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グリーンシャドウ 高橋緑丸(たかはし ろくまる)編

2 朱雀と玄武

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 緑丸が理沙を椅子に座らせると、そのまま桃香の治療のため奥に引っ込む。高橋朱雀はさっとツボを押し彼女の動きを自由にした。

「ここでは暴れんでおくれよ。これから治療にやってくる人もおるからのう」
「そんなことわかってる」

どうやら理沙は非常識ではないようで、いきなりテーブルの上に乗り、壺を割るような振る舞いはしないようだ。

「どうしてここに来たのかの?」
「玄武じーちゃんが、お前の事ばかり話すから、負かして安心させてやろうかと」
「それだけの理由か?」
「……。そうだ」
「で、わしを負かしてどうする?」
「わたしがこの界隈で最強の名乗りを上げる」
「ふーむ。じゃあ、もう最強で良いと思うぞ」
「なぜだ」
「さっき、あのまま戦っておったら、わしが負けておったからの。ふぉーっふぉっふぉ」
「なにぃ?」
「やばいと思ったんで、早々に打ち切らせてもらったんじゃ」
「ちっ! じゃあ再戦だ!」
「まあ、待て。もうわしヘトヘト。こんな年寄りをいじめんでもええじゃろう?」
「い、いじめだと?」

明らかに理沙は高橋朱雀の口車に乗せられていた。確かに若く体力もある理沙と朱雀が戦えば、持久戦の末、彼女が勝ちそうだ。しかし老獪な朱雀のあらゆる手に理沙は墜ちはじめる。

「とにかくわしの負けでいいから、もう無駄に戦うのはやめなさい。可愛い顔が台無しじゃぞ」
「くっ!」

褒められたことに対してなのか、侮辱だと感じたのか、理沙は赤面して立ち上がり「今日は帰る!」と勢いよく出て行った。
同時に治療を終えた緑丸と桃香、黒彦が出てくる。

「帰ったのか」
「じゃあ、私たちもこれで。ありがとうございました」
「うん。無理しないで。また何かあったらすぐに来るといいよ」
「助かった。じゃ」
「ああ、またな」
「おじいさんもさよなら」
「おうおう。今度はわしが揉んでやるからの。ふぉーっふぉっふぉ」

桃香と黒彦が立ち去った後、緑丸は朱雀に尋ねる。

「玄武って誰なの?」
「わしの唯一のライバルでのお」

朱雀は若かりし頃を懐かしく話し始める。

――朱雀と玄武はある武術集団の門下生で一二を争っていた。それでも仲が良く親友ともいえる存在で切磋琢磨し合っていた。
ある時、何年かに一回開かれるという天下一武術会に、各団体から一人だけ出られることになり、候補者は朱雀と玄武であった。
僅差で朱雀が勝ち、天下一武術会の出場権を得た。しかし戦争があり、その大会は開催されることもなく、武術団体も解散され朱雀と玄武はそのまま会うことはなかった。


朱雀は珍しく寂しそうな表情を見せた。

「あの玄武がもういないのかあ」
「じいちゃん……」
「しかしなんで今頃、孫娘がやってくるのかのう?」
「さあ」

そこが不可思議なところであった。しかし次々と患者が現れてしまい深く考察することが出来ず、二人は治療に専念することになった。


 商店街の休みの日がやってきた。最近、戦隊ごっこではなく赤斗の恋人茉莉の出現により、バスケットボールを楽しむことが増えている。体育館を借り、3on3で戦うのだ。今回のメンバーは赤斗、緑丸、黄雅対青音、白亜、茉莉で黒彦は審判、桃香は見学だ。
茉莉は頭一つ、背が低いがやはりバスケット選手だったので一番点を取る。

「茉莉ちーん! かっこいいー! 速攻! 速攻!」

素早い動きと物おじしない態度に桃香は夢中で応援している。紳士である彼らも最初は女性だからと遠慮していたが、今では本気を出すしかなかった。それでもラフプレイはなく極めて紳士的なプレイだ。
茉莉のイケメン女子ぶりはバスケットボール以外にも影響が出ており、『イタリアントマト』には赤斗目当ての女性客が多かったが、今では茉莉のファンもいる。
時間が立ったので桃香は笛を吹いた。爽やかな汗をかいたメンバーたちが「いやー茉莉ちゃんには敵わないやー」と息を弾ませている。

「茉莉ちゃん! 素敵!」

桃香はタオルとスポーツドリンクを渡すと「やっぱりバスケいいですね。最近やっと調子もどってきたかも」と茉莉も嬉しそうに答える。黒彦は仲睦まじい女子二人になんとなく気に入らない思いがあるが、赤斗は喜んでいた。爽やかで大らかで明るく素直な茉莉を、赤斗はとても愛している。
今日も外で彼女と愛し合えたらと思ったときに、ふっと公園の様子を思い出し黒彦に話した。

「最近、公園にテントが張られてるんだよな」
「テント?」
「うん。おかげでカップルが寄り付きにくくなっててさ」
「ふーん。お前たちも困っているということか」
「えっ! あ、ああ、まあ、そこまでじゃないけどさ」
「まあ、そのうちどこかに行くだろ。ホログラム用装置ももうすぐ完成だから辛抱しろ」
「辛抱って……。そこまでがっついてないんだけどね」

再びメンバーチェンジをし戦い、いい汗をかいたメンバーたちは解散して帰路につく。黒彦と桃香も少し散歩しながら帰ることにした。

商店街近くの公園に差し掛かる。ここは赤斗と茉莉の愛の聖地だ。

「そう言えば、赤斗がここでテントを張っている奴がいるって言ってたな」
「テント? ここで?」
「ああ」

キョロキョロ桃香が見渡すと、端の方にドーム型のテントが見えた。

「ほんとだ。あそこ」

指を差し、しばらく見ていると中から人が出てきた。

「あ、あれ? あの人」
「あれはたしか……」
「理沙? さん?」

桃香は近寄って声を掛けた。

「あの、理沙さん?」
「ん? あ、あの時の」

やはり理沙だった。相変わらず、カンフー服だが手には洗面器とタオルを持っている。桃香に声を掛けらても動じることなく普通に接してくる。

「どうしてこんなところに?」
「今からスーパー銭湯にいくんだ」
「いえ、そういう事じゃなくて。どうしてここに?」
「朱雀をちゃんと倒すまで帰らないつもりだ」
「そ、そんな。こんなところで女性一人で……。危ないですよ!」
「大丈夫だ。物音がすればわたしはすぐ目が覚めるし、武術家の不意打ちじゃなかったら負けはしない」
「そういう問題じゃないです!」
「ん? こういう環境にいると5感も研ぎ澄まされるものだ」
「もー! ダメダメ! うちに行きましょう! 通報とかされちゃうかもしれないし」
「そうなのか?」
「そうですよぉー。黒彦さん、いいですよね!」
「あ、ああ……」

黒彦は桃香が理沙を家に連れて来ることに心から賛成出来ないがフェミニストなので反対もしなかった。
こうして理沙は『黒曜書店』で居候することになった。
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