君がいるから呼吸ができる

尾岡れき

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2 君はコゲコゲでもオムライスが好き

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「えっと、何か食べたいものある? あ、いや、なければあれだし。これ単なるお節介だし。本当にドン引きなら帰るから、帰るから!」

 考えてみれば、と後で冷静になって思うのだが。パジャマ姿の女の子の家に入ろうとする男子高校生、この案件変質者で通報されてもおかしくない。
 お互いにこの時は思考が冷静じゃなかったんだと思う。
 下河が絞り出すような声で

「あの、オムライス、お願いしても良いですか?」
 と言ってくれて。

 俺は喉もカラカラになって、上手く言葉がでなくて。
 小さく頷くことしかできなかった。




■■■




 俺、上川冬希かみかわふゆきは北国、A県出身だ。一年住んで、雪の降らないこの地方に違和感を拭えないでいる。

 事情があって、こっちに進学することになったのだが、すでにできあがったコミュニティーに割り込んでいくには、自分のコミュニケーション能力があまりにも低かった。

 結果、クラスメートとは挨拶程度。学校で一番しゃべるのは弥生先生。バイト先は店長と奥さん。その他常連さんと言葉を交わす程度でコミュニケーション量は少ない。

 寮があることを期待してこの学校に進学することを決めたのだが、昨年閉鎖。まったく当てが外れて、今一人暮らしを余儀なくされていた。

 だからオムライス作るくらいのお料理スキルは勿論あるのだが、一人暮らしの男子高校生の力量など推測するまでも無い。面識もない女の子の家で、その女の子に対してオムライスを作る。弥生先生、コレなんの罰ゲームなんだろう?
 結果は、キッチンをお借りしたのに、散々なモノだ。
 チキンライスは所々焦げているし、卵はぐじゃぐじゃ。千切れて包むことすらできていない。

「あ、あのさ。やっぱり何かコンビニで買ってくるから――」

 きょとんとした顔で、下河は首をひねった。

「どうして、美味しそうだよ? 私の分だけじゃなくて、あなたの分も作ってくれませんか?」
「へ? 俺の?」

 コクリコクリと下河は頷く。

「できたら、一緒に食べたいなぁ、って。あ、迷惑なら良いんですけど」

 と俯く。
 これは名誉挽回のチャンスだ。綺麗に作って、それを下河に食べてもらおう。
 本来の自分の目的を忘れて、俺はフライパンを手にとった。




■■■




 どうして、こうなった。
 俺はガックリ項垂れる。

 さっきよりも焦げが酷く、そして卵は千切れ放題で。
 なんで、リベンジをしようとしたし、俺。

 オムライスそのもの、初めて挑戦する料理じゃないのに。自宅ではもっと上手くできていたんだぞ、と下河に言い訳したくなる。みっとも無いから、発言することそのものが憚られるが。
 だいたい、面識が無い子の家でオムライスを作るとか。ドコのラノベだよ。それを平凡な俺ができるわけないじゃん。

「ちょっと火が強すぎたんですね。でも、美味しそうですよ?」

 相変わらず、フラフラしながら下河はケチャップで【yuki❤】と描く。器用だな、と思いながら。今度は、俺分の皿にケチャップを出そうとして、その手を止める。下河が、じっと俺の顔を見ていた。

「え?」
「すいません。クラスメートなのに、私まだしっかりと憶えていなくて……」

 と俯く。

「いやいや、俺コッチ出身じゃないし。知らなくて当然だって」
「そうなんです?」

 少し驚いたような、ほっとしたような顔が可愛いなって思ってしまう。

「可愛いくないです、私」

 言葉に出ていたらしい。初対面の子に何言ってるんだ、俺。話題をかえるように、俺は自分の名前を告げる。

「上川。俺、上川冬希です」
「ふゆき君……」

 下河は器用に、千切れた卵に【fuyu❤】と描いた。女の子にこうやって書かれると、妙に気恥ずかしい。疲れたのか、書ききった後、椅子に座り込んで浅く息をする。

「おい、大丈夫か?」
「えへへ、ちょっと無理しすぎたかな?」

 照れ笑いを見せる。

「たいしたこと無いならいいんだけどさ」

 少し俺は安堵して。

「一緒に食べてくれる人がいるってだけで、何だか嬉しくて。それが誰かに作ってもらったものなら、なおさらね」
「ごめん、偉そうに言っておいて、こんなものしか作れなくて」
「食べてみないとわかんないよ?」
「食べなくても分かるだろ、この見た目で」
「じゃ、食べて感想言うね」

 と下河はスプーンを手に取る。
 ――いただきます。下河の声を追いかけるように、俺の声が重なって。
 俺もスプーンで掬う。うん、食べられない味じゃない。しかし、焦げがひどい。

「うん、美味しい」

 下河がにっこり微笑んだ。

「腹壊すなよ」
「火、しっかり通ってるよ」
「これだけ焦げてりゃな」

 俺の言葉がおかしかったのか、下河はクスクス笑みを零した。つられて俺も笑って――今更だが弥生先生の声が脳内に再生された。




■■■




「下河さん、人と関わる時ストレスで過呼吸になったことあったの。そこだけ気をつけてあげてね」
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