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2話
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「ふはっ!」
「起きたか?」
「申しわけございません! 今……、何時ですか?」
「そろそろ夜中だが」
私は大の字になって寝てしまい、ベッドを占領していたらしい。
レオルド様は私が起きるまで待っていたのだという。
一緒に寝ようとしたり、無抵抗の私に手を触ろうとしたりしてこない。
他の愛人たちにもこのような感じだとはとても思えないのだが……。
「目が覚めてしまったか?」
「……はい。朝までお付き添いできますが」
私はなにを言っているのだろう……。
あまりにもレオルド様からの甘い誘惑がないものだからつい……。
「朝までか……。まぁフィアーナが望むのならばそれも良いだろう」
ついにこの日がやってきた。
私は何人めの愛人かはわからないけれど、ようやくレオルド様との貴重な時間を……。
そう思っていたのだが、どういうわけかレオルド様はテーブルにコーヒーを用意しはじめたのである。
「たしかフィアーナはコーヒーは苦手だったな。先日仕入れたハーブティーがある。これで良いか?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
レオルド様は慣れた手つきで私の分も用意してくださった。
さっそくいただき、ゆっくりと香りを楽しみながら口の中へと入れていく。
私好みの良い匂いがしていて、おいしい。
「朝まで会話ができるように、俺が仕事をしている間に寝て体力を蓄えてくれていたのだな」
「まぁ……そんなところです。会話ですか……?」
会話と言っても、身体での会話を望んでしまっている……。
というのも、愛人が大勢いるというのに、私には唇ひとつ奪おうとすらしてくれないのだ。
時々、他の愛人たちにはもっと進んでいるのではないかと不安に思ってしまうことがある。
私がレオルド様を愛しすぎてしまってるがゆえの嫉妬でもあるのかもしれない。
しかし、そんな私の心配もなかったかのように、相変わらずレオルド様は落ち着いていて、コーヒーをゆっくりと流し込んでいた。
最初はがめついてしまったものの、こういう雰囲気も好きである。
レオルド様との二人きりで一緒に会話を楽しむのも良いかなと思いはじめていた。
「俺は十八になる。フィアーナも結婚が可能になる十六になったところだな?」
「はい。もちろん、結婚相手など決めていませんし、レオルド様ひと筋です」
「何度もフィアーナのことは愛人だと言っていたし、俺には何人も愛人がいると言ったではないか」
「でも、レオルド様はまだ婚約者もいませんよね?」
「複数の女を順番に相手にしているのだ。最低であることに変わりはない」
どうやらレオルド様は自覚だけはしているらしい。
だが、私はどんどん心配になってくる。
何人も愛人がいるのに、私にだけ手を出していないのではないかと。
もしかして、レオルド様にとっては私が女としての魅力がないと思われているのか。
などと、不安にはなってくる。
それでも、レオルド様のことを諦めたくはない。
たとえ、何人愛人がいたとしてもレオルド様の優しさは私が一番知っているつもりだ。
命を助けてくれた感謝だってこの先ずっと忘れることはない。
「本題を戻そう。フィアーナよ、我が公爵家のことは知っているな?」
「え? はい。正義感が強く、王族としては異例ですが悪い組織や犯罪者集団撲滅に力を入れているのですよね」
「父上はそうだな」
「いえ、レオルド様も正義感は強いと思います。そうでなければ、あの日、私を助けようとしてくださらなかったはずです」
一瞬だけ、レオルド様が顔を赤ながら恥ずかしそうな素振りを見せてくれた。
しかし、すぐに真顔に戻る。
「あれは助けて当然のことだっただろう。それに、俺は何人も愛人を作る最低な男だぞ?」
「そうですね。そこだけは悔しいなって思います」
「幻滅しないのか?」
「幻滅したところで、私がレオルド様のことを想う気持ちは変わりませんので……」
好きすぎてたまらないという、病的かもしれない。
ドロドロで幸せになれる可能性など低い恋愛に、なぜこんなに夢中になってしまうのか。
公爵様が正義感が強いのに、レオルド様が女遊びが激しいことに対してなにも言わないのは不自然すぎるのだ。
私は、レオルド様が大勢の愛人を連れているのにはなにかしら理由があるのではないかとずっと考えていた。
だから、今もその望みにかけてある程度平然を保っていられる。
