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第23話
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「ぜー…ぜー…」
人間の呼吸音?と疑問に思うくらいに呼吸が荒いアーノルドを前にミリアは不安になる。
一方、同じく10周をやり遂げたルッツは額から一筋の汗が煌めき、言い知れぬ男の色気を放っている。
(…やだ、ちょっとときめいちゃったじゃない)
内心の動揺を抑えようにも、侍女はばっちり見ている。
「お嬢様、涎が垂れてます」
「えっ、嘘!?」
「嘘です」
「……ルーミアぁ~……」
ほんとこの侍女どうしてくれよう…と思いつつ、目を二人に戻す。
「ふぅ…さすがに少し暑いな」
そう言い、ルッツが上着を脱ぎ捨てる。
上着を脱ぎ、より露わになった彼の肉体美に、そのたくましさに改めてミリアは見とれた。
シャツの下に隠れているのにその輪郭が分かる胸筋や腹筋には触れてみたいとすら思ってしまった。
「お嬢様、涎」
「もうそれには騙されないわ」
「………」
無言でルーミアに口元を拭われた。本当に垂れていたらしい。
「次は腕立て伏せだ」
「でき…ぜー……ぜー……な…ぜー……」
未だ息が整わないアーノルドに、ルッツは容赦ない。
「ではカースタ家の跡継ぎは諦めるんですか?」
「……あき…ぜー……ない……」
「嫁も無理ですよ?」
「…い……はぁ……やだ……はぁ…」
「では構えてください」
「…はぁ……はぁ……」
ルッツに促され、ようやく体勢をとったアーノルド。
……その腕は、ミリアのようやく筋肉が付き始めた腕と同じくらいに細い。
「…なんだか折れそうな腕だわ」
「折ってみますか?」
「怖いこと言わないで頂戴」
「折ると強くなると言います」
「それはそうだけど、わざわざ折る必要は無いわ」
***
その後、腹筋、背筋と基本的な筋トレがルッツの指導の下行われたが、どれも3~4回が精々だった。
しかし、その心が折れた様子は微塵も見られない。………ルッツに。
「今日はここまでです。さぁ明日も頑張りましょう!」
「あ、明日もだと!?明日は休息だ!」
「なりません、最初が肝心です。継続する習慣を身に着けねば、これを最低1年は続けていただきますので」
「1年だと!?」
驚愕するアーノルドに、ルッツは当然とばかりに頷く。
「身体を鍛えるのは、1日や2日でできることではありません。1年、2年の継続した努力の下で叶うのです」
「そんなことをしている暇は…」
「あなたに頑張っていただかないとミリアが俺の嫁に来れなくなってしまうのです」
「それは俺には関係な…」
「大いにあります」
ルッツはアーノルドの両肩を掴む。
遠目から見ても力の入ったその腕に、細い肩は今にも潰れそうだ。
「痛い痛い!」
「俺の義兄になるなら、こんな体など許しません」
「誰がお前の義兄に…!」
「ならないと?」
にっこりと笑ってアーノルドに迫るルッツ。
笑顔なのに顔から体からほとばしるプレッシャーは、絶対に拒否を許さない。
「な、る、かも……」
「ええ、ですよね?」
怯えて視線を外しつつ頷くアーノルドにルッツは満足そうにうなずいた。
その様子を見ている主従がぽつり。
「あれってプロポーズですか?」
「私に言ってないからノーカウントよ」
面倒くさい主人……と侍女は無表情で思うのであった。
***
使用人の肩を借りて部屋に帰っていったアーノルドを見送り、ルッツとミリアはお茶会を再開した。
「前途多難…かしら?」
ミリアの目から見ても、アーノルドのひ弱さは異常だ。
兄妹そろって貧弱。
ミリアの場合は病気で寝込んでいたことによるが。アーノルドの場合は元からだろう。
「いや、そうでもない」
