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序章 とある下働きの少女
10.昨日の約束を①_2
しおりを挟む「……そういえば、今朝の男ってどうなったんですか?」
少し気になっていた事を聞くと、珍しく彼女は吃った。
「ん? ああ、あの男か……あー、その、な」
「……ビアンカさん?」
「いや、あの男が豹変した原因が皆目見当もつかなくてな……何度問いかけてみても同じことしか言わない。それで、一応拘束してから王宮騎士団に報告したんだが……」
ここで一旦ため息をつく。
「害はないだろうとの判断ですぐに解放されたんだ」
「そうなんですか……」
「私としては、 拘束しておいた方が安全だと思ったんだが、実害なしに拘束できる権限はこちらにはない。一晩寝たら戻るだろうと、男は自分の家に帰されたよ」
ただ天使に会わせてくれと連呼する男だ、とビアンカは言う。
私は実際にその豹変した男を見たわけじゃない。危険かはわからないが、確かにそれだけならば害はないだろう。……でも少し、嫌な予感がする。
「……ビアンカさん、天使族とはどういった種族なんですか?」
私の問いかけにビアンカは、少し考える素振りをしてから答えた。
「そうだな……。はるか昔には姿が確認されていたが、今は姿を隠し何処にいるのかもわからなくなった存在……詳しい生態や種族特有の能力については殆どわかっていないらしい」
「ビアンカさんも見た事がないんですか?」
「……残念なことにな。死ぬ前に1度は見てみたいと思ってはいるが」
記録によると相当な美しさらしいぞ、と客に麦酒を出しながらビアンカはニヤリと笑う。棚から焼き菓子の入った包みを取り出すと、私たち2人にそれぞれ分ける。
「何もしないで見るのも退屈だろう? 食べて良いぞ」
「わあ、ありがとうございます……!!」
メシアも嬉しかったようで、パァァと口元を緩ませている。ここまでわかりやすい反応は本当に珍しい。ビアンカも、黙々と菓子を頬張るメシアを見て目を丸くしていた。
「……メシア。そんなに慌てて食べると喉に詰まらせちゃうよ? ゆっくり食べよ、ね?」
優しく声をかけると、彼は素直に頷く。私もふかふかの生地を口に運びながら、初めて見る夜の酒場を眺めた。
昼よりも男性客の割合が多い。麦酒片手に頬を上気させ、仲間同士での会話を楽しんでいる。
頬杖をつきつつその景色を見ていると、1人の男性客が話しかけてきた。それを皮切りにどんどん私たちの周りに人が集まってくる。
「へえ、看板娘ちゃんが夜にいるなんて珍しいね。お仕事かい?」
「お仕事じゃないよ。ただ見てるだけ」
こうして好意的な態度をとるのは、全て馴染みの客だけだ。私を知らない客は、場違いな存在に若干の嫌悪感を顔に滲ませている。
そしてどうやら、住み込みで働くうちに酒場の看板娘となっていたらしく、看板娘ちゃんと呼ぶ客も多い。
……何となく嬉しかったので、その呼び名は直してはいない。
わらわらと集まってきた客の1人が、私の横を指さして聞いた。
「──そっちの子は? 普段見かけないけど……随分と綺麗な子だね。男の子かな?」
「この子はメシア、おにーさんの言う通り男の子だよ」
相変わらずメシアはもぐもぐと口を動かしている。こちらの事は微塵も気にしていない様子だ。時折、チラと私を見ては再び菓子を頬張っている。
「へー、メシアくんね。あ、もしかしてメシアくんもここで働いて……」
「それよりもおにーさん、その剣かっこいいねっ! 特別に作って貰ったの?」
突然遮られたことで、一瞬「え?」と戸惑った男性だったが、自身が背負っている剣に話題が移ると途端にだらしのないニヤケ顔となる。
「あーこれ? ……へへっ、やっぱ分かっちゃう~?」
「うんうん! おにーさんの凄くかっこいいよ?」
あくまでも褒めているのは剣の方なのだが、酒の入った男性は自分が褒められていると勘違いをする。
上手く話の誘導ができた私は、客の自慢話を適当に頷いて聞き流す。
……危なかった。あまりメシアの事は聞いてきて欲しくない。
咄嗟に出てきた話題が剣だが……それは正解だったようだ。自慢げに語る男性を横目に、焼き菓子を咀嚼する。周りの客も当たり障りのない反応をしていた。
見るからに無駄な装飾が付いた鞘、持ち手にも立派な彫刻が施されている事から、恐らく金は持ってる。装備品の質も悪くない。
(……多分、金で何とかしてきたタイプなんだろうなぁ。剣士の割にはそこまで鍛えてないっぽいし……)
防具の上からでも、チラリと覗く腕などを見るとわかる。
それに、この男はよく酒場に入り浸っている客の1人だった。ちゃんと依頼を受けているのかも怪しい。
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