【完結】乙ゲー世界でもう一度愛を見つけます

瀬川香夜子

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 研究棟の廊下を進みながら、リシャーナは恥ずかしさと後悔が混ざったような複雑な心持ちだった。
(あんなふうに正面から言わなくたって良かった気もする……)
 思い出されるのは先日のユーリスとのことだ。
 木陰で向かいあいながら、リシャーナはこの十数年の鬱憤を晴らすように彼に言葉を投げてしまった。
(ユーリスにとってはそれが常識だったんだもん……なのにあんな怒ったように強い言葉で言ったりして……)
 彼が死すら過ぎるほどに苦しんでいることを知り、たしかにリシャーナは貴族の理念というものに怒りが湧いた。
 だが、ユーリスの気持ちにもう少し寄り添うことも出来たんじゃないかと、そんなふうにも思う。
 自分の常識外のことを突きつけられた時の困惑や恐怖を、リシャーナは誰よりも分かっているはずなのだから。
 言ったことに後悔はないが、もう少し言葉を選ぶべきだったと思うのだ。なにより、感情的になっていた自覚があるからこそ余計に……。
 あのあと、ユーリスとともに事務棟に行って購入書籍の申請をしたが、そのときの彼はどことなく晴れた顔をしていた。彼にとっていい方向で受け止めて貰えたようで、それだけが幸いだった。
(ユーリスと一緒にいると、なんでか取り繕うのが下手になる気がする……)
 この十数年。リシャーナは社交の場でもハルゼライン家にいても、貴族の子女としての仮面を外すことなど一度もなかった。
 母に叱責されたあの日からは――。
 そこでふとリシャーナは立ち止まった。窓ガラスの向こうの早朝の薄い青空に、兄の瞳を思い出した。
(そういえば、お兄様にだけは言ったことがあったっけ……)
 あの日、覚えたての礼儀作法を駆使して母に頭を下げたリシャーナを部屋の外に連れ出してくれたのは、兄であるテシャルだった。
 五つ上のテシャルは、すでに王立魔法学園の中等部に入学していて、ちょうど長期休みだったので帰省していたのだ。
 ぎこちなく、けれど必死に頭を下げたリシャーナが憐れに思えたのか、テシャルは母に一言添えてリシャーナの手を引いた。
 幼い妹を部屋まで送り、彼はどうしたらいいのか分からない困惑した顔で澄んだ碧眼を揺らしていたのを覚えている。
 兄はリシャーナがある程度大きくなる頃には、全寮制の王都の学園に入ってしまっていたので、顔を合わせる機会も少なかった。
 そのため、年の離れた妹にどう接していいのか分からなかったのだろう。
 迷った末に、テシャルの成長途中の手がゆっくりとリシャーナの黒髪を撫でた。
 そのせいか……それとも相手が子供であったからか、リシャーナは火がついたように泣きだした。
 ビクリとしたテシャルは、途端に泣きわめく妹を前におろおろし始める。
 そんなテシャルの困惑など構わずに、幼いリシャーナは言った。
「私たちは……貴族は、痛いときに痛いと言ってはいけないのですか?」
 ヒクヒクと嗚咽に喉を揺らし、顔を涙でぐちゃくちゃにしながら懸命に声を振り絞った。
 途端、おろおろしていたテシャルはピタリと動きを止めて息を詰めた。そうしてしばらくの間、リシャーナの言葉を自分の中に落とし込むように黙っていた。
 やがて、彼はその幼さの残る手で再びリシャーナの頭を撫でたのだ。
(そういえば、あのときお兄様はなんて言ったんだっけ……)
 思いっきり泣いて感情が振り切っていたせいか、当時の兄の表情も言葉も朧気だ。
 長期休みにしか会えないテシャルと、リシャーナは距離を掴みかねていた。
 糸田清花としての経験もあるせいだろうか。年上の兄妹というものに対し、どう接していいのかが分からないのだ。
 テシャルは今、領地に戻り、将来家督を譲り受けるために父の元で経験を積んでいる。
 最後に会ったのは高等部の卒業前に帰省したときだろうか。
 (たしか婚約者の人を紹介したいって言ってたっけ……)
 そのときは連絡するから時間を取って欲しいと言われて承諾したが、半年以上経った今も、その連絡とやらは来ていない。
 (まあ、滅多に家に帰らない妹にわざわざ別で時間をとることもないか)
 両親はすでに向こうの令嬢とは顔合わせを済ませているのだ。
 わざわざリシャーナと時間を取らなくたって、結婚すればいつか会うことになる。
(お兄様も結婚か……)
 テシャルはすでに二十半ばになる貴族の子息だ。結婚するのは当たり前だし、むしろ遅すぎたともいえる。
 この世界では、結婚は貴族の家同士の繋がりのためだ。兄とて例外ではないだろう。
(相手の人はどんな人だろ……)
 愛せる、とまではいかなくても、どうか気の合う人であって欲しい。
(たった一人の兄妹だし、幸せぐらいは祈りたいよね……)
 貴族じゃなければ、もしかしたら清花と鈴のように仲良くやれた未来もあったのだろうか。
 兄の優しげな面立ちを思い浮かべてそう思ったリシャーナだったが、考えても仕方のないことだと割り切った。
 
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