しかしルッツの返事は予想外のものだった。
あれのどこを見て、そうでもないと言えるのかとミリアは疑問に思う。
「確かに全くと言っていいほど動けてないし、身体が細すぎる。が、戻り際、『明日も頼む』と蚊の鳴くような声で言っていたからな」
「うそ……」
明日は休息だと言っていたのに、その後でそう言ったのならそれだけ本気ということだ。
兄の本気ぶりに妹は目を見開く。
「彼が清廉潔白、正論で相手を論破するのもおそらく自分に自信が無いからだ。自信が無いから他人の論拠で語るしかない。頭はいいからな。しかし、それだけに本気になればどうなるかが想像もつかない」
「…そこまで言う?」
今のアーノルドを見て、とてもではないがそんな風には思えない。
しかしルッツは大まじめに言った。
「本気で化けるぞ、アーノルド様は。そうなれば、ヴィオーネ様どころではなくなるくらいに求婚されるだろうな」
「そう……」
ルッツの言葉にもやっとしたものを感じる。
兄がモテれば跡継ぎ問題は解決だ。
…なのに、何故かすっきりしない。
どころ…と言われたこともひっかかるくらいだ。
「…ヴィオーネ様ってどうなの?」
「どう…とは?」
ミリアの質問の意図が分からず、ルッツはそのまま問い返した。
「男性から見て魅力的かってこと」
「………」
しばらくルッツが考え込む。
一方ミリアは、自分から聞いたことなのにルッツが他の女性のことを考えていることにさらにモヤモヤを強くした。
「フェリンツ家は伯爵位を持つ家だ。それだけでも求婚する男はいくらでもいるだろう」
「そうじゃないわよ」
そんなことが聞きたいんじゃない。
ルッツの返答にムッとしたミリアに、ルッツは苦笑を返した。
「分かってる。でも、君はそこまでヴィオーネ様を大切に思ってるんだな」
「……友達だもの」
二人目の。と心の中で付け加えておく。
フィーネと違い、ヴィオーネとは友達だと確認したわけではない。
けれど、彼女の物おじしない態度と立ち向かう意思の強さは好感を持った。
「…人によるだろうな。彼女を肯定するもの、否定するものは案外いる。彼女の令嬢ながらに気の強さは、人を選ぶ。それを尊重するもの、受け入れられるものからすればとても魅力的だ。が、一方で夫人として夫を立てることを望むものからすれば彼女の気の強さは下手をすれば自分のメンツをつぶされかねない…とあり得ないというものもいる」
「………」
ルッツの回答は無難なものだった。
好きな人もいれば嫌いな人もいる。
当たり前の回答だ。
けれど、その要因が気の強さなら、彼女にはきっとそれを受け入れてくれる男性が似合うと思う。
「……ルッツは?」
「俺?」
問うてからしまったと思ってしまう。ミリアを好きだと公言するルッツにそれをわざわざ聞くなんて、まさしく自分を好きだと言わせたいと言っているようなものだ。
途端にミリアは気まずそうに視線をルッツから外した。
問われたルッツはきょとんとした表情でミリアを見る。
その表情は何故問われたのか分からない、と言いたげだ。
が、すぐにその表情を柔らかな微笑に変える。
「俺のお姫様はたった一人、ミリアしかいないな」
そう言うと席を立ち、ミリアの席のとなりに跪くとミリアの手を取り、その甲にそっとキスをした。
その一連の流れに、ミリアは頬が熱くなるのを感じる。
キスされた手の甲に至っては火傷したのではないかと勘違いするほどの熱量を感じた。
唇が離れ、見上げたルッツと目が合えばその目に込められた熱量は揺るぎない意志を感じる。
言葉にも、彼の行動にも一切の偽りはない。
「そう。私はヴィオーネ様について聞きたかったんだけど?」
さも、何でも無いようにと言葉を紡いでも、赤い頬では何のごまかしにもならない。
それが分かっているからこそ、ルッツはなかなか素直になってくれない、とても面倒くさい、彼だけの姫に苦笑してしまう。
