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ジュリエッタが泣いた日

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口に入れようとしていたホットサンドを握ったまま、俺は停止した。
リビングのドアを開けたまま、俺とジュリエッタを凝視している我が父『誠壱』が帰宅して来たからだ。

数秒固まったあと、「おかえり」「ただいま」と挨拶を交わした。

ジュリエッタが俺の言葉を聞き、「タクマさんのお父様?後ろにいらっしゃるのね」

そう言って立ち上がり、クルっと振り返り、スカートを摘む仕草をしてカーテシーを披露した。


「わたくし、クラウン王国メルセデス公爵が子、ジュリエッタ・メルセデスと申します。
この様な姿での挨拶で申し訳御座いませんが、慈悲を頂ければと思います」


父「…………」


……長いわ。まだかしら……カーテシーがちょっと辛くなってきましたわ。


父「あ、頭をあげて下さい。丁寧なご挨拶有難く存じます。礼儀正しい態度に感謝を。
このような簡素な我が家に、貴族のご令嬢をお招きしてしまい心苦しい限りです。何卒ご容赦いただければと思います……?」


(一応、失礼に当たらないように挨拶したが、クラウン王国ってどこだ?メルセデス公爵?ベンツの国、ドイツ?)


「まあ!お父様は何方の貴族の方ですの?」

父「私が貴族ですか?ははっ。しがない一般市民ですよ御令嬢」


2人が挨拶し合ってるのを眺めてたら、父さんが困惑しながらチラチラ視線を送ってきて、(ドイツか?)と、口パクで聞いてきた。


(うん、訳分からんよな。クラウン王国なんて地球にないしな。『メルセデス』って聞いたら、ドイツ?って思うよな。わかる、その困惑した気持ち。しかも『ジュリエッタ』も車の名前だもんな『クラウン』も)


拓磨「父さん時間ある?また仕事行く?」


説明する気はあるんだけど、時間掛かるだろうし、仕事があるなら戻らんとだしな。


父「ああ。え、いや、今日から2日休みだ。拓磨を受験前の息抜きに何処か連れて行こうと思ってな。話もあったし」


え!一緒に外出すんのに帰って来たって?仕事人間の父さんが?まぁ、普段から母さんよりは気にかけてくれてるけど。


拓磨「なんか、あ、ありがとう。(ちょっと照れるな)
あー、と、ジュリエッタ座って食べな。畏まるような家じゃないから。父さん朝飯は?」


「え、でも……」ジュリエッタがオロオロと顔をアッチコッチに振ってる。首取れるぞ。


父「ジュリエッタさん。で、宜しいかな?座ってご飯を食べなさい。拓磨、父さんも貰おうかな。家政婦さんの作り置きかい?」


ジュリーが、「お父様座りましょう?」と声を掛け、父さんは「はむず痒いな」と照れながら席に着いた。


拓磨は「すぐ用意するわ」とキッチンへ行った。父用のサンドを作りながら、コーヒーを沸かし、父が言った「家政婦」という言葉を思い出していた。


家政婦みたいなのは居た。確か中2の夏休み明けに来た気がする。
若い女の人で、最初の印象が(この人、仕事出来るの?)って感じの、ケバい女だった。

その頃から母さんが全く帰って来なくなり、(母さんの代わりか)と思った。

それまでは、忙しくても3日に1回くらいは帰って来てたのに、夏休み明けからパッタリ帰宅しなくなったから、その代わりに家政婦が来たんだと思った。

まぁ、たまに帰って来ても、顔を合わす事は無かったけどな。

そうそう。その家政婦って女が、ソファで寝転がってゴロゴロしながら、スマホ弄ってたんだよな。
煙臭かったから、煙草も吸ってたんじゃないか?って思ってる。証拠隠滅なのか、吸殻は見当たらなかったけど。

その日は午前授業で、いつもより早く帰宅したから、その場面に遭遇したわけだ。


「チッ、坊ちゃん早かったのねぇ。今見た事は誰にも言っちゃダメよ?お姉さん仕事無くなっちゃうと困るのよ」


とか言ってた気がする。

無視して部屋に行って、父さんに連絡したんだけど繋がらなくて、その女を派遣した家政婦の会社に電話した。

何故、会社を知ってたかって?