「仮にだ、もしも俺がフィアーナと結婚をしたとしたら、どうしたい? なにか望みはあるか?」
「レオルド様と一緒にいられるだけで幸せですよ」
「くっ……!」
「あ、でも愛人関係はしっかりと清算して欲しいなって……。無理にとは言えませんけど」
「そうか……」
レオルド様が、うっすらと微笑みを浮かべているように見えた。
もしもエピソードだとしても、レオルド様と結婚できたらどんなに幸せか、会話をするだけで楽しくなってきた。
「自慢のように聞こえるかもしれないが、父上の仕事柄もあって金もかなりあるほうだ。なにか欲しいものとかも出てくるだろう?」
「あぁ……、特には思いつきませんね。もちろん最低限の財源はあったほうが良いとは思いますけれど、レオルド様と一緒なら、仮に貧乏になったとしても構いません」
「本当か!?」
レオルド様は、なぜか驚きながら机を軽く叩いて私に確認をとってきた。
そこまで大袈裟になって話すようなことでもないと思うのだが……。
「私は毎日レオルド様にごはんを作って、お仕事の手伝いもできたら良いですねぇ。もちろん、毎日一緒に寝て、一緒におはようって言い合って……」
「そんなことを言ってくれたのはフィアーナが初めてだ……。ありがとう」
「ふぇ!?」
正面越しから私の手をギュッと握ってくれた。
力強くも優しい手に包まれて、私は幸せだ。
「だが、これだけは言っておきたい。やはりフィアーナと愛人関係を継続するのは厳しい……」
「へ……?」
「そろそろ関係を終わりにしようと思っているのだ。前へ進むために!」
レオルド様が真剣な表情をしていた。
私はレオルド様のことが大好きだ。
だからこそ、寂しい顔をしてはいけない。
しょせん、私は愛人関係なのだから。
レオルド様に作り笑みを見せてから、涙を溢しそうになってしまった。
「眠くなってきてしまったので、寝てもよろしいでしょうか?」
「そうか……。かまわぬよ」
「では、失礼しますね」
私はレオルド様のベッドへは向かわずに、部屋の扉を開けようとした。
「どこへ行くのだ?」
「私も前へ進まねばなりませんので……、ここでご一緒に寝るわけにはいきません。失礼します」
「こんな夜中――」
レオルド様には大変失礼だが、これもけじめだ。
話を聞かず、すぐに部屋から逃げるように飛び出た。
危険なことを承知のうえで、私は真っ暗闇の中、自宅へと帰った。
「起きたか?」
「申しわけございません! 今……、何時ですか?」
「そろそろ夜中だが」
私は大の字になって寝てしまい、ベッドを占領していたらしい。
レオルド様は私が起きるまで待っていたのだという。
一緒に寝ようとしたり、無抵抗の私に手を触ろうとしたりしてこない。
他の愛人たちにもこのような感じだとはとても思えないのだが……。
「目が覚めてしまったか?」
「……はい。朝までお付き添いできますが」
私はなにを言っているのだろう……。
あまりにもレオルド様からの甘い誘惑がないものだからつい……。
「朝までか……。まぁフィアーナが望むのならばそれも良いだろう」
ついにこの日がやってきた。
私は何人めの愛人かはわからないけれど、ようやくレオルド様との貴重な時間を……。
そう思っていたのだが、どういうわけかレオルド様はテーブルにコーヒーを用意しはじめたのである。
「たしかフィアーナはコーヒーは苦手だったな。先日仕入れたハーブティーがある。これで良いか?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
レオルド様は慣れた手つきで私の分も用意してくださった。
さっそくいただき、ゆっくりと香りを楽しみながら口の中へと入れていく。
私好みの良い匂いがしていて、おいしい。
「朝まで会話ができるように、俺が仕事をしている間に寝て体力を蓄えてくれていたのだな」
「まぁ……そんなところです。会話ですか……?」
会話と言っても、身体での会話を望んでしまっている……。
というのも、愛人が大勢いるというのに、私には唇ひとつ奪おうとすらしてくれないのだ。
時々、他の愛人たちにはもっと進んでいるのではないかと不安に思ってしまうことがある。
私がレオルド様を愛しすぎてしまってるがゆえの嫉妬でもあるのかもしれない。
しかし、そんな私の心配もなかったかのように、相変わらずレオルド様は落ち着いていて、コーヒーをゆっくりと流し込んでいた。
最初はがめついてしまったものの、こういう雰囲気も好きである。
レオルド様との二人きりで一緒に会話を楽しむのも良いかなと思いはじめていた。
「俺は十八になる。フィアーナも結婚が可能になる十六になったところだな?」