「ミリアほどではないが魅力的だな。女性として…というよりは同性だったらいい友達になれたと思う」
「あら、今は友達になれないと?」
意地悪にそう問い返す。
我ながら面倒くさい女だと思う。
しかし、ルッツはそれすらもわかりきったかのように返事を返す。
「ああ。君を嫉妬させたくないからな」
「……嫉妬なんてしないわ」
嫉妬と言われ、そうなるわけがないと返しながら、即座にそうならないわけがないと自分に返す。
ヴィオーネはその気の強さも、強さを反映させたかのような見た目も全てが魅力的だ。
そんな女性を、ミリアはとても好ましく思う。だからこそ、誰かにそれを肯定してほしかった。
しかし、それをルッツに肯定されるのは別だ。
ルッツがヴィオーネを肯定すれば、そこに好意があるのではないかと疑ってしまう。
肯定してほしいが肯定してほしくない。
そんな矛盾の思いが、嫉妬だ。
そんなミリアの様子を面白がるように笑みを浮かべたルッツは席に戻り、紅茶を一口飲む。
「ミリアは、アーノルド様にヴィオーネ様と結婚してほしいのか?」
「…そういうことじゃ…」
否定する言葉は弱い。
アーノルドが結婚さえできれば、ミリアは跡継ぎ候補から外れる。
心置きなくルッツのもとへと行ける。
だが、その相手がヴィオーネであってほしいのは友達としてのひいき目か、最初に紹介したからか。
自分でも分からない。ミリアは混乱していた。
***
あれから一週間。
アーノルドは毎日の訓練を続けていた。
そのことにミリアも、本気で化けると言ったルッツも改めて驚いていた。
最初の数日こそひどい筋肉痛だったらしく、まともに動けない状態だったがそれが解消されると一気に動きが変わる。
10周にも慣れ、明日からは少しずつ増やしていこうかとルッツは言っていた。
一方のミリアも基礎のステップだけの状態から、少しずつ前進している。
「よろしい、ではここまで」
「――っ、はい」
今日の屋敷でのダンスのレッスンが終わる。
ダンスと、そして基礎体力のトレーニングを兼ねたものだが、その努力は着実に成果を出し始めている。
汗をかいてはいるものの、一息で呼吸を落ち着けられる程度には乱れていない。
体力がついている証拠だ。
椅子に座れば、ルーミアが汗を拭ってくれる。
「あのひげ根のように細かったお嬢様が紐のように逞しくなって…」
「…それ、あんまり変わってないわよね?」
相変わらず献身的な侍女の言葉は意味不明だ。
が、いつものことなので軽く流しておく。
「いや、すごく変わっているぞ。とても成長している」
当然のようにいるルッツ。彼は毎日アーノルドをしごき上げるために、放課後カースタ家の屋敷に来ている。
今はアーノルドをしごき終え、その後でミリアの様子を見に来ていた。
「そうかしら?」
「ああ。……でもそうなると残念なことにもなる」
「…なによ、残念なことって」
残念などと言われ、少しむくれてしまう。
が、そんなミリアの様子にルッツは少し面白がりながら微笑む。
「今までは体力が無いからと誘いを断れていただろう。それが、断れなくなってしまう」
ルッツの言葉に、あ、とミリアは気づいた。
そう、今まではルッツ…まれにデウスと踊ることはあってもそれ以外とは体力が無いことを理由に断っていた。
ミリアとしても、気心の知れた相手以外と踊りたいという気持ちもなかった。
断る理由が無い。
無いが…踊る理由も無い。というのがミリアである。
「でも、踊りたい理由も無いからこれからも断り続けさせてもらうわ」
ミリアの言葉に相変わらずだとルッツは苦笑した。
ダンスに誘われるのは何もダンスを踊りたいからだけではない。家々のつながりのため、情報収集あるいは情報交換といった面もある。
