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第二章 ギルドの依頼
第八十八話 天然
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そして夕飯どき。ニコラはミレーヌのとり計らいによりド・モリエ家で夕飯をともにすることになった。モーリス、パトリシア、ミレーヌ、ニコラの四人は、一階にあるダイニングで食卓を囲んだ。
「すみません、お夕飯までごちそうになって」
「構いませんよ。これから頑張っていただくのですから」
モーリスは気前良さそうにそう言った。
「そうですよ。それにニコラさんはミレーヌのお気に入りなんですから」
「お母さま!」
「あら、ごめんなさいね」
「もう……やめてよね」
パトリシアとミレーヌがそんなやりとりを始めると、ニコラはあることに気が付いた。モーリスの眉間にわずかだが皺が寄ったのだ。察しのいいニコラはそれを見逃さず、すぐさま話を逸らそうとする。
「そういえば、書類作成の件でのちほどご教示願いたいことがあるのですが、モーリスさん、十分ほどお時間をいただけますか?」
ニコラは事務的な話にすり替えてモーリスの親心を引っ込めようとした。そしてその判断は当たり、モーリスの眉間の皺は綺麗になくなった。
「ええ、かまいませんよ。なんなりとお尋ねください」
「ありがとうございます」
なんとか危機を脱したニコラは、しばらく当たり障りのない会話をしながらパトリシアの作った夕飯を堪能した。しかしミレーヌの魔法の話題になると、またしても予想外のピンチに見舞われることとなった。
「そういえばニコラさん、ミレーヌの魔法はいかがですかね」
モーリスがニコラに尋ねた。
「はい。ご本人の前で言うのもなんですが、今日確認した冷気系、無生物系、凝縮系の魔法に関しては、もう実務で十分通じるレベルだと思います」
「やったー! 褒められちゃった!」
ミレーヌはニコラの評価に大喜びした。モーリスとパトリシアも満足げにうんうんと頷いていた。それを見たニコラはもうひと押ししようと考えた。
「ミレーヌさんはきっと僕よりも魔法の才能があると思います。熱系の魔法も一度覚えたらすぐに使いこなせるようになりますよ」
この相手の望む応えを瞬時に察知する能力のおかげで、ニコラは秀才でありながら嫉妬されることもなく、周りから高い評価を得ることができた。そして今回もその持ち前の洞察力でモーリスたちに気に入られた……かに見えた。しかしミレーヌの予想を超えた天然ぶりによって、彼の気配りは無に帰すこととなる。
「ニコラさん、そんなかしこまった呼び方しないでくださいよー。さっきみたいにミレーヌって呼んでほしいなー」
ミレーヌはニコラの肩に手を触れながらそう言った。彼女の空気を読まない発言に、ニコラの余裕は一瞬で消し飛んだ。ニコラはモーリスの顔を横目に見た。モーリスの眉間にはくっきりと縦の線が浮き上がっていた。しかしパトリシアとミレーヌはそのことに気付いていない。
(ちょっと……ほんとこの子どれだけ天然なんだよ! パトリシアさんも気付いてないみたいだし……。モーリスさんは初めて娘が彼氏を連れてきたときみたいな顔になってるし……)
ニコラは焦っていた。これから一か月もここに滞在するのに、初日から気まずくなってはたまらない。家主であるモーリスとうまくやっていくのは彼にとって最重要課題なのだ。
モーリスもニコラに勝るとも劣らない配慮の人。ニコラがどのような人物かをすでに見抜いていたため、彼の様子を見てなにを考えているかはだいたい想像がついた。しかしだからといって親心を抑えられるわけではない。
「ニコラさん、ミレーヌは私の大切な娘です。ぜひ死力を尽くして才能を開花させてやって欲しい。わかっていますね?」
「はい、お任せください」(これはほぼ間違いなく、「大切な娘の才能を開花させず、つまみ食いだけして帰ろうとしたらどうなるか、わかっているな?」って意味だな……)
ニコラは表向き平生を装ってはいたものの、内心気が気ではなかった。もとよりミレーヌに熱系魔法をマスターさせるつもりではいたものの、余計な気苦労が増えたことに少々気が重くなった。
