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第二章 ギルドの依頼
第百十三話 漁師の腕力
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こうなると気が気でないのはブリジットだ。彼女は逃げ腰なベルナールを見て思わず声を上げる。
「ベルナール! がんばって!」
「わかってんよ! おまえに言われなくても!」
当のベルナールは投げやりにそう吐き捨てるだけだった。依然状況は変わらない。警戒して間合いをとる彼に向かって、今度はジャンが仕掛けてきた。
一気に前に出たジャンはそのまま右ストレートを放った。ベルナールは同じ轍は踏むまいとばかり、余裕を持ってそれを避けた。
(動きは大振りだ。とりあえず避けることに集中していればこいつの攻撃をもらうことはない。このまま体力の消耗を待って腕を取りに行けば勝てる)
ベルナールは続くジャンの左フックも十分な間合いをとって避けた。彼はその後も繰り返し放たれるジャンのパンチをどれも危なげなくかわし、少しずつバテるのを待った。
「やっぱりまずいんじゃ……」
シェリーは空振りを繰り返すジャンを見て再び不安になった。そんな彼女にカティアがそっと声をかけた。
「心配なら応援でもしてあげたら? 彼、アウェーなんだし」
シェリーはカティアを見た。そして再びジャンの方を向き、大きな声で叫ぶ。
「ジャンー! がんばってー!」
試合に集中しているジャンにその言葉が届いたかどうか定かではなかったが、彼よりむしろベルナールがその声に反応した。ベルナールは、シェリーがジャンに声援を送ったことに一瞬動揺してしまった。
(シェリー姐さんが、あ、あいつのことを、応援……)
その瞬間、ほんの一瞬の隙を突いてジャンがベルナールに殴りかかる。ベルナールは反応がわずかに遅れ、ジャンの左ジャブを先ほどと反対の頬に受けてしまった。
「ぎゃっ!!」
彼はそのまま二メーターほど後方に吹っ飛びダウンした。しかしジャンの方もダメージはあった。
「痛ってぇ。頬骨殴っちまった」
オープンフィンガーグローブを着用しているとはいえ、硬い頬骨を殴ったのだ。彼の拳にも当然それなりのダメージが返ってきていた。加えて大振りな動きを繰り返した影響で息も上がっていた。
ベルナールは大ダメージを受けながらもなんとか立ち上がった。
(痛ぇ。当たりどころがよかったから意識は飛ばなかったけど、骨、大丈夫か? クソっ! なんなんだよ、こいつの攻撃の重さは。順突きの威力じゃねぇ。こんな馬鹿力を煽るんじゃなかった。……でも向こうもへばってきてる。今なら関節を取れる……)
ここで負ければ大恥をかくだけでなく、シルヴァン師範の地獄の特訓が待っているに違いない。ベルナールも必死だった。なんとかしてこの勝負に勝たねばならない。ジャンの並外れた腕力を目の当たりにしたいま、彼に勝てる見込みがあるとすれば、やはり締め技か関節技しかない。しかし締め技では落とすまでのあいだ相手の反撃に耐えなければならない。実質的に残る手立ては関節技だけだった。
ベルナールは間合いを詰めながらジャンの攻撃を待った。ジャンはその様子を見て、ベルナールが関節を狙っていることを読んでいた。しかし彼の中に怖じる気持ちはなかった。来るなら来い、完全に極められる前に外して叩きのめしてやる。そう強く念じていた。
互いに距離を詰める二人。そして歩幅にして約一歩半まで近づいたところで、先にジャンが踏み出し、渾身の右ストレートを放った。それをベルナールはギリギリでかわし腕を取る。そしてそのままジャンの右腕の付け根に飛びついて腕十字の形を作ると、そのまま外されまいと瞬時に力を込めた。
(やった! これで極まっ……え!?)
しかし、ジャンはギリギリのところで持ちこたえ、立ったまま、筋力だけで肘関節が伸びきるのを防いでいた。そしてそのまま、力ずくでベルナールの腕十字を外そうとした。
(うそだろ!? これで極まらないってどんな腕力だよ!? 畜生! ならこっちも絞り出すしかねぇ!)