もちろんミリアはそのことを承知している。
だが、まだ学生の身分であるミリアにその必要性は低く、むしろその立場だけにダンス後に連れ込まれてしまうリスクの方が高い。体力を消耗した後ではなおさら難しい。
そして、それを理解しているルッツも、ミリア以外にダンスを申し込むことはしていない。
「しかし、汗を流す君の姿もとても魅力的だな。改めて惚れ直してしまう」
隙あらば好意をぶつけるルッツに、ミリアも苦笑し、けれどそう簡単にのせられてなどやらない。
「何をしてもそんなこと言われてしまうなら、今度は土まみれにでもなろうかしら」
令嬢が土に汚れるなど本来はあってはならないし、はしたないとさえ思われる。
もちろん、ルッツがその程度で怯むことも無い。
「その時は俺も土まみれになろう。花弄りか?畑仕事か?今度種を用意しておくよ」
さらりと自分もなると言い放つどころか、本当に実行させようとする始末。
このままだと本当に土まみれにされそうというところでルーミアが口をはさむ。
「やめてください、洗濯が大変です」
「…だ、そうよ」
「それは残念だな」
土まみれなるという話は消えそうだが、内心たまには本当に土まみれにでもなろうかと思ってしまった。それはそれで楽しそうである。
「お嬢様」
「分かってるわよ」
そんなミリアの内心を読んだルーミアが、じとりと目を向ける。
「どうだミリア?俺と一曲くらい踊らないか?」
そうルッツは言うと、立ち上がりミリアの前にひざまずく。
エスコートのための手が差し出されると、ミリアは考えるより前にその手に自分の手を載せていた。
体力は問題ない。踊ってもいい。けれど、そんな理屈を考えるより前に、無意識にその手は動いていた。
間髪入れずに乗せられたミリアの手に、ルッツは喜びを抑えきれない表情になる。
「ではどうぞ、俺のお姫様」
「ええ、よろしく。誰かの王子様」
ルッツに手を引かれ、ミリアはホールの中央へと進んでいく。
そして、一曲が奏でられ始めた――
人間の呼吸音?と疑問に思うくらいに呼吸が荒いアーノルドを前にミリアは不安になる。
一方、同じく10周をやり遂げたルッツは額から一筋の汗が煌めき、言い知れぬ男の色気を放っている。
(…やだ、ちょっとときめいちゃったじゃない)
内心の動揺を抑えようにも、侍女はばっちり見ている。
「お嬢様、涎が垂れてます」
「えっ、嘘!?」
「嘘です」
「……ルーミアぁ~……」
ほんとこの侍女どうしてくれよう…と思いつつ、目を二人に戻す。
「ふぅ…さすがに少し暑いな」
そう言い、ルッツが上着を脱ぎ捨てる。
上着を脱ぎ、より露わになった彼の肉体美に、そのたくましさに改めてミリアは見とれた。
シャツの下に隠れているのにその輪郭が分かる胸筋や腹筋には触れてみたいとすら思ってしまった。
「お嬢様、涎」
「もうそれには騙されないわ」
「………」
無言でルーミアに口元を拭われた。本当に垂れていたらしい。
「次は腕立て伏せだ」
「でき…ぜー……ぜー……な…ぜー……」
未だ息が整わないアーノルドに、ルッツは容赦ない。
「ではカースタ家の跡継ぎは諦めるんですか?」
「……あき…ぜー……ない……」
「嫁も無理ですよ?」
「…い……はぁ……やだ……はぁ…」
「では構えてください」
「…はぁ……はぁ……」
ルッツに促され、ようやく体勢をとったアーノルド。
……その腕は、ミリアのようやく筋肉が付き始めた腕と同じくらいに細い。
「…なんだか折れそうな腕だわ」
「折ってみますか?」
「怖いこと言わないで頂戴」
「折ると強くなると言います」
「それはそうだけど、わざわざ折る必要は無いわ」
***
その後、腹筋、背筋と基本的な筋トレがルッツの指導の下行われたが、どれも3~4回が精々だった。
しかし、その心が折れた様子は微塵も見られない。………ルッツに。
