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本編
どうか今だけは
しおりを挟む王太子宮の庭園をフェリクス様と二人で散歩していたら、早々に息が上がってしまった。
食事や睡眠は取っていたけれど、ずっと同じ部屋に監禁されていたせいか、体力は自分で思っていたよりもかなり落ちていたのだと自覚した。
「大丈夫かい?マリアンヌ」
「も、申し訳ありません、フェリクス様……」
私は自身の真っ赤に染まっている顔を両手で覆いながら、私をお姫様抱っこした状態で地面に座っているフェリクス様に謝罪した。
王太子宮の庭園はとても広くて立派で、もう少し先に行けばガゼボだってあるのだが、早々に疲れてしまった私の為に、フェリクス様が一休みしようと言ってくれたのだ。
そうして地面に直接座って汚れてしまわないようにと、このような体勢になった訳で。
「天気が良くて気持ちがいいな」
フェリクス様の言葉に、コクコクと頷く。
お日様が温かくて、爽やかな風が心地良い。それに、安心するような良い匂いがするのだ。
(……フェリクス様の匂い……)
未だに、この現実が信じられない。
本当は都合の良い夢を見ているんじゃないだろうか?
本当の私はまだヤデル伯爵邸のあの部屋に居て、都合の良い夢を見ながら眠っているのではないだろうか。
そう思ったら背筋がゾクリとして、一気に不安が押し寄せてきた。思わずフェリクス様の服をぎゅうっと掴んで首筋辺りに顔を埋めると、フェリクス様の手に優しく力が込められる。
「身体が震えているね。寒いのかい?」
「……いえ。何だか、今が夢みたいに思えてしまって……」
怖い。
もしもこれが私の見ている都合の良い夢なら、もう目を覚ましたくない。
「夢じゃない。君は今、私の腕の中に居る。……すまない。沢山、怖い思いをさせてしまったね」
「……?」
どうしてフェリクス様が謝るの?
「私が魅了の魔法になんか掛からなければ、こんな事にはならなかったのに」
私は思わず顔を上げた。
確かに、あの婚約破棄が始まりだった。けれど、それ以外にフェリクス様が私に何かした訳ではない。
私を冷たく放り出したのは私の両親で、私に酷い事をしてきたのはヤデル伯爵だ。フェリクス様じゃない。
全く思うところが無いと言えば嘘になる。けれど、魅了の魔法で心を捻じ曲げられてしまっていたフェリクス様だって、間違いなく被害者だ。
昔は沢山の魔力持ちがいて、沢山の優秀な魔法師が存在していた。まだ魔王が存在し、魔物達が溢れ、人々が救世主を必要としていた時代。
その頃ならば、何かしらの対策があったのかもしれない。
けれど、それは千年近くも昔の話だ。魔王が倒されて魔物が激減し、魔法は衰退していった。銃火器が発達し、数少なくなった魔物の討伐で、魔法師が活躍する場は殆んど無い。
だからこそ余計に、シュゼットの存在はあまりにも稀有で異質で、あまりに恐ろしい。
かの時代では魅了の魔法を使う魔物も居たらしいが、それらは全て魔王の影響を色濃く受ける種族だった為に、魔王が倒されたと同時に滅んでしまったと学院の魔法史の授業で習っていたから。
それ故に、フェリクス様の魅了の魔法が解けたのは、本当に幸運だったとしか言いようがない。
(……でも)
口から出かかった言葉を呑み込む。
そこまで理解していても。
割り切れない。
伯爵邸で何度も思った。
どうして?って。
「マリアンヌ……っ」
私の瞳から、ポタッと温かな雫が零れ落ちる。
『どうして?』
ずっと傍に居たのに。
ずっと笑い合っていたのに。
政略結婚であっても、フェリクス様となら上手くいくと思ってた。
貴方が笑う度に、胸が高鳴った。
なのに。
それなのに。
「どうしてなの……?」
ずっとお腹の中に溜め込んでいた、あの日の疑問と違和感。
ああ、フェリクス様の顔が悲しげに歪んでいく。
泣きそうな顔で、私を強く強く抱き締める。
「すまない、マリアンヌ!私の責任だ!……っ……すまない!」
フェリクス様が、血を吐きそうな声を絞り出す。
私はただただ泣く事しか出来なかった。私は貴方に謝って欲しい訳じゃない。そんな顔をさせたかった訳じゃない。
「……っく……おねが………………わたしを………………っ」
信じていた。
ずっとずっとあの日まで。
貴方の隣は。
私の未来は。
ずっと貴方と一緒だって
「……今だけは………っ………どうか……」
穢れてしまった私は、もう貴方の隣にはいられない。
けれど、どうか今だけは。
私を離さないで。
* * *
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