エプロンに付いてる絵から、スマホの『ググルくん』で検索したんだよね。それで電話番号が分かったわけ。

で、迎えに来たってヤツに謝罪され、「別の者を……」とか言われたけど、「父に必要無いと伝えたので結構です」って断ったんだよ。


「まぁ、伝えてないんだけどな。連絡取れんかったし。勝手に断ったんだよな」


それから家政婦ってヤツは来ていない。居ても煩わしいから要らなかった。家の事は自分でやってたし。

掃除は『ロボディー』が勝手にしてくれるし、飯だって自分で作れる。洗濯だってTシャツとパンツだけだから簡単だったしな。


「あ、たまにジャージ洗った時に、ティシュも一緒に洗っちゃって酷い事になった時あったな。アレは片付けが大変だった」


(懐かしいなぁ)と思いながら、父用の朝食を持って行った。何かのほほんと喋ってんな。

(なんか凄ぇ仲良くなってね?)父さん頬が緩みっぱなしだし。無表情なジュリーの顔が、若干綻んでる気がする。

あの表情引き出した父、マジ神。


拓磨「はい。お待ちどうさま。父さんブラックで良いんだよね?」


ちょっとだけ「ムッ」としたから、わざとドンッと置いた。跳ねた滴が手の平に掛かり、熱かった。

自業自得?はい…子供っぽいヤキモチです。面目ない。


父「珈琲はブラックでいいぞ。お!美味そうだな。拓磨の手作りなんだってな。ジュリちゃんに聞いたぞ。
家政婦が居ないのが気になるが、その話は今度聞こう。では頂こうかな」


拓磨&父「「いただきます」」手を合わせて食事の挨拶をしたら、ジュリーが首を傾げながらも「頂きますわ」と真似していた。


父さんが、「食べ物を頂くことへの感謝の気持ちを表す言葉だな。食べ物を与えてくれた人や食材の恵みに感謝し、その恵みを大切にする姿勢を示すものだ」とジュリーに教えていた。


「まぁ!素敵な言葉ね」と言って、「恵に感謝を。頂きます」と食べ始めた。気に入ったらしい。うん可愛い。


拓磨「そういえば、いつの間に『ジュリちゃん』呼びになってんの?短時間で距離詰めすぎじゃね?」


俺なんて『ジュリー』って呼ぶのにまだ躊躇ってんのに。なに、経験の差?


「ふふふ。「呼び止めて欲しい」とお願いされたんですの。ですから、「ジュリ」って呼んで下さいませって、わたくしもお願いしたんですわ」


へぇへぇ。そうですかぁ。まぁいつもは「豊田教授」とか「豊田先生」だもんな。「お父様」って雰囲気じゃねぇし。

父さん、ニッコニコだな。「うんうん」って首振ってるし。そんなに『ジュリちゃん』呼び嬉しいんかい。


父「うん!このホットサンド美味いな。やはり家族で食べる食事は旨い!これからは、成る可く帰って来るから、時間がある時は一緒に食べような拓磨」


拓磨「ゴホッ。父さん急にどうしたの?いきなりだと戸惑うんだけど」


2日も休みになったとか、今まであったか?ジュリエッタがいるから?とか思ったけど、違うよな。

「話がある」って言ってたけど、それと関係あんのかね。まさか離婚すんのか?これから受験って時に?

いや、父さんの話よりも、ジュリエッタの事を話さんとな。大学の教授やってるくらいだし、国籍の事とか詳しいよな。

あ、あと買い物も連れてってくんないかな?車出して欲しいな。量が凄くなりそうだし。


父「まぁ。色々と思う所があってな。その話は夜にでもしよう。先にジュリちゃんの話を聞かせて貰えるか?
どう見ても『外国人』なのに日本語ペラペラだし、出身国は知らない国だし、父さん戸惑ってるんだぞ?これでも」