「今日はここまでです。さぁ明日も頑張りましょう!」
「あ、明日もだと!?明日は休息だ!」
「なりません、最初が肝心です。継続する習慣を身に着けねば、これを最低1年は続けていただきますので」
「1年だと!?」
驚愕するアーノルドに、ルッツは当然とばかりに頷く。
「身体を鍛えるのは、1日や2日でできることではありません。1年、2年の継続した努力の下で叶うのです」
「そんなことをしている暇は…」
「あなたに頑張っていただかないとミリアが俺の嫁に来れなくなってしまうのです」
「それは俺には関係な…」
「大いにあります」
ルッツはアーノルドの両肩を掴む。
遠目から見ても力の入ったその腕に、細い肩は今にも潰れそうだ。
「痛い痛い!」
「俺の義兄になるなら、こんな体など許しません」
「誰がお前の義兄に…!」
「ならないと?」
にっこりと笑ってアーノルドに迫るルッツ。
笑顔なのに顔から体からほとばしるプレッシャーは、絶対に拒否を許さない。
「な、る、かも……」
「ええ、ですよね?」
怯えて視線を外しつつ頷くアーノルドにルッツは満足そうにうなずいた。
その様子を見ている主従がぽつり。
「あれってプロポーズですか?」
「私に言ってないからノーカウントよ」
面倒くさい主人……と侍女は無表情で思うのであった。
***
使用人の肩を借りて部屋に帰っていったアーノルドを見送り、ルッツとミリアはお茶会を再開した。
「前途多難…かしら?」
ミリアの目から見ても、アーノルドのひ弱さは異常だ。
兄妹そろって貧弱。
ミリアの場合は病気で寝込んでいたことによるが。アーノルドの場合は元からだろう。
「いや、そうでもない」
しかしルッツの返事は予想外のものだった。
あれのどこを見て、そうでもないと言えるのかとミリアは疑問に思う。
「確かに全くと言っていいほど動けてないし、身体が細すぎる。が、戻り際、『明日も頼む』と蚊の鳴くような声で言っていたからな」
「うそ……」
明日は休息だと言っていたのに、その後でそう言ったのならそれだけ本気ということだ。
兄の本気ぶりに妹は目を見開く。
「彼が清廉潔白、正論で相手を論破するのもおそらく自分に自信が無いからだ。自信が無いから他人の論拠で語るしかない。頭はいいからな。しかし、それだけに本気になればどうなるかが想像もつかない」
「…そこまで言う?」
今のアーノルドを見て、とてもではないがそんな風には思えない。
しかしルッツは大まじめに言った。
「本気で化けるぞ、アーノルド様は。そうなれば、ヴィオーネ様どころではなくなるくらいに求婚されるだろうな」
「そう……」
ルッツの言葉にもやっとしたものを感じる。
兄がモテれば跡継ぎ問題は解決だ。
…なのに、何故かすっきりしない。
どころ…と言われたこともひっかかるくらいだ。
「…ヴィオーネ様ってどうなの?」
「どう…とは?」
ミリアの質問の意図が分からず、ルッツはそのまま問い返した。
「男性から見て魅力的かってこと」
「………」
しばらくルッツが考え込む。
一方ミリアは、自分から聞いたことなのにルッツが他の女性のことを考えていることにさらにモヤモヤを強くした。
「フェリンツ家は伯爵位を持つ家だ。それだけでも求婚する男はいくらでもいるだろう」
「そうじゃないわよ」
そんなことが聞きたいんじゃない。
ルッツの返答にムッとしたミリアに、ルッツは苦笑を返した。
「分かってる。でも、君はそこまでヴィオーネ様を大切に思ってるんだな」
「……友達だもの」
二人目の。と心の中で付け加えておく。
フィーネと違い、ヴィオーネとは友達だと確認したわけではない。
けれど、彼女の物おじしない態度と立ち向かう意思の強さは好感を持った。
