婚約破棄された伯爵令嬢シャルロッテは、泣きながら逃げる途中でぶつかった25歳の公爵と中身が入れ替わったので、復讐します!

山田 バルス

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第6話 翌朝の大騒動

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秘密の一週間 ― 翌朝の大騒動

 夜が明けた。
 だが、眠れたかと問われれば――答えは「いいえ」だった。

 ファビ子(中身シャルロッテ)は、目の下にうっすらと隈を作り、鏡に映る“公爵の顔”を見てため息をついた。
(……どう見ても堂々たる公爵様の顔なのに、中身はわたし。おかしい……絶対バレる……!)

 一方、隣の部屋では。
 シャル男(中身ファビアン)は、鏡の前でくるくる回りながらドレス姿を試していた。

「おはよぉ~♡ 女の子って、朝からこんなに楽しいのねぇ!」
 レースのリボンを手に、上機嫌で髪を結ぶ。

「……ほんとに同じ一夜を過ごしたのかしら、この人」
 ファビ子はげっそりとしながら、重厚なドアをノックした。

朝食の席へ

 食堂に集まったのは、リュセル公爵家の主要な使用人たち。
 長いテーブルに白いクロスがかけられ、銀食器が並び、香り高い紅茶と焼き立てのクロワッサンが用意されている。

「おはようございます、ファビアン様」
「おはようございます、シャルロッテ様」

 整列したメイドや従者たちが一斉に頭を下げた。

 ファビ子は緊張で背筋をピンと伸ばす。
(お、おはようって言えばいいのよね。普通に……普通に……!)

「お、おはよう……」
 低めの声を意識して挨拶する。

 ところがその瞬間、ナイフとフォークを手にしていたメイドの一人が首をかしげた。
「まぁ……? 公爵様、ずいぶん声が……柔らかくなられましたね」

「な、なにか文句でも?」
 慌てて威厳を装った声を出すファビ子。

「い、いえっ! とても素敵で……!」
 メイドは赤くなり、慌てて下がった。

(危なかったぁぁぁ!)
 心臓を押さえて席に着く。

 その横でシャル男は――。

「みんな~! おはよう♡」
 満面の笑みで両手を振り、腰をひねって挨拶する。

 使用人たちは目を見開いた。
「……お嬢様……随分と……大胆に?」
「奥ゆかしい方だと思っておりましたが……」

「まぁ、恋をすると人は変わるのよん♡」
 シャル男はウィンクまで飛ばした。

(おいぃぃっ! バレるバレるバレるぅぅ!)
 ファビ子は机の下で必死に足を震わせた。

パンひとつで大混乱

 料理が運ばれてくる。
 焼き立てのクロワッサン、ハーブ入りのオムレツ、スモークサーモンにフルーツ。

 ファビ子は周囲の様子を真似してナイフを取った。だが緊張のあまり、うっかりパンを落としてしまう。

「ひゃっ……!」
 パンは転がり、メイドが慌てて拾う。

「し、失礼しました!」
 ファビ子は思わずシャルロッテの時の口調で謝ってしまった。

「……あら?」
 周囲の視線が一斉に集まる。

(やばい! いま完全に“伯爵令嬢のわたし”が出た!)

 そのとき――。

「まぁぁ♡ ファビアンったら~! パンを落とすなんて初めて見たわぁ。恋煩いかしら?」
 シャル男が身を乗り出し、ファビ子の腕にぴとっとくっついた。

「こ、恋煩い……!?」
 使用人たちがざわめく。

「そうなのよ♡ あたしたち、もうラブラブだからぁ~! ねぇ、公爵サマぁ~?」
 シャル男はわざとらしく首をかしげ、ファビ子に甘える。

「なっ……!?」
 ファビ子は真っ赤になり、固まってしまう。

「んもう、公爵様ったら照れ屋なんだから♡」
 シャル男の暴走に、食堂は一気に華やいだ笑いに包まれた。

「さすが若き公爵様とご令嬢……!」
「なんとお似合いの……!」

(……助かった……のかしら……? いや、助かってない! この人に助けられるくらいならバレたほうがマシよぉぉ!)

老執事のフォロー

 食後、使用人たちが下がったところで、レイモンドが静かに近づいた。

「……お二人とも、朝から大変お疲れのようで」
 冷ややかな視線を送る老執事。

「ご、ごめんなさい……!」
 ファビ子はしょんぼりと謝る。

 だがシャル男は胸を張った。
「なに言ってるの、完璧だったでしょ? あたしたち、誰にも怪しまれなかったわよ?」

「……“誰にも怪しまれなかった”というのは、あなたの大胆な芝居のおかげというより、使用人たちが察して“気を利かせてくれた”からです」
 レイモンドの言葉に、シャル男は「えっ?」と目を丸くした。

「公爵様がパンを落とすなど、ありえません。ですが“恋人同士で浮かれている”と納得させれば、すべて無理のないことになる。
 ……つまり、周囲はすでに“そういう目”で見ているのです」

「そ、そんなぁ……!」
 ファビ子は両手で顔を覆った。

「ふふっ♡ なら本当に恋人みたいに過ごせばいいじゃない。素敵~!」
 シャル男は恍惚と笑う。

「ぜっっったい嫌ですからぁぁぁぁぁぁ!」
 ファビ子の悲鳴が、またもや屋敷に響き渡った。
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