そう言われたので、「そりゃそうだわな」と、昨日の出来事と、異世界人って事を話して聞かせた。

顎に手を当て、「異世界…異なる世界から…」って呟いて何やら思案している所に、ジュリエッタが自分の事を話しだした。

国の事、家の事、自分が日本に来る事になった日に起こった出来事を、ゆっくりと丁寧に。

全部聞き終わって、目を閉じ眉間を揉みながら、「ふむ、なるほど。うむ…う~む」と、頭の中で話を整理しているのだろう。「うむうむ」と唸っていた。

納得したのか、してないのか、分からないけど、「拓磨コーヒーを頼む」と言われたので、淹れてあげた。

コクッと一口飲み、「ふぅぅぅ。良し分かった」と太ももをバシッと叩き、「子供達だけで大変だったろ」と、俺達2人の頭をガシガシと撫で付けた。

不覚にも少し泣きそうになった。ジュリエッタは、無表情のまま、声を出しワンワン泣いてた。

ひとしきり泣いて、「落ち着いたかい?」と父さんに聞かれ、「まるで赤子でしたわね。もう大丈夫ですわ」と、鼻をズビスビ鳴らしながら答えた。


父「拓磨、冷やしたタオル用意してくれるかい?冷やさないと目が腫れてしまうからね」


拓磨「ちょっと待ってて」キッチンに走り、『水濡れ冷えるくん』という圧縮タオルを濡らし、ジュリーに渡した。

「お手数お掛けします」と目元にタオルを当てたのを確認してから父さんが口を開いた。


1、『異世界から来た』のは信じた。クラウン王国は地球にないから。

2、直ぐに帰還出来るなら要らないが、そうでないなら日本で暮らす以上、国籍が必要になる。ジュリーが未成年なので法務省で日本国籍は取得可能。

3、国籍取得後、3ヶ月以上ここに滞在するなら、住民登録が必要。住所不定のままだと行政サービスが受けられない。

4、保護者が必要。知人に頼んで養子か豊田家の養子。養護施設なら18歳まで入所出来る。


父「と、こんな感じだな。拓磨わかったか?」


拓磨「ああ。国籍云々は法務省かな?とは思ってたから。養子縁組の事は考えてなかったわ。で、うちの養子になるなら、この家で暮らすって事だよな?なぁ、今更だが、ジュリエッタって何歳??」


「わたくしは15歳。成人ですわね。それで、お父さんと、タクマの話が理解出来なくて…コクセキというのは昨夜タクマに教えて頂き理解したのですが……」


15歳で成人!?異世界では、大人の仲間入りする年齢が早いな。15なんて義務教育から解放される歳じゃん。
ん?向こうでは「学園に入学したばかりだった」って言ってたよな?という事は、こっちでいう高校生だったのか。

ん?歳上?同級生?どっちだ?


父「ほぉ。15歳で成人とは。外国で最も多いのが18歳で成人なんだが、異国だと早いのだな。興味深い。
ジュリちゃんさえ良ければ、何時か異国の話を聞かせてくれるかな?」


「18歳だと向こうでは、婚約者がいる場合、婚姻する方が多いですわね。わたくしの国の事で良ければ喜んでお話し致しますわ」


父さん、そういう話し好きそう。ヒストリとか、ミステリとか好きだったはずだし。


拓磨「父さん、国籍取得は行政書士に頼むよな?手続きお願いしていい?住民登録は俺がしとくよ。うちの養子で良いんでしょ?なら養子縁組の用紙貰っとく」


父「ああ。着替える時に連絡しとこうか。さて、色々決まった事だし、出掛けるかい?ジュリちゃん服とか必要だろう。父さんが買ってやるぞ」

言いながら立ち上がり、ジュリーが上着を渡したのを受け取り、「ありがとう」と頭を撫で、階段を登り始めた。


やった!車で行ける!と、俺も着替えるため後を追った。

父さんと出掛ける事を充希が知ったら「ブラボー!拓ちゃんえがったなぁ」とか言いそうだなぁ。と想像し、苦笑しながら部屋に入る手前で、

「そうだ父さん!金は俺が……」金は俺が出す。と言おうとしたら、ガシッと肩を組まれ、耳元で囁かれた。


父(ジュリちゃんのこと好きなんだろ?拓磨のお金は将来の為に取っておきなさい)コソコソ。


拓磨(いや、は?好き?俺がジュリーを?マジで?昨日、初めて会ったのに?そんな事ある?)コソコソ。


父(恋とはそういうもんだ。出会った期間が短かろうが長かろうが、落ちる時に落ちるもんだ)コソコソ。


落ちる…そうか。初恋が異世界人か。ははっ。なんか凄ぇな。というか、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすとか、父さん的にOKなんだな。

そう聞いたら、「ははっ」と笑ってから、「SEXするなら、コンドー君はしっかりな」と爆弾を落とし、自室に消えて行った。

ボンッと顔が真っ赤に爆発し、「父さん!!」とドアに向かって吠えた。

後をついて来たジュリーが、「セックスって何ですの?」と、「コンドクンとは?」と曇りなき眼で聞いてきた。腕に絡み付きながら。


「ジュリーさん、勘弁して……」乳が当たってんのや。ムニムニと。思春期男子のJrは成長が早いねん。

「ゔっ……」

想像力豊かなムッツリ15歳男子の相棒は、今日も元気いっぱいです。
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