「…人によるだろうな。彼女を肯定するもの、否定するものは案外いる。彼女の令嬢ながらに気の強さは、人を選ぶ。それを尊重するもの、受け入れられるものからすればとても魅力的だ。が、一方で夫人として夫を立てることを望むものからすれば彼女の気の強さは下手をすれば自分のメンツをつぶされかねない…とあり得ないというものもいる」
「………」
ルッツの回答は無難なものだった。
好きな人もいれば嫌いな人もいる。
当たり前の回答だ。
けれど、その要因が気の強さなら、彼女にはきっとそれを受け入れてくれる男性が似合うと思う。
「……ルッツは?」
「俺?」
問うてからしまったと思ってしまう。ミリアを好きだと公言するルッツにそれをわざわざ聞くなんて、まさしく自分を好きだと言わせたいと言っているようなものだ。
途端にミリアは気まずそうに視線をルッツから外した。
問われたルッツはきょとんとした表情でミリアを見る。
その表情は何故問われたのか分からない、と言いたげだ。
が、すぐにその表情を柔らかな微笑に変える。
「俺のお姫様はたった一人、ミリアしかいないな」
そう言うと席を立ち、ミリアの席のとなりに跪くとミリアの手を取り、その甲にそっとキスをした。
その一連の流れに、ミリアは頬が熱くなるのを感じる。
キスされた手の甲に至っては火傷したのではないかと勘違いするほどの熱量を感じた。
唇が離れ、見上げたルッツと目が合えばその目に込められた熱量は揺るぎない意志を感じる。
言葉にも、彼の行動にも一切の偽りはない。
「そう。私はヴィオーネ様について聞きたかったんだけど?」
さも、何でも無いようにと言葉を紡いでも、赤い頬では何のごまかしにもならない。
それが分かっているからこそ、ルッツはなかなか素直になってくれない、とても面倒くさい、彼だけの姫に苦笑してしまう。
「ミリアほどではないが魅力的だな。女性として…というよりは同性だったらいい友達になれたと思う」
「あら、今は友達になれないと?」
意地悪にそう問い返す。
我ながら面倒くさい女だと思う。
しかし、ルッツはそれすらもわかりきったかのように返事を返す。
「ああ。君を嫉妬させたくないからな」
「……嫉妬なんてしないわ」
嫉妬と言われ、そうなるわけがないと返しながら、即座にそうならないわけがないと自分に返す。
ヴィオーネはその気の強さも、強さを反映させたかのような見た目も全てが魅力的だ。
そんな女性を、ミリアはとても好ましく思う。だからこそ、誰かにそれを肯定してほしかった。
しかし、それをルッツに肯定されるのは別だ。
ルッツがヴィオーネを肯定すれば、そこに好意があるのではないかと疑ってしまう。
肯定してほしいが肯定してほしくない。
そんな矛盾の思いが、嫉妬だ。
そんなミリアの様子を面白がるように笑みを浮かべたルッツは席に戻り、紅茶を一口飲む。
「ミリアは、アーノルド様にヴィオーネ様と結婚してほしいのか?」
「…そういうことじゃ…」
否定する言葉は弱い。
アーノルドが結婚さえできれば、ミリアは跡継ぎ候補から外れる。
心置きなくルッツのもとへと行ける。
だが、その相手がヴィオーネであってほしいのは友達としてのひいき目か、最初に紹介したからか。
自分でも分からない。ミリアは混乱していた。
***
あれから一週間。
アーノルドは毎日の訓練を続けていた。
そのことにミリアも、本気で化けると言ったルッツも改めて驚いていた。
最初の数日こそひどい筋肉痛だったらしく、まともに動けない状態だったがそれが解消されると一気に動きが変わる。
10周にも慣れ、明日からは少しずつ増やしていこうかとルッツは言っていた。
一方のミリアも基礎のステップだけの状態から、少しずつ前進している。
「よろしい、ではここまで」
「――っ、はい」
今日の屋敷でのダンスのレッスンが終わる。
ダンスと、そして基礎体力のトレーニングを兼ねたものだが、その努力は着実に成果を出し始めている。