「はい。もちろん、結婚相手など決めていませんし、レオルド様ひと筋です」
「何度もフィアーナのことは愛人だと言っていたし、俺には何人も愛人がいると言ったではないか」
「でも、レオルド様はまだ婚約者もいませんよね?」
「複数の女を順番に相手にしているのだ。最低であることに変わりはない」
どうやらレオルド様は自覚だけはしているらしい。
だが、私はどんどん心配になってくる。
何人も愛人がいるのに、私にだけ手を出していないのではないかと。
もしかして、レオルド様にとっては私が女としての魅力がないと思われているのか。
などと、不安にはなってくる。
それでも、レオルド様のことを諦めたくはない。
たとえ、何人愛人がいたとしてもレオルド様の優しさは私が一番知っているつもりだ。
命を助けてくれた感謝だってこの先ずっと忘れることはない。
「本題を戻そう。フィアーナよ、我が公爵家のことは知っているな?」
「え? はい。正義感が強く、王族としては異例ですが悪い組織や犯罪者集団撲滅に力を入れているのですよね」
「父上はそうだな」
「いえ、レオルド様も正義感は強いと思います。そうでなければ、あの日、私を助けようとしてくださらなかったはずです」
一瞬だけ、レオルド様が顔を赤ながら恥ずかしそうな素振りを見せてくれた。
しかし、すぐに真顔に戻る。
「あれは助けて当然のことだっただろう。それに、俺は何人も愛人を作る最低な男だぞ?」
「そうですね。そこだけは悔しいなって思います」
「幻滅しないのか?」
「幻滅したところで、私がレオルド様のことを想う気持ちは変わりませんので……」
好きすぎてたまらないという、病的かもしれない。
ドロドロで幸せになれる可能性など低い恋愛に、なぜこんなに夢中になってしまうのか。
公爵様が正義感が強いのに、レオルド様が女遊びが激しいことに対してなにも言わないのは不自然すぎるのだ。
私は、レオルド様が大勢の愛人を連れているのにはなにかしら理由があるのではないかとずっと考えていた。
だから、今もその望みにかけてある程度平然を保っていられる。
「仮にだ、もしも俺がフィアーナと結婚をしたとしたら、どうしたい? なにか望みはあるか?」
「レオルド様と一緒にいられるだけで幸せですよ」
「くっ……!」
「あ、でも愛人関係はしっかりと清算して欲しいなって……。無理にとは言えませんけど」
「そうか……」
レオルド様が、うっすらと微笑みを浮かべているように見えた。
もしもエピソードだとしても、レオルド様と結婚できたらどんなに幸せか、会話をするだけで楽しくなってきた。
「自慢のように聞こえるかもしれないが、父上の仕事柄もあって金もかなりあるほうだ。なにか欲しいものとかも出てくるだろう?」
「あぁ……、特には思いつきませんね。もちろん最低限の財源はあったほうが良いとは思いますけれど、レオルド様と一緒なら、仮に貧乏になったとしても構いません」
「本当か!?」
レオルド様は、なぜか驚きながら机を軽く叩いて私に確認をとってきた。
そこまで大袈裟になって話すようなことでもないと思うのだが……。
「私は毎日レオルド様にごはんを作って、お仕事の手伝いもできたら良いですねぇ。もちろん、毎日一緒に寝て、一緒におはようって言い合って……」
「そんなことを言ってくれたのはフィアーナが初めてだ……。ありがとう」
「ふぇ!?」
正面越しから私の手をギュッと握ってくれた。
力強くも優しい手に包まれて、私は幸せだ。
「だが、これだけは言っておきたい。やはりフィアーナと愛人関係を継続するのは厳しい……」
「へ……?」
「そろそろ関係を終わりにしようと思っているのだ。前へ進むために!」
レオルド様が真剣な表情をしていた。
私はレオルド様のことが大好きだ。
だからこそ、寂しい顔をしてはいけない。
しょせん、私は愛人関係なのだから。
レオルド様に作り笑みを見せてから、涙を溢しそうになってしまった。
「眠くなってきてしまったので、寝てもよろしいでしょうか?」
「そうか……。かまわぬよ」
「では、失礼しますね」
私はレオルド様のベッドへは向かわずに、部屋の扉を開けようとした。
「どこへ行くのだ?」
「私も前へ進まねばなりませんので……、ここでご一緒に寝るわけにはいきません。失礼します」
「こんな夜中――」
レオルド様には大変失礼だが、これもけじめだ。
話を聞かず、すぐに部屋から逃げるように飛び出た。
危険なことを承知のうえで、私は真っ暗闇の中、自宅へと帰った。
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