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最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった
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最近、夫の寛志の様子がおかしい。なにを聞いても上の空だし、私が作ったご飯を食べてくれない。よそで食べてきているのかも。
スマホも放さないし、やたら気にしている。
そろそろ子どもをと思った矢先、仕事が忙しいと別室に篭ってしまった。コミュニケーションを断たれた形だ。
ネットで見るところの浮気の徴候のように感じた。
私は陽香。夫の寛志とは友人の紹介で大学からの付き合い。
卒業してから二年目にプロポーズを受けて一年後に結婚。それから二年間。子どもはいないが幸せな生活を送ってきたと思う。
それが突然一変したのは気がかりだ。
ネットを見ると、探偵を使って調べたほうがいいらしいが、正直そんな余裕はない。
そんな時、寛志のほうから声をかけてきた。
「陽香。今度の日曜日、朝から出掛けるけどいいかな?」
日曜日は買い物に付き合って貰おうと思ってた。しかしこれは尾行のチャンスかも知れないとハッとした。
二人の少ない時間である日曜日を理由も言わずに出掛けるなんて裏切りだわ。きっと浮気に違いないと思ったのだ。
当日、私は寛志より先に部屋を出てアパートの前にあるコンビニから彼が出てくるのを待っていた。
数十分経つと、おしゃれをした寛志が出てきて、駅に向かうようだ。
私は帽子をかぶり、伊達メガネをかけ、念のために大きめのマスクをして彼の後をつけた。
寛志は電車に乗って近くの都市部へと。大きな駅の構内を歩き、待ち合わせスポットで腕時計を見た。私は気付かれないようにと離れたところで寛志を観察する。
やがて、寛志の前には可愛らしい女性。二人は二、三、話をすると寄り添いながら駅を出ていく。私はそれをそっとつけると、やがて近くのカフェに入った。
外からどこに座ったかを確認し、中に入って気付かれないよう観葉植物を盾にした近くの席に座った。
二人は早速飲み物を注文したようで、私もコーヒーを頼んだ。それが待ち遠しいなど感じず、二人の会話に聞き耳を立てようとしたが、観葉植物の葉