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第16話
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アジュルのセピオ第一宙港から百令星系ビャクレイⅢ第一宙港までは四十分ごとにワープ三回、二時間四十分の航行だ。
チケットを買い、通関もチェックパネルもクリアして宙艦に乗り込むと、シドはワープ前の薬を飲み込むなりシートに凭れて眠りに落ちた。
惑星警察の捜査で二、三日の徹夜くらいは平気だが、生殺し状態で据え置かれるのには慣れていない。お蔭で寝られなかっただけでなく非常に消耗していたのだ。
片やハイファは腕枕の具合がすこぶる良かったために元気いっぱいである。二時間四十分の間に別室資料をすみずみまで読み直し、シートに備え付けのホロTVでメロドラマを観ながら、たびたびシドに毛布を掛け直した。
三回のワープを終えるとテラ標準時と並べてビャクレイⅢ標準時をリモータに表示する。
ビャクレイⅢはテラ本星からあまりに遠すぎるというのを考慮してなおテラ連邦が欲しがった星である。豊富な資源だけでなく自転周期もテラ本星とほぼ同じの約二十四時間。おまけに大気組成も手を加えることなく人類が生存可能だったという奇跡の星だ。
だからといって時差は当然あるので、着いたらビャクレイⅢ第一宙港は夜中の零時である。ここまでくるとワープラグ、いわゆる時差ぼけをしているのかどうかも分からない。
到着十分前になってシドが目を覚ました。
「あー、煙草吸いてぇな」
「あと二十分我慢して。張り込みの時には一日だって我慢するクセに」
「仕事じゃねぇもん、ボランティアだからな」
「ボランティア、ねえ」
「ああ、そうだ。それともお前まで俺を棒に当たる犬扱いする気かよ?」
「気が立ってるなあ。……ほら、接地した。行こ」
ショルダーバッグを肩に掛けたハイファがシドを促して列に並んだ。エアロックを抜けてリムジンコイルで宙港メインビルまで運ばれ、通関の臭気探知機やX‐RAYなどの機器の森をクリアすると、一階ロビーフロアでハイファはまた観光案内端末と格闘だ。
インフォメーションからそれを配信・更新しているシステムに入り込み、管理権限者のふりをして更に上階層へと 移り、易々と入出星者のIDリストに辿り着く。
その間シドは喫煙ルームだ。ようやく煙草にありついて緩んではいたが、透明なオートドアの向こうにハイファの姿は捉えていた。他星ではそれこそ何が起こるか分からない。割とすぐに用は済んだらしくこちらに向かってきた。オートドアから入るなりハイファは愚痴る。
「シド、ここもだめ。まだ先があるなんて予想外もいいとこだよ」
「からかって遊んでやがるのか?」
「分からないけど、とにかく今度はバートラム=ノックスのニセIDじゃなくて、ダグラス=カーター本人のIDで出星してる」
「ふ……ん。で、行き先は何処だって?」
「アルナス星系第二惑星フィルマ」
「何処だ、それ。聞いたことねぇぞ」
オートドリンカで買った飲みかけのコーヒーを渡してやりながらシドは首を捻る。この百令星系だって充分ド辺境だ。ここからは帰り道しかないと思い込んでいた。
「僕も初耳だったけど別室基礎資料には載ってたから。それよりアルナス星系へはワープ一回、一時間で着く直行便が出てる。どうする?」
「出航は?」
「一時と十三時ジャストの二便」
「もうすぐだな。乗っちまおうぜ」
「ワープ合計四回になるよ」
「ここまできたんだ、多少へばっても現地のホテルで伸びてればいいさ。それにここにきて本人ID使ってるんだ、こいつは何かあるぞ」
「貴方がそう言うなら」
急いで喫煙ルームを出て自販機でチケットを買う。通関を経てギリギリでリムジンコイルの最終便に乗り込んだ。ざっと眺めたが数少ない客は殆どビジネスマンらしかった。
宙艦のシートに収まってワープ前の薬を飲むと早速二人は別室基礎資料を開き、十四インチホロスクリーンに映し出した。貴重な一時間だ。
「アルナス星系第二惑星フィルマ、星系首都はキトナっていうんだ。まだテラフォーミングしたばかり、人が入植して二世紀経ってないんだね」
「第三惑星アルダーはテラフォーミング中か。こんな辺境の新しいテラ連邦加盟星系名なんか売れてなくて当然だな」
「第一次入植は百令星系の住民から選抜、資源採掘権を与えられて移住、と。ここらは五百年前の百令と一緒だね。一次入植者が全ての利権を握って上流階級者となるっていうのも、第二次以降の入植者が労働者層だっていうのも」
こういった形態の入植方法はテラ連邦内でもよく採られる。誰も安穏とした生活を捨ててタダの荒野に流されたくはない。そこで各種資源の利権を手にすることを条件として、人々は新天地に臨むのだ。
