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第7章 〈レッスン4〉 溢れる愛に溺れて
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その後も、日をあらためて、何度となく話し合ったけれど、祖母は最後まで意見を曲げなかった。
わたしと祖母じゃあ、最初っから勝負にならない。
意地っ張りの年季が違いすぎる。
結局、それから十日ほど後、わたしは玲伊さんの部屋に引っ越し、高木書店に通うこととなったのだった。
一人暮らしになる祖母のために、玲伊さんが見守りサービスを手配してくれた。
「そんなの必要ないって。もったいないじゃないか」と祖母はしばらく承知しなかったけれど。
***
兄が柔道部の後輩に声をかけてくれて、あっという間に荷物を運んでくれたおかげもあって、引っ越しは半日で済んだ。
彼らには、いつもの焼き肉店を〝玲伊さんのツケ〟ということで予約して、お礼がわりとした。
兄の食べっぷりを知っているわたしとしては、あとでどれほどの請求が来るか、かなり心配だったけど。
その日、玲伊さんは早めの時間に帰ってきた。
夜の施術の予約を入れないようにしてくれていたのだそうだ。
わたしもさすがに疲れていたので、食事の準備までは手が回らず、薬膳カフェのテイクアウトで軽く夕飯を済ませた。
食事のあと、玲伊さんが言った。
「まだ、ちょっと食い足りないな。屋上でビールで乾杯するか。引っ越しの祝いに」
「わ、素敵」
彼は缶ビールを入れたクーラーボックス、わたしはポテトチップスを手に、屋上への階段を上がった。
自宅でビアホール気分が味わえるのも、なんとも贅沢なことだ。
「風があって気持ちいいね」
夏真っ盛りだから日中の熱気がまだまだ残ってはいたけれど、それでも芝生に座ると、ひんやりしていて心地良かった。
玲伊さんはプルトップを開けて、ビール缶を手渡してくれた。
乾杯すると、ぐいぐいと飲んで「あー、暑い時期のビールはやっぱりうまいな」とご満悦だ。
それから、わたしに視線を向けた。
「優紀、あらためてよろしく」
「こちらこそです。わたし、料理下手だし、玲伊さんに幻滅されるかもしれないけど」
「こらまた。謙遜しすぎるのは優紀の悪い癖だって、いつも言ってるだろう」
「うん。これから気をつけるようにする」
彼はちょっと苦笑いを浮かべて、ビールを芝生の上に置いた。
そして、わたしの肩に腕を回して抱き寄せた。
それから顔を覗き込んでくる。
「俺はさ……どんな優紀も好きなんだよ。すぐいじけるところも、結構頑固なところも、それから、甘いものに目がない食いしん坊のところも」
「なんか……いいとこ、ぜんぜんない」
わたしが頬を膨らませると、彼は、ハハっと声を立てて笑った。
「俺が言いたいのはつまり、なんにも気を使わなくていいってこと。わかる? こんなことしたら嫌われるとか思わなくていいんだよ。そのままの、飾らない優紀でいてくれれば」
「玲伊さん」
その言葉があまりにも嬉しくて、わたしは自分から腕を回して、彼の首にしがみついた。
「おっと、ビールが零れるよ、優紀……」
わたしの手から缶をうばい、少し離れたところに置いてから、あらためて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「本当に嬉しくて仕方ないんだ、俺は。こうして、一緒に暮らせることになって」
「わたしも……」
こんな嬉しいこと、生まれてはじめて。
と言おうとしたのに、また、全部言い終わる前にキスされてしまった。
いつものように、わたしの身も心も蕩けさせてしまう、甘い口づけに応えながら、彼の言葉を噛みしめていた。
飾らない優紀でいてくれればいい。
以前、落ち込んでいた時期のわたしを、本気で心配してくれていたからこその言葉なのだろう。
この人と出会うことができてよかった。