その夜ニコラは食事を終えた後、モーリスにフェーブルの行政書式についていくつか尋ね、それを元に書類の分類を済ませたあと寝床に就いた。
「すみません、お夕飯までごちそうになって」
「構いませんよ。これから頑張っていただくのですから」
モーリスは気前良さそうにそう言った。
「そうですよ。それにニコラさんはミレーヌのお気に入りなんですから」
「お母さま!」
「あら、ごめんなさいね」
「もう……やめてよね」
パトリシアとミレーヌがそんなやりとりを始めると、ニコラはあることに気が付いた。モーリスの眉間にわずかだが皺が寄ったのだ。察しのいいニコラはそれを見逃さず、すぐさま話を逸らそうとする。
「そういえば、書類作成の件でのちほどご教示願いたいことがあるのですが、モーリスさん、十分ほどお時間をいただけますか?」
ニコラは事務的な話にすり替えてモーリスの親心を引っ込めようとした。そしてその判断は当たり、モーリスの眉間の皺は綺麗になくなった。
「ええ、かまいませんよ。なんなりとお尋ねください」
「ありがとうございます」
なんとか危機を脱したニコラは、しばらく当たり障りのない会話をしながらパトリシアの作った夕飯を堪能した。しかしミレーヌの魔法の話題になると、またしても予想外のピンチに見舞われることとなった。
「そういえばニコラさん、ミレーヌの魔法はいかがですかね」
モーリスがニコラに尋ねた。
「はい。ご本人の前で言うのもなんですが、今日確認した冷気系、無生物系、凝縮系の魔法に関しては、もう実務で十分通じるレベルだと思います」
「やったー! 褒められちゃった!」
ミレーヌはニコラの評価に大喜びした。モーリスとパトリシアも満足げにうんうんと頷いていた。それを見たニコラはもうひと押ししようと考えた。
「ミレーヌさんはきっと僕よりも魔法の才能があると思います。熱系の魔法も一度覚えたらすぐに使いこなせるようになりますよ」
この相手の望む応えを瞬時に察知する能力のおかげで、ニコラは秀才でありながら嫉妬されることもなく、周りから高い評価を得ることができた。そして今回もその持ち前の洞察力でモーリスたちに気に入られた……かに見えた。しかしミレーヌの予想を超えた天然ぶりによって、彼の気配りは無に帰すこととなる。
「ニコラさん、そんなかしこまった呼び方しないでくださいよー。さっきみたいにミレーヌって呼んでほしいなー」
ミレーヌはニコラの肩に手を触れながらそう言った。彼女の空気を読まない発言に、ニコラの余裕は一瞬で消し飛んだ。ニコラはモーリスの顔を横目に見た。モーリスの眉間にはくっきりと縦の線が浮き上がっていた。しかしパトリシアとミレーヌはそのことに気付いていない。
(ちょっと……ほんとこの子どれだけ天然なんだよ! パトリシアさんも気付いてないみたいだし……。モーリスさんは初めて娘が彼氏を連れてきたときみたいな顔になってるし……)
ニコラは焦っていた。これから一か月もここに滞在するのに、初日から気まずくなってはたまらない。家主であるモーリスとうまくやっていくのは彼にとって最重要課題なのだ。
モーリスもニコラに勝るとも劣らない配慮の人。ニコラがどのような人物かをすでに見抜いていたため、彼の様子を見てなにを考えているかはだいたい想像がついた。しかしだからといって親心を抑えられるわけではない。
「ニコラさん、ミレーヌは私の大切な娘です。ぜひ死力を尽くして才能を開花させてやって欲しい。わかっていますね?」
「はい、お任せください」(これはほぼ間違いなく、「大切な娘の才能を開花させず、つまみ食いだけして帰ろうとしたらどうなるか、わかっているな?」って意味だな……)
ニコラは表向き平生を装ってはいたものの、内心気が気ではなかった。もとよりミレーヌに熱系魔法をマスターさせるつもりではいたものの、余計な気苦労が増えたことに少々気が重くなった。
その夜ニコラは食事を終えた後、モーリスにフェーブルの行政書式についていくつか尋ね、それを元に書類の分類を済ませたあと寝床に就いた。
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