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第16話 カフェ本をめぐる日々 ― カンヌ視点
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カフェ本をめぐる日々 ― カンヌ視点
あの日、ランス様と交わした「秘密の時間」から、少しずつ日々が変わり始めた。
私たちは一緒に過ごす口実を見つけた――それが「カフェ本」の企画だった。
きっかけはランス様の何気ない一言だった。
「君と巡ったあの店のことを、もっと多くの人に知ってほしい。君の目線でまとめたら、とても素敵な本になると思うんだ」
最初は冗談だと思った。でも、彼は本気だった。
貴族の青年が、カフェや焼き菓子の本を作るなんて前代未聞かもしれない。けれど、そのまっすぐな瞳を見ていると「無理だ」なんて言えなかった。むしろ、胸の奥が少し弾む。
「……私にできるでしょうか」
「できるさ。僕が一緒にいる」
その一言が背中を押した。
***
それからの毎日は、忙しくも楽しい時間だった。
放課後や休日に、私たちは街のカフェを巡った。
「今日は焼き菓子で評判のお店に行こう」
「次は、紅茶の専門店なんてどうですか?」
店に入れば、ランス様は真剣な眼差しでメニューを見つめ、私はノートを開いて細かく味や香りを書き留める。ときには写真係のように彼がスケッチしてくれることもあった。
「君は本当に細かく観察するね」
「だって、読んでくださる方に伝わるように……と思ったら」
「うん、それがきっと“カンヌらしさ”になる」
そんな会話を重ねるたび、胸の奥が温かくなる。
私の“らしさ”を信じてくれる人がいる。それがどれほど心強いことか。
***
けれど、外の世界は静かではなかった。
街の人々の間で「カンヌ嬢とランス様が仲良くカフェを巡っている」という噂が流れ始めていた。
「……聞こえてしまいました」私は少し肩を落とす。
「気にしないさ」ランス様は微笑んだ。「本作りのためなんだから」
そう言いながらも、彼がほんの少し耳を赤らめているのに気づくと、私まで顔が熱くなる。
でも、私たちは約束していた。
――今はまだ秘密。答えを出すのは、本が完成したあと。
だからこそ、この時間は特別に思えた。
***
ある夜、二人で原稿をまとめる作業をしていたとき。
机に広げられたノートや写真を前に、ランス様がふと呟いた。
「こうして君と一緒に本を作っていると、不思議だな。剣の稽古よりも充実している」
「えっ……?」私は思わず顔を上げた。
「剣も大切だけど、君と作るこの一冊には、別の意味がある気がするんだ。誰かの記憶や、君の想いを残すことができる。……きっと、形に残るものだから」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
本が形になる頃――私も、彼に自分の想いを返さなければ。
「……ランス様」
「ん?」
「その時は……きちんとお返事をさせてください」
言った瞬間、心臓が跳ねた。
彼は一瞬驚いたように目を見開き、それからとても優しい笑みを浮かべた。
「わかった。待っているよ」
それだけのやり取りなのに、胸の奥がじんわり温かくて、涙が出そうになる。
***
本作りの活動は忙しさを増していった。
店主にインタビューをしたり、街角で写真を撮ったり、夜遅くまで文章を推敲したり。
「疲れたね」と笑い合う瞬間さえ愛おしく感じる。
ランス様が横にいてくれるから、私はもう一度、自分の人生を前に進められる気がした。
――婚約破棄という痛みを背負っても。
――人の噂に不安を覚えても。
私には、秘密を共有できる人がいる。
本が完成するその日まで、そしてきっとそれからも。
私は心に決めていた。
ランス様に、私の気持ちを伝えるのは――この本が形になったとき。
あの日、ランス様と交わした「秘密の時間」から、少しずつ日々が変わり始めた。
私たちは一緒に過ごす口実を見つけた――それが「カフェ本」の企画だった。
きっかけはランス様の何気ない一言だった。
「君と巡ったあの店のことを、もっと多くの人に知ってほしい。君の目線でまとめたら、とても素敵な本になると思うんだ」
最初は冗談だと思った。でも、彼は本気だった。
貴族の青年が、カフェや焼き菓子の本を作るなんて前代未聞かもしれない。けれど、そのまっすぐな瞳を見ていると「無理だ」なんて言えなかった。むしろ、胸の奥が少し弾む。
「……私にできるでしょうか」
「できるさ。僕が一緒にいる」
その一言が背中を押した。
***
それからの毎日は、忙しくも楽しい時間だった。
放課後や休日に、私たちは街のカフェを巡った。
「今日は焼き菓子で評判のお店に行こう」
「次は、紅茶の専門店なんてどうですか?」
店に入れば、ランス様は真剣な眼差しでメニューを見つめ、私はノートを開いて細かく味や香りを書き留める。ときには写真係のように彼がスケッチしてくれることもあった。
「君は本当に細かく観察するね」
「だって、読んでくださる方に伝わるように……と思ったら」
「うん、それがきっと“カンヌらしさ”になる」
そんな会話を重ねるたび、胸の奥が温かくなる。
私の“らしさ”を信じてくれる人がいる。それがどれほど心強いことか。
***
けれど、外の世界は静かではなかった。
街の人々の間で「カンヌ嬢とランス様が仲良くカフェを巡っている」という噂が流れ始めていた。
「……聞こえてしまいました」私は少し肩を落とす。
「気にしないさ」ランス様は微笑んだ。「本作りのためなんだから」
そう言いながらも、彼がほんの少し耳を赤らめているのに気づくと、私まで顔が熱くなる。
でも、私たちは約束していた。
――今はまだ秘密。答えを出すのは、本が完成したあと。
だからこそ、この時間は特別に思えた。
***
ある夜、二人で原稿をまとめる作業をしていたとき。
机に広げられたノートや写真を前に、ランス様がふと呟いた。
「こうして君と一緒に本を作っていると、不思議だな。剣の稽古よりも充実している」
「えっ……?」私は思わず顔を上げた。
「剣も大切だけど、君と作るこの一冊には、別の意味がある気がするんだ。誰かの記憶や、君の想いを残すことができる。……きっと、形に残るものだから」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
本が形になる頃――私も、彼に自分の想いを返さなければ。
「……ランス様」
「ん?」
「その時は……きちんとお返事をさせてください」
言った瞬間、心臓が跳ねた。
彼は一瞬驚いたように目を見開き、それからとても優しい笑みを浮かべた。
「わかった。待っているよ」
それだけのやり取りなのに、胸の奥がじんわり温かくて、涙が出そうになる。
***
本作りの活動は忙しさを増していった。
店主にインタビューをしたり、街角で写真を撮ったり、夜遅くまで文章を推敲したり。
「疲れたね」と笑い合う瞬間さえ愛おしく感じる。
ランス様が横にいてくれるから、私はもう一度、自分の人生を前に進められる気がした。
――婚約破棄という痛みを背負っても。
――人の噂に不安を覚えても。
私には、秘密を共有できる人がいる。
本が完成するその日まで、そしてきっとそれからも。
私は心に決めていた。
ランス様に、私の気持ちを伝えるのは――この本が形になったとき。
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