勿論それは賭けである。テラ連邦議会の植民地委員会がある程度の調査をし、それを提示された上での入植ではあるものの、そこが本当に金の卵を産む豊かな土地であるかどうかは時間が経たないと分からないものだ。
予想よりも早く資源を掘り尽きてしまったり、豊饒の大地がちょっとした気候変動や微少鉱物の影響のために荒野に戻ってしまったりと、失敗した入植は少なくない。
そういった星系はテラ連邦議会主体で産業を興すなどの救済措置が執られる場合もあるが、そうなれば貴族にも値する地位を夢見た第一次入植者は単なる労働者で終わる。
尤も救済措置が執られればマシな方で自由主義経済・完全資本主義社会のテラ連邦から見放され、極貧で草を噛む生活を強いられている惑星も存在するのだ。
「でもこのフィルマは百令並みに成功したみたいだね。ビャクレイには敵わないものの、化石燃料が多く産出されてるし食糧自給率も低くない」
「ふうん、メシに困らねぇのは有難いな。……うげ、ワープだ」
途端に躰が重たくなり、頭を輪で締めつけられるような不快感が二人を襲う。
「拙ったか?」
「今更だよ。降りたらすぐにホテル探さなきゃ」
そのあとは二人とも口数も少なく、アルナス星系第二惑星フィルマに宙艦が接地するのをひたすら待った。フィルマ標準時をリモータ表示させることだけは辛うじて忘れない。
惑星フィルマの自転周期はテラ本星と大きくは変わらない二十六時間十三分二十六秒、到着すると首都キトナは十九時だった。通関をクリアするなりハイファはフロアのインフォメーション端末からハッキングだ。
ロニア、アジュル、ビャクレイⅢと同じ手順、もう手が勝手に動く。
「数が少ないから助かるよ。あっ、ヒットだ。入星が一週間前。出星はしてない」
二人は大きく溜息をついた。またニセIDで出星している可能性はゼロではないが、そこまで疑っていてはキリがない。ここは腰を据えてこのフィルマを探るべきだった。
ついでに地図をダウンロードして二人は宙港メインビルの一階に降りる。エントランスを出るなり、夕暮れの光景を目にしたシドは既視感に囚われた。
「あ、初めてなのに見覚えがあるんでしょ。色んな星でよくあることだけど、たぶんこのキトナもテラ本星セントラルエリアを模して作られたんだよ」
「いや。そいつは知ってるが、そうじゃなくてさ」
「じゃあ何なのサ」
「テラフォーミングしたてのド田舎を想像してたからな。まあ、落ち着いて考えりゃ、そこまでのド田舎じゃ電磁虫をバラ撒いたって意味はねぇんだけどな」
チケットを買い、通関もチェックパネルもクリアして宙艦に乗り込むと、シドはワープ前の薬を飲み込むなりシートに凭れて眠りに落ちた。
惑星警察の捜査で二、三日の徹夜くらいは平気だが、生殺し状態で据え置かれるのには慣れていない。お蔭で寝られなかっただけでなく非常に消耗していたのだ。
片やハイファは腕枕の具合がすこぶる良かったために元気いっぱいである。二時間四十分の間に別室資料をすみずみまで読み直し、シートに備え付けのホロTVでメロドラマを観ながら、たびたびシドに毛布を掛け直した。
三回のワープを終えるとテラ標準時と並べてビャクレイⅢ標準時をリモータに表示する。
ビャクレイⅢはテラ本星からあまりに遠すぎるというのを考慮してなおテラ連邦が欲しがった星である。豊富な資源だけでなく自転周期もテラ本星とほぼ同じの約二十四時間。おまけに大気組成も手を加えることなく人類が生存可能だったという奇跡の星だ。
だからといって時差は当然あるので、着いたらビャクレイⅢ第一宙港は夜中の零時である。ここまでくるとワープラグ、いわゆる時差ぼけをしているのかどうかも分からない。
到着十分前になってシドが目を覚ました。
「あー、煙草吸いてぇな」
「あと二十分我慢して。張り込みの時には一日だって我慢するクセに」
「仕事じゃねぇもん、ボランティアだからな」
「ボランティア、ねえ」
「ああ、そうだ。それともお前まで俺を棒に当たる犬扱いする気かよ?」
「気が立ってるなあ。……ほら、接地した。行こ」
ショルダーバッグを肩に掛けたハイファがシドを促して列に並んだ。エアロックを抜けてリムジンコイルで宙港メインビルまで運ばれ、通関の臭気探知機やX‐RAYなどの機器の森をクリアすると、一階ロビーフロアでハイファはまた観光案内端末と格闘だ。
インフォメーションからそれを配信・更新しているシステムに入り込み、管理権限者のふりをして更に上階層へと 移り、易々と入出星者のIDリストに辿り着く。
その間シドは喫煙ルームだ。ようやく煙草にありついて緩んではいたが、透明なオートドアの向こうにハイファの姿は捉えていた。他星ではそれこそ何が起こるか分からない。割とすぐに用は済んだらしくこちらに向かってきた。オートドアから入るなりハイファは愚痴る。
「シド、ここもだめ。まだ先があるなんて予想外もいいとこだよ」
「からかって遊んでやがるのか?」
「分からないけど、とにかく今度はバートラム=ノックスのニセIDじゃなくて、ダグラス=カーター本人のIDで出星してる」
「ふ……ん。で、行き先は何処だって?」
「アルナス星系第二惑星フィルマ」
「何処だ、それ。聞いたことねぇぞ」
オートドリンカで買った飲みかけのコーヒーを渡してやりながらシドは首を捻る。この百令星系だって充分ド辺境だ。ここからは帰り道しかないと思い込んでいた。
「僕も初耳だったけど別室基礎資料には載ってたから。それよりアルナス星系へはワープ一回、一時間で着く直行便が出てる。どうする?」
「出航は?」
「一時と十三時ジャストの二便」
「もうすぐだな。乗っちまおうぜ」
「ワープ合計四回になるよ」
「ここまできたんだ、多少へばっても現地のホテルで伸びてればいいさ。それにここにきて本人ID使ってるんだ、こいつは何かあるぞ」
「貴方がそう言うなら」
急いで喫煙ルームを出て自販機でチケットを買う。通関を経てギリギリでリムジンコイルの最終便に乗り込んだ。ざっと眺めたが数少ない客は殆どビジネスマンらしかった。
宙艦のシートに収まってワープ前の薬を飲むと早速二人は別室基礎資料を開き、十四インチホロスクリーンに映し出した。貴重な一時間だ。
「アルナス星系第二惑星フィルマ、星系首都はキトナっていうんだ。まだテラフォーミングしたばかり、人が入植して二世紀経ってないんだね」
「第三惑星アルダーはテラフォーミング中か。こんな辺境の新しいテラ連邦加盟星系名なんか売れてなくて当然だな」
「第一次入植は百令星系の住民から選抜、資源採掘権を与えられて移住、と。ここらは五百年前の百令と一緒だね。一次入植者が全ての利権を握って上流階級者となるっていうのも、第二次以降の入植者が労働者層だっていうのも」
こういった形態の入植方法はテラ連邦内でもよく採られる。誰も安穏とした生活を捨ててタダの荒野に流されたくはない。そこで各種資源の利権を手にすることを条件として、人々は新天地に臨むのだ。
勿論それは賭けである。テラ連邦議会の植民地委員会がある程度の調査をし、それを提示された上での入植ではあるものの、そこが本当に金の卵を産む豊かな土地であるかどうかは時間が経たないと分からないものだ。
予想よりも早く資源を掘り尽きてしまったり、豊饒の大地がちょっとした気候変動や微少鉱物の影響のために荒野に戻ってしまったりと、失敗した入植は少なくない。
そういった星系はテラ連邦議会主体で産業を興すなどの救済措置が執られる場合もあるが、そうなれば貴族にも値する地位を夢見た第一次入植者は単なる労働者で終わる。
尤も救済措置が執られればマシな方で自由主義経済・完全資本主義社会のテラ連邦から見放され、極貧で草を噛む生活を強いられている惑星も存在するのだ。
「でもこのフィルマは百令並みに成功したみたいだね。ビャクレイには敵わないものの、化石燃料が多く産出されてるし食糧自給率も低くない」
「ふうん、メシに困らねぇのは有難いな。……うげ、ワープだ」
途端に躰が重たくなり、頭を輪で締めつけられるような不快感が二人を襲う。
「拙ったか?」
「今更だよ。降りたらすぐにホテル探さなきゃ」
そのあとは二人とも口数も少なく、アルナス星系第二惑星フィルマに宙艦が接地するのをひたすら待った。フィルマ標準時をリモータ表示させることだけは辛うじて忘れない。
惑星フィルマの自転周期はテラ本星と大きくは変わらない二十六時間十三分二十六秒、到着すると首都キトナは十九時だった。通関をクリアするなりハイファはフロアのインフォメーション端末からハッキングだ。
ロニア、アジュル、ビャクレイⅢと同じ手順、もう手が勝手に動く。
「数が少ないから助かるよ。あっ、ヒットだ。入星が一週間前。出星はしてない」
二人は大きく溜息をついた。またニセIDで出星している可能性はゼロではないが、そこまで疑っていてはキリがない。ここは腰を据えてこのフィルマを探るべきだった。
ついでに地図をダウンロードして二人は宙港メインビルの一階に降りる。エントランスを出るなり、夕暮れの光景を目にしたシドは既視感に囚われた。
「あ、初めてなのに見覚えがあるんでしょ。色んな星でよくあることだけど、たぶんこのキトナもテラ本星セントラルエリアを模して作られたんだよ」
「いや。そいつは知ってるが、そうじゃなくてさ」
「じゃあ何なのサ」
「テラフォーミングしたてのド田舎を想像してたからな。まあ、落ち着いて考えりゃ、そこまでのド田舎じゃ電磁虫をバラ撒いたって意味はねぇんだけどな」
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