現実にはない言葉(単語)を何となく意味の分かる感じで作り出している場合もあります。
☆楽しんでいただけると幸いです。
☆すみません、ショートショートになっていたので、短編に直しました。
☆すみません読者様よりご指摘頂きまして少し変更した箇所があります。
話がややこしかったかと思います。教えて下さった方本当にありがとうございました!
死を見る令嬢は義弟に困惑しています
れもんぴーる
恋愛
社交界でふしだらなどと不名誉な噂が流れているシャルロット。
実は、シャルロットは人の死が見えてしまう。見えるだけではなく、我が事のようにその死を体感してしまい、いつも苦しんでいる。
そんなことを知らない義弟のシリルはそんな彼女を嫌っている。
あることに巻き込まれたシリルは、誤解からシャルロットと閨を共にしてしまう。
その結果、シャルロットは苦痛から解放されました?
*都合よいな~って設定あります。楽しく読んでいただけたら幸いです
*恋愛要素は少なめかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる