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第10章〈最終レッスン〉一周年記念パーティーにて
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「光島様。どうもありがとうございます。ではお言葉に甘えまして」
そう言って、玲伊さんはふたたびマイクの前に立った。
そのときのわたしは……
萎縮することもなく、かといって、驕り昂ることもなく、ただ真っすぐに会場の人々を見つめていた。
光島と呼ばれたそのご夫人は、そんなわたしに、とても温かな眼差しを向けてくださっていた。
「妻と初めて出会ったのはまだ小学生のころで、記憶の中の彼女は、いつもほがらかに笑っている可愛らしい少女でした。けれど再会したとき、彼女の様子があまりにも違っていて驚きました。にこりともせず、つねに暗い表情を浮かべていた。自信を失っているのが一目瞭然だった。心配した彼女の家族や私が尋ねても、なかなかその訳を話してはくれませんでした。そして原因を探っていくうちに……」
玲伊さんは、桜庭乃愛の席に目を向けた。
全員、ばつが悪そうに下を向いている。
「他人を蔑んで踏みつけにして喜んでいるような輩に、深く傷つけられたせいだとわかりました」
ただひとり、桜庭乃愛だけは、顔を下げずにわたしをにらみつけていた。
けれど、わたしもけっして、以前のように目を逸らしたりしなかった。
当てが外れた彼女は眉を寄せ、それから目線を外した。
玲伊さんは話を続けた。
「彼女に笑顔を取り戻してほしいと、私は切に願いました。精神科医ではないので専門的なことはわかりません。けれど美容師としての経験上、外見を整えると人に笑顔が戻ることはわかっていました」
会場の人々は、じっと玲伊さんの話に耳を傾けている。
岩崎さんと笹岡さんが、後方からわたしたちを優しく見守ってくれているのが、とても心強かった。
「そのため、彼女にはかなり無理難題を押しつけました。けれど彼女は文句ひとつ言わずにわたしの要求を聞き入れ、とても真剣に取り組んでくれました。そのひたむきさに、私は次第に心惹かれていきました。そして、人のことを第一に考え、人のために涙を流せる優しさにも触れて、ますます魅了されていきました……いや、すみません、今、完全に惚気てますね、私は」
頭を掻きながら、彼が漏らしたひとことに、会場の空気が一気に和んだ。
くすくすと笑い声も上がっている。
「えーと、つまり何が言いたいかと言うと、美しさを理由に、彼女を妻に選んだわけではないということです。彼女の内面に惹かれたからこそ、この人と一生を共に生きてゆきたい、そう強く願ってプロポーズしたのです」
彼は横にいるわたしに、甘やかな視線を向けた。
微笑みを浮かべて、わたしも彼を見つめた。
そんなわたしたちの様子に、会場からほーっと熱いため息が漏れた。
玲伊さんは、悪魔さえ骨抜きにされてしまうほど美しい微笑を浮かべて、会場を見回した。
「そして、妻との出会いのなかで、気づかされたことがありました。〈リインカネーション〉は、開業時より、お客様にトータルな美をご提供することをコンセプトにしております。ただ、これまでは、どちらかといえば、外見の美を重視してきました。けれど、これからは、内面の美を磨くことにも着目してゆきたい。そう考えるようになったのです。そのための具体的なアイデアはいくつも浮かんでいるのですが、これ以上は長くなるので、ここでは申しません。先日、『KALEN』の取材を受けましたので、詳しくはそちらをご一読ください。紀田さん、何月号でしたっけ」
玲伊さんは真ん中あたりに座っていた紀田さんに声をかけた。
「あ、次月号、11月号になります。お手に取っていただけましたら嬉しいです。あ、あの、香坂さんの麗しいお写真も多数載せておりますので」と深く腰を折った。
「なんか、最後は宣伝のようになってしまい申し訳ありませんでした。では引き続きお食事をお楽しみください。もう、しゃしゃり出ずに大人しくしておりますので」
そう言って、玲伊さんはふたたびマイクの前に立った。
そのときのわたしは……
萎縮することもなく、かといって、驕り昂ることもなく、ただ真っすぐに会場の人々を見つめていた。
光島と呼ばれたそのご夫人は、そんなわたしに、とても温かな眼差しを向けてくださっていた。
「妻と初めて出会ったのはまだ小学生のころで、記憶の中の彼女は、いつもほがらかに笑っている可愛らしい少女でした。けれど再会したとき、彼女の様子があまりにも違っていて驚きました。にこりともせず、つねに暗い表情を浮かべていた。自信を失っているのが一目瞭然だった。心配した彼女の家族や私が尋ねても、なかなかその訳を話してはくれませんでした。そして原因を探っていくうちに……」
玲伊さんは、桜庭乃愛の席に目を向けた。
全員、ばつが悪そうに下を向いている。
「他人を蔑んで踏みつけにして喜んでいるような輩に、深く傷つけられたせいだとわかりました」
ただひとり、桜庭乃愛だけは、顔を下げずにわたしをにらみつけていた。
けれど、わたしもけっして、以前のように目を逸らしたりしなかった。
当てが外れた彼女は眉を寄せ、それから目線を外した。
玲伊さんは話を続けた。
「彼女に笑顔を取り戻してほしいと、私は切に願いました。精神科医ではないので専門的なことはわかりません。けれど美容師としての経験上、外見を整えると人に笑顔が戻ることはわかっていました」
会場の人々は、じっと玲伊さんの話に耳を傾けている。
岩崎さんと笹岡さんが、後方からわたしたちを優しく見守ってくれているのが、とても心強かった。
「そのため、彼女にはかなり無理難題を押しつけました。けれど彼女は文句ひとつ言わずにわたしの要求を聞き入れ、とても真剣に取り組んでくれました。そのひたむきさに、私は次第に心惹かれていきました。そして、人のことを第一に考え、人のために涙を流せる優しさにも触れて、ますます魅了されていきました……いや、すみません、今、完全に惚気てますね、私は」
頭を掻きながら、彼が漏らしたひとことに、会場の空気が一気に和んだ。
くすくすと笑い声も上がっている。
「えーと、つまり何が言いたいかと言うと、美しさを理由に、彼女を妻に選んだわけではないということです。彼女の内面に惹かれたからこそ、この人と一生を共に生きてゆきたい、そう強く願ってプロポーズしたのです」
彼は横にいるわたしに、甘やかな視線を向けた。
微笑みを浮かべて、わたしも彼を見つめた。
そんなわたしたちの様子に、会場からほーっと熱いため息が漏れた。
玲伊さんは、悪魔さえ骨抜きにされてしまうほど美しい微笑を浮かべて、会場を見回した。
「そして、妻との出会いのなかで、気づかされたことがありました。〈リインカネーション〉は、開業時より、お客様にトータルな美をご提供することをコンセプトにしております。ただ、これまでは、どちらかといえば、外見の美を重視してきました。けれど、これからは、内面の美を磨くことにも着目してゆきたい。そう考えるようになったのです。そのための具体的なアイデアはいくつも浮かんでいるのですが、これ以上は長くなるので、ここでは申しません。先日、『KALEN』の取材を受けましたので、詳しくはそちらをご一読ください。紀田さん、何月号でしたっけ」
玲伊さんは真ん中あたりに座っていた紀田さんに声をかけた。
「あ、次月号、11月号になります。お手に取っていただけましたら嬉しいです。あ、あの、香坂さんの麗しいお写真も多数載せておりますので」と深く腰を折った。
「なんか、最後は宣伝のようになってしまい申し訳ありませんでした。では引き続きお食事をお楽しみください。もう、しゃしゃり出ずに大人しくしておりますので」
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