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56:甘い理由※
しおりを挟む「それもゴムか?」
「そうよ、これもゴム。でもちょっと普通のとは違うの」
「……また光らせるのか」
「違うわよ」
げんなりした声色の颯斗の言葉に返し、手元の箱へと視線を向けた。
白地の箱にパステルカラーで様々な図形が描かれている。水色やピンク、黄色、オレンジ……とどれも淡い色合いではあるものの、複数の色が使われると目を引きポップな印象を受ける。
「こういう箱もあるんだな」
「こっちも可愛いでしょ。それに、こっちのゴムは甘い香りがするの」
「……は?」
背後で颯斗が動きを止めたのが分かる。
理解出来ない、と言いたいのだろう。
「男の股間を光らせるだけじゃ飽き足らず、今度は香りまでつけるのか」
「変な風に言わないで」
「なんだよ『硬くなる』『勃つ』『出す』だけのギミックじゃ足りないっていうのか? 光るだの匂いがするだの、どうしてワンギミック付け足そうとするんだ」
「そんなの私も聞かれたって答えられないわよ。お客様問い合わせ窓口にでも聞いてよ。……それに、これは甘い香りだけじゃないの」
箱を開けて中から一つ取り出す。一つ一つの包装も箱の外装に合わせてパステルカラーのポップなデザインで統一されており、まるでキャンディーの包み紙のようではないか。
あえてひらひらと揺らして見せれば、颯斗が眉根を寄せる。これ以上いったい何があるんだとでも言いたげな表情だ。
それを横目に見て、雛子は小さく笑んでみせた。この後の彼の反応が予想出来るからだ。
「これね、香りも甘いけど実際に甘い味がするのよ」
「味? なんでそんなことを……」
言いかけ、颯斗の言葉が途中で止まる。きっと雛子の言わんとしていることを察したのだろう。
むぐと口を噤みなにやら言いたそうだ。表情も先程までの怪訝そうなものとは変わっており、瞳の奥に期待の色が宿り始めている。
なぜコンドームが甘いのか……。
「甘い方が舐めやすいでしょ?」
ね? と同意を求めれば、颯斗がぐっと分かりやすく言葉を詰まらせた。
「……舐めやすい、か」
「そうなの。ところで、これも体験してみたいんだけど、どうかしら?」
「ぜひ……、じゃなくて、そうだな、自分の商品を理解してこその営業だよな」
「だから私はデザイナーだって」
満更でもないどころか食い気味に答えかけて慌てて冷静を取り繕う颯斗に、雛子はまったくと溜息を吐きつつ、手にしていたコンドームを彼に手渡した。
ちなみにその際に「着けてるところが見たい」と言ってみたのだが、今回もまた「駄目」の即答で一刀両断されてしまった。こちらも食い気味に断ってきたあたり、雛子が言い出すことは予測済みだったのかもしれない。
「……着けてるところを見せてくれないなら口でするの止める、って言ったらどうする?」
「宿泊で部屋取ってるから、明日の朝のチェックアウトまであの機械で泣かせる」
「ひぇ……、そんなの死んじゃう」
じっとりと睨みながらの颯斗の恐ろしい発言に、雛子は思わず悲鳴じみた声を出してしまう。
一度でさえ強すぎる快感に翻弄されたのだ。あれを朝まで……なんて、意識と体が蕩けるどころかおかしくなってしまう。ちなみのこの『おかしくなる』とは、甘い表現での快感でおかしくではなく本当に精神がおかしくなるという危機的なものである。もはや恐怖の領域だ。
もしもの話とはいえ、なんて恐ろしいことを言い出すのだろうか。
……もっとも、自分で言ったとはいえどうかと思えたのか、颯斗はしばらく黙り込んだのち、ポツリと呟くように、
「……別に、口でするのが嫌なら嫌って言って良いからな」
と付け足した。
多分、口でする行為自体を雛子が嫌がった場合は無理強いはしないという事なのだろう。
相変わらず脅している男とは思えない態度ではないか。ふふっと小さく笑えば、拗ねるように「笑うなよ」という文句が返ってきた。強めに首筋に吸い付いてくるのは笑われたことの意趣返しか。跡になると訴えようかと思ったが、今更だと出かけた言葉を飲み込んだ。
次いで彼の足の間からもそもそと移動し、向き直るようにして座る。彼を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
「それじゃ、目を瞑ってるから着けて」
どうぞと促すも、次の瞬間にはばさりと上から何かを被せられた。
柔らかなタオル地、触り心地と大きさでバスローブと推測する。脱いで雛子に被せたということか。きっと薄眼を開けたり覗き見ないようにと防止策だろう。
「これは信用無さすぎじゃない?」と文句を言いつつ、それでもバスローブを頭から被ったまま大人しく待つ。傍目には変な光景に写るだろうが、どうせ部屋には自分達しか居ないのだから気にするまい。
そうして待つこと一分程度だろうか、颯斗から「見ていいぞ」と許可が下りた。
颯斗の体勢は先程と殆ど変わっていない。だがバスローブを脱いで上半身は裸になっており、そして下半身は下着をずらして己の熱を手にしている。
既にコンドームを装着しており、怪訝な表情で自分の下腹部を見下ろしていた。
「なんだかこの光景に見覚えが……、あ、光るゴムの時だわ。体勢も表情も同じ」
「やめろやめろ、思い出させるな。でもまぁ、甘ったるい匂いはしたけど蛍光グリーンよりは着けるのに抵抗はなかったな」
「それはぜひお客様アンケートに書いておいて」
「……気が向いたら。というか、お前の貢献度次第だな」
にやと颯斗が笑みを浮かべ、更にはおいでおいでと手招きをしてくる。
それを見て、雛子は一瞬恥ずかしさで躊躇いを抱いたものの、意を決してもぞもぞと身を屈めた。
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