本当に、心の底から、そう思っていた。
そして、ずっとずっと大切にしなければ。
彼のたくましい腕に包まれながら、わたしは強く思っていた。
わたしと祖母じゃあ、最初っから勝負にならない。
意地っ張りの年季が違いすぎる。
結局、それから十日ほど後、わたしは玲伊さんの部屋に引っ越し、高木書店に通うこととなったのだった。
一人暮らしになる祖母のために、玲伊さんが見守りサービスを手配してくれた。
「そんなの必要ないって。もったいないじゃないか」と祖母はしばらく承知しなかったけれど。
***
兄が柔道部の後輩に声をかけてくれて、あっという間に荷物を運んでくれたおかげもあって、引っ越しは半日で済んだ。
彼らには、いつもの焼き肉店を〝玲伊さんのツケ〟ということで予約して、お礼がわりとした。
兄の食べっぷりを知っているわたしとしては、あとでどれほどの請求が来るか、かなり心配だったけど。
その日、玲伊さんは早めの時間に帰ってきた。
夜の施術の予約を入れないようにしてくれていたのだそうだ。
わたしもさすがに疲れていたので、食事の準備までは手が回らず、薬膳カフェのテイクアウトで軽く夕飯を済ませた。
食事のあと、玲伊さんが言った。
「まだ、ちょっと食い足りないな。屋上でビールで乾杯するか。引っ越しの祝いに」
「わ、素敵」
彼は缶ビールを入れたクーラーボックス、わたしはポテトチップスを手に、屋上への階段を上がった。
自宅でビアホール気分が味わえるのも、なんとも贅沢なことだ。
「風があって気持ちいいね」
夏真っ盛りだから日中の熱気がまだまだ残ってはいたけれど、それでも芝生に座ると、ひんやりしていて心地良かった。
玲伊さんはプルトップを開けて、ビール缶を手渡してくれた。
乾杯すると、ぐいぐいと飲んで「あー、暑い時期のビールはやっぱりうまいな」とご満悦だ。
それから、わたしに視線を向けた。
「優紀、あらためてよろしく」
「こちらこそです。わたし、料理下手だし、玲伊さんに幻滅されるかもしれないけど」
「こらまた。謙遜しすぎるのは優紀の悪い癖だって、いつも言ってるだろう」
「うん。これから気をつけるようにする」
彼はちょっと苦笑いを浮かべて、ビールを芝生の上に置いた。
そして、わたしの肩に腕を回して抱き寄せた。
それから顔を覗き込んでくる。
「俺はさ……どんな優紀も好きなんだよ。すぐいじけるところも、結構頑固なところも、それから、甘いものに目がない食いしん坊のところも」
「なんか……いいとこ、ぜんぜんない」
わたしが頬を膨らませると、彼は、ハハっと声を立てて笑った。
「俺が言いたいのはつまり、なんにも気を使わなくていいってこと。わかる? こんなことしたら嫌われるとか思わなくていいんだよ。そのままの、飾らない優紀でいてくれれば」
「玲伊さん」
その言葉があまりにも嬉しくて、わたしは自分から腕を回して、彼の首にしがみついた。
「おっと、ビールが零れるよ、優紀……」
わたしの手から缶をうばい、少し離れたところに置いてから、あらためて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「本当に嬉しくて仕方ないんだ、俺は。こうして、一緒に暮らせることになって」
「わたしも……」
こんな嬉しいこと、生まれてはじめて。
と言おうとしたのに、また、全部言い終わる前にキスされてしまった。
いつものように、わたしの身も心も蕩けさせてしまう、甘い口づけに応えながら、彼の言葉を噛みしめていた。
飾らない優紀でいてくれればいい。
以前、落ち込んでいた時期のわたしを、本気で心配してくれていたからこその言葉なのだろう。
この人と出会うことができてよかった。
本当に、心の底から、そう思っていた。
そして、ずっとずっと大切にしなければ。
彼のたくましい腕に包まれながら、わたしは強く思っていた。
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