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第10章〈最終レッスン〉一周年記念パーティーにて
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話し終えた彼はわたしの背に手をあて、自分の席の隣に座るようにエスコートした。
椅子を引いてくれる彼に微笑みかけ、わたしはゆっくり席についた。
その席は、彼らの隣だった。
会場は、とても和やかな空気に包まれていたけれど、隣の席だけは、とても気まずい空気が流れていた。
桜庭乃愛は、わなわなと唇をかんでいる。
まだ、わたしに鋭い視線を送ってくるけれど、こちらも強い視線で見返した。
そのうち、取り巻きの一人がぼそりと呟いた。
「ふーん。散々、香坂さんが好意を持っているようなこと言ってたけど、完全な勘違いだったわけか、乃愛の」
その言葉を耳にした彼女は、顔を真っ赤にして、もう一度立ち上がり、そのまま、会場を後にした。
***
パーティーはそれから小一時間ほどで終了となった。
ドアの前で見送りに並ぶわたしたちに、皆がお祝いを述べてくれた。
「おめでとう。本当に素敵なカップルですこと」
光島さんがわたしの手を握って、祝意を示してくれた。
とても温かな手だった。
「ありがとうございます」
多くの方たちにこれほど祝福されるなんて、思ってもみなかった。
本当に律さんの言ったとおりになったな、と思っていたとき……
「加藤さ、あ、香坂さんよね。今は」
と声をかけられ、わたしは表情を引き締め、顔から笑みを消した。
桜庭乃愛の取り巻きのうちのふたりだ。
「加藤でかまいませんよ」
声をかけてきたのは、たしか、わたしより1年先輩の山守さんという人。
「ご結婚、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
堅い表情のまま、わたしは礼を口にした。
「実はね、わたしたち……」
少し言いにくそうに、彼女は口ごもった。
すると、もうひとり、同期だった井口さんが続けた。
「ずっと、加藤さんに申し訳ないと思っていて。会社を辞めるなんて考えもしなかったから」
それには答えず、わたしは彼女たちを見つめていた。
「うちの父の上司が桜庭さんのお父上ってこともあって、彼女に頭が上がらなくて……いえ、彼女のせいにしてはいけないわね」と、山守さんが続けた。
「本当にとても心配だった。あなたを不幸にしてしまったんじゃないかと。だからあなたの幸せな姿が見られてとても嬉しかった。それだけ、どうしてもお伝えしたくて」
どう答えようか、わたしは少しの間、思案した。
それから、あらためて彼女たちに視線を向けた。
「……『もう、そんなこと、気にしないでください』とは、とても言えないです。それぐらい傷ついたことは確かなので。言いたいことはいろいろあるけれど、もう済んだこと。言わずにこの胸にとどめておきます。ただ、ひとつだけ……」
その言葉に、彼女たちは表情を引き締めてわたしを見た。
「もう桜庭さんの言いなりにならないでください。どうか、もう第二のわたしを生み出さないでほしいです」
ふたりは、もう何も言わずに深く頭を下げると、その場を後にした。
わたしはしばらく、彼女たちの背中を目で追っていた。
隣にいた玲伊さんが、無言でわたしの頭に軽く触れた。
そのあたたかな感触が、「今ので良かったんだよ」と伝えてくれているように、わたしには思えた。
椅子を引いてくれる彼に微笑みかけ、わたしはゆっくり席についた。
その席は、彼らの隣だった。
会場は、とても和やかな空気に包まれていたけれど、隣の席だけは、とても気まずい空気が流れていた。
桜庭乃愛は、わなわなと唇をかんでいる。
まだ、わたしに鋭い視線を送ってくるけれど、こちらも強い視線で見返した。
そのうち、取り巻きの一人がぼそりと呟いた。
「ふーん。散々、香坂さんが好意を持っているようなこと言ってたけど、完全な勘違いだったわけか、乃愛の」
その言葉を耳にした彼女は、顔を真っ赤にして、もう一度立ち上がり、そのまま、会場を後にした。
***
パーティーはそれから小一時間ほどで終了となった。
ドアの前で見送りに並ぶわたしたちに、皆がお祝いを述べてくれた。
「おめでとう。本当に素敵なカップルですこと」
光島さんがわたしの手を握って、祝意を示してくれた。
とても温かな手だった。
「ありがとうございます」
多くの方たちにこれほど祝福されるなんて、思ってもみなかった。
本当に律さんの言ったとおりになったな、と思っていたとき……
「加藤さ、あ、香坂さんよね。今は」
と声をかけられ、わたしは表情を引き締め、顔から笑みを消した。
桜庭乃愛の取り巻きのうちのふたりだ。
「加藤でかまいませんよ」
声をかけてきたのは、たしか、わたしより1年先輩の山守さんという人。
「ご結婚、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
堅い表情のまま、わたしは礼を口にした。
「実はね、わたしたち……」
少し言いにくそうに、彼女は口ごもった。
すると、もうひとり、同期だった井口さんが続けた。
「ずっと、加藤さんに申し訳ないと思っていて。会社を辞めるなんて考えもしなかったから」
それには答えず、わたしは彼女たちを見つめていた。
「うちの父の上司が桜庭さんのお父上ってこともあって、彼女に頭が上がらなくて……いえ、彼女のせいにしてはいけないわね」と、山守さんが続けた。
「本当にとても心配だった。あなたを不幸にしてしまったんじゃないかと。だからあなたの幸せな姿が見られてとても嬉しかった。それだけ、どうしてもお伝えしたくて」
どう答えようか、わたしは少しの間、思案した。
それから、あらためて彼女たちに視線を向けた。
「……『もう、そんなこと、気にしないでください』とは、とても言えないです。それぐらい傷ついたことは確かなので。言いたいことはいろいろあるけれど、もう済んだこと。言わずにこの胸にとどめておきます。ただ、ひとつだけ……」
その言葉に、彼女たちは表情を引き締めてわたしを見た。
「もう桜庭さんの言いなりにならないでください。どうか、もう第二のわたしを生み出さないでほしいです」
ふたりは、もう何も言わずに深く頭を下げると、その場を後にした。
わたしはしばらく、彼女たちの背中を目で追っていた。
隣にいた玲伊さんが、無言でわたしの頭に軽く触れた。
そのあたたかな感触が、「今ので良かったんだよ」と伝えてくれているように、わたしには思えた。
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