汗をかいてはいるものの、一息で呼吸を落ち着けられる程度には乱れていない。
体力がついている証拠だ。
椅子に座れば、ルーミアが汗を拭ってくれる。
「あのひげ根のように細かったお嬢様が紐のように逞しくなって…」
「…それ、あんまり変わってないわよね?」
相変わらず献身的な侍女の言葉は意味不明だ。
が、いつものことなので軽く流しておく。
「いや、すごく変わっているぞ。とても成長している」
当然のようにいるルッツ。彼は毎日アーノルドをしごき上げるために、放課後カースタ家の屋敷に来ている。
今はアーノルドをしごき終え、その後でミリアの様子を見に来ていた。
「そうかしら?」
「ああ。……でもそうなると残念なことにもなる」
「…なによ、残念なことって」
残念などと言われ、少しむくれてしまう。
が、そんなミリアの様子にルッツは少し面白がりながら微笑む。
「今までは体力が無いからと誘いを断れていただろう。それが、断れなくなってしまう」
ルッツの言葉に、あ、とミリアは気づいた。
そう、今まではルッツ…まれにデウスと踊ることはあってもそれ以外とは体力が無いことを理由に断っていた。
ミリアとしても、気心の知れた相手以外と踊りたいという気持ちもなかった。
断る理由が無い。
無いが…踊る理由も無い。というのがミリアである。
「でも、踊りたい理由も無いからこれからも断り続けさせてもらうわ」
ミリアの言葉に相変わらずだとルッツは苦笑した。
ダンスに誘われるのは何もダンスを踊りたいからだけではない。家々のつながりのため、情報収集あるいは情報交換といった面もある。
もちろんミリアはそのことを承知している。
だが、まだ学生の身分であるミリアにその必要性は低く、むしろその立場だけにダンス後に連れ込まれてしまうリスクの方が高い。体力を消耗した後ではなおさら難しい。
そして、それを理解しているルッツも、ミリア以外にダンスを申し込むことはしていない。
「しかし、汗を流す君の姿もとても魅力的だな。改めて惚れ直してしまう」
隙あらば好意をぶつけるルッツに、ミリアも苦笑し、けれどそう簡単にのせられてなどやらない。
「何をしてもそんなこと言われてしまうなら、今度は土まみれにでもなろうかしら」
令嬢が土に汚れるなど本来はあってはならないし、はしたないとさえ思われる。
もちろん、ルッツがその程度で怯むことも無い。
「その時は俺も土まみれになろう。花弄りか?畑仕事か?今度種を用意しておくよ」
さらりと自分もなると言い放つどころか、本当に実行させようとする始末。
このままだと本当に土まみれにされそうというところでルーミアが口をはさむ。
「やめてください、洗濯が大変です」
「…だ、そうよ」
「それは残念だな」
土まみれなるという話は消えそうだが、内心たまには本当に土まみれにでもなろうかと思ってしまった。それはそれで楽しそうである。
「お嬢様」
「分かってるわよ」
そんなミリアの内心を読んだルーミアが、じとりと目を向ける。
「どうだミリア?俺と一曲くらい踊らないか?」
そうルッツは言うと、立ち上がりミリアの前にひざまずく。
エスコートのための手が差し出されると、ミリアは考えるより前にその手に自分の手を載せていた。
体力は問題ない。踊ってもいい。けれど、そんな理屈を考えるより前に、無意識にその手は動いていた。
間髪入れずに乗せられたミリアの手に、ルッツは喜びを抑えきれない表情になる。
「ではどうぞ、俺のお姫様」
「ええ、よろしく。誰かの王子様」
ルッツに手を引かれ、ミリアはホールの中央へと進んでいく。
そして、一曲が奏でられ始めた――
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