むきになって完全に極めにかかるベルナール。それに負けじと押し切ろうとするジャン。ベルナールは歯を食いしばり、残る体力すべてを投じてジャンの腕を引き寄せようとする。しかし彼の腕十字より、ジャンの力のほうがわずかに勝っていた。
(だめだ! このまま無理にしがみ付いてても勝ち目はねぇ! いったん放し……)
ベルナールはたまりかねてジャンの腕を放した。その刹那、ジャンは解放された腕で、すぐさまベルナールの顔面に裏拳を叩き込んだ。
「オラァッ!!」
「ぶっっっ!!!」
完全に着地しきれていなかったベルナールは、ジャンの渾身の裏拳を鼻に受け、身体ごと三回転して吹っ飛び、一番近くのラインを割った。そこはちょうどブリジットの目の前だった。
「ベルナール! しっかりして!」
彼女が声をかけるも、ベルナールは完全にのびてしまって反応がない。決着は誰の目にも明らかだった。
「じょ、場外! 勝者、ジャン=リュック・シャロン!」
エリックはジャンの勝利を告げた。
「はぁ、はぁ……漁師の腕力、なめんなよ!」
ジャンは気絶しているベルナールに向かってそう言い放った。ずっと脇で見ていたシェリーはそれを見て、やっと安堵の表情を浮かべた。
「ベルナール! がんばって!」
「わかってんよ! おまえに言われなくても!」
当のベルナールは投げやりにそう吐き捨てるだけだった。依然状況は変わらない。警戒して間合いをとる彼に向かって、今度はジャンが仕掛けてきた。
一気に前に出たジャンはそのまま右ストレートを放った。ベルナールは同じ轍は踏むまいとばかり、余裕を持ってそれを避けた。
(動きは大振りだ。とりあえず避けることに集中していればこいつの攻撃をもらうことはない。このまま体力の消耗を待って腕を取りに行けば勝てる)
ベルナールは続くジャンの左フックも十分な間合いをとって避けた。彼はその後も繰り返し放たれるジャンのパンチをどれも危なげなくかわし、少しずつバテるのを待った。
「やっぱりまずいんじゃ……」
シェリーは空振りを繰り返すジャンを見て再び不安になった。そんな彼女にカティアがそっと声をかけた。
「心配なら応援でもしてあげたら? 彼、アウェーなんだし」
シェリーはカティアを見た。そして再びジャンの方を向き、大きな声で叫ぶ。
「ジャンー! がんばってー!」
試合に集中しているジャンにその言葉が届いたかどうか定かではなかったが、彼よりむしろベルナールがその声に反応した。ベルナールは、シェリーがジャンに声援を送ったことに一瞬動揺してしまった。
(シェリー姐さんが、あ、あいつのことを、応援……)
その瞬間、ほんの一瞬の隙を突いてジャンがベルナールに殴りかかる。ベルナールは反応がわずかに遅れ、ジャンの左ジャブを先ほどと反対の頬に受けてしまった。
「ぎゃっ!!」
彼はそのまま二メーターほど後方に吹っ飛びダウンした。しかしジャンの方もダメージはあった。
「痛ってぇ。頬骨殴っちまった」
オープンフィンガーグローブを着用しているとはいえ、硬い頬骨を殴ったのだ。彼の拳にも当然それなりのダメージが返ってきていた。加えて大振りな動きを繰り返した影響で息も上がっていた。
ベルナールは大ダメージを受けながらもなんとか立ち上がった。
(痛ぇ。当たりどころがよかったから意識は飛ばなかったけど、骨、大丈夫か? クソっ! なんなんだよ、こいつの攻撃の重さは。順突きの威力じゃねぇ。こんな馬鹿力を煽るんじゃなかった。……でも向こうもへばってきてる。今なら関節を取れる……)
ここで負ければ大恥をかくだけでなく、シルヴァン師範の地獄の特訓が待っているに違いない。ベルナールも必死だった。なんとかしてこの勝負に勝たねばならない。ジャンの並外れた腕力を目の当たりにしたいま、彼に勝てる見込みがあるとすれば、やはり締め技か関節技しかない。しかし締め技では落とすまでのあいだ相手の反撃に耐えなければならない。実質的に残る手立ては関節技だけだった。
ベルナールは間合いを詰めながらジャンの攻撃を待った。ジャンはその様子を見て、ベルナールが関節を狙っていることを読んでいた。しかし彼の中に怖じる気持ちはなかった。来るなら来い、完全に極められる前に外して叩きのめしてやる。そう強く念じていた。
互いに距離を詰める二人。そして歩幅にして約一歩半まで近づいたところで、先にジャンが踏み出し、渾身の右ストレートを放った。それをベルナールはギリギリでかわし腕を取る。そしてそのままジャンの右腕の付け根に飛びついて腕十字の形を作ると、そのまま外されまいと瞬時に力を込めた。
(やった! これで極まっ……え!?)
しかし、ジャンはギリギリのところで持ちこたえ、立ったまま、筋力だけで肘関節が伸びきるのを防いでいた。そしてそのまま、力ずくでベルナールの腕十字を外そうとした。
(うそだろ!? これで極まらないってどんな腕力だよ!? 畜生! ならこっちも絞り出すしかねぇ!)
むきになって完全に極めにかかるベルナール。それに負けじと押し切ろうとするジャン。ベルナールは歯を食いしばり、残る体力すべてを投じてジャンの腕を引き寄せようとする。しかし彼の腕十字より、ジャンの力のほうがわずかに勝っていた。
(だめだ! このまま無理にしがみ付いてても勝ち目はねぇ! いったん放し……)
ベルナールはたまりかねてジャンの腕を放した。その刹那、ジャンは解放された腕で、すぐさまベルナールの顔面に裏拳を叩き込んだ。
「オラァッ!!」
「ぶっっっ!!!」
完全に着地しきれていなかったベルナールは、ジャンの渾身の裏拳を鼻に受け、身体ごと三回転して吹っ飛び、一番近くのラインを割った。そこはちょうどブリジットの目の前だった。
「ベルナール! しっかりして!」
彼女が声をかけるも、ベルナールは完全にのびてしまって反応がない。決着は誰の目にも明らかだった。
「じょ、場外! 勝者、ジャン=リュック・シャロン!」
エリックはジャンの勝利を告げた。
「はぁ、はぁ……漁師の腕力、なめんなよ!」
ジャンは気絶しているベルナールに向かってそう言い放った。ずっと脇で見ていたシェリーはそれを見て、やっと安堵の表情を浮かべた。
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