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第26話

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「ふうん。それで三千年前と随分変わったのかな?」
「いや、思ったほどは変わっていない。あの頃も今もビルでいっぱいだ」
「へえ、そんなモンか」

「レックス、少しガッカリしてる?」
「いいや、ガッカリなどするものか! 何故なら三千年前にはなかった凄いものがこの世界にはあったのだ!」
「何、それ?」

「空港、いや、宙港に宇宙船があった。人々が宇宙に飛び出している! それだけではない、今の話を聞けばテラフォーミングや恒星間旅行まで成し得ているではないか!」

 満面の笑みで緑色の瞳を輝かせ、身振りも大仰なレックス=ナイトは全身で喜びを味わっているようだった。

「そっか。反物質機関の発明とそれを利用したワープ航法の発見は、レックスが眠ったあとだったんだ?」
「どうやらそうらしい。ワープか……わくわくするな」
「おウチに帰ったら家来に頼んでみるんだな」

 もう他星旅行に心を占められている様子のレックスの腹が豪快に鳴る。それを聞きつけてハイファはレックスに微笑むと、コーヒーサーバを持ってきて全員のカップに注ぎ分けた。サーバを戻すとプレートにクッキーを載せて運んでくる。

「おやつタイムだよ。よかったら食べて」
「おお、丁度腹が空いていたのだ! ん、旨いな!」
「僕が焼いたんだよ」

 レックスは緑の目を瞠って感嘆の表情になる。いちいち大仰な男だ。

「まだあるからね。お腹が空いて無銭飲食しちゃったの?」
「賭けに負けたのだ」
「……ああ、そう」

 もう内容までは聞きたくなかった。

「で、別室任務はどうするってか?」
「そっちねえ。第三者委員を一人ずつ叩くなんて仕事は優雅じゃないよねえ」
「その話だが」

 と、クッキーを頬張りながらレックスが言い放つ。

「わたしもアルケー星系とやらにともに行くぞ!」

 宣言に呆気にとられたのち、ハイファは噛んで含めるようにレックスに言った。

「別にアルケー星系に行かなくてもいいんだよ。第三者委員会の有識者は、このテラ本星にもいるんだからね」
「シドにハイファス、そなたたちはナイトを助けてくれようとしているのだろう? それならばわたしが行かずしてどうする!」
「いや、だからだな。ナイト損保が助かるかどうかは分からねぇんだぞ? 賄賂は調査判定に完全な不正があってのことなのか、それとも多少の手心を加えただけで保険金支払い責任は覆らない程度なのか、結果が出ねぇと――」

 皿のクッキーを綺麗にさらえてレックスは首を横に振る。

「我がナイトに支払い責任などないに決まっている!」
「どうしてそう言い切れるんだよ?」

 緑色の瞳を煌めかせ、レックスは変わらず大声で言い放った。

「分からないのか? 何故なら本当は資源がまだ眠っているのならば、採掘した方が入植者にとってはお得だからだ! 保険というのはカネで買えないものすらカネに換算する行為、失くしたモノより高額を受け取ることはない!」

 キッチンからクッキーを缶ごと持ってきてハイファは頷く。

「言われてみればそうかもね。もし資源が残ってるのなら掘った方が得、まるでないのなら賄賂を渡す意味がない、か」
「待てよ、そうすると入植者は保険金を分捕った上に資源も隠れて掘る……いや、無理だな。資源をクレジットに換金すればテラ連邦にバレない筈はねぇもんな」

「じゃあ、やっぱり元々資源は僅かしかなかった、掘り尽くしたんだよね?」
「そこで賄賂を渡す意味って何なんだ?」
「うーん、何なんだろ?」

 ひとしきりクッキーを食べて満足したらしく、今度はシドの煙草を勝手に抜き、シドのオイルライターで勝手に火を点けたレックスが笑う。

「簡単ではないか。最初から資源は僅かしかない、それを入植者も知っていたのだ!」
「入植時から知ってた……その事実を知った第三者委員会に賄賂を掴ませたのか」

 シドとハイファは顔を見合わせる。

「そういうことってあり得るのか?」
「ないとは言い切れないけど、それじゃあ惑星開発、それもテラフォーミング最初期の調査段階からの不正ってことになっちゃうよ?」
「入植者はテラ連邦植民地委員会からそれを聞いた、植民地委員会はテラフォーミング調査専門会社からそれを聞いた……莫大なカネが動くんだ、全部がグルだってこともあるだろうが」

「ちょっとそれって大ごとかも」

 考え込んだハイファを前に、シドはクッキーをつまんでポリポリ食べながら、

「あんまり面倒ならナイト損保に保険金を支払わせりゃいいじゃねぇか。どうせ別室はテラ連邦議会の意向を汲んで、そのくらいは目ぇ瞑るだろ」

 と、暢気に言った。だがハイファは首を横に振る。

「この資料を見たらね、やっぱり簡単に言える金額じゃなかったんだよ。ナイト損保のアンダーライター、いわゆるネームにはテラ連邦議会議員たちも名を連ねてる。その議員の中には各星系政府要人も含まれてる。揃って首を吊られると困っちゃう」
「議員の靴を舐めて別室は命令してきたのかよ?」

「それもちょっと違うよ。業界最大手のナイト損保がこの件で倒れると、入植事業に関わる保険の掛け金が跳ね上がるのは目に見えてる。そうすると今後のテラフォーミング事業に支障をきたすことになる。だからだよ」
「何でナイト損保自体が倒れるんだよ、倒れるのはネームだけだろ?」

「ネームが自力で資源枯渇問題に関する保険金、約九千五百兆クレジットを支払えるとでも思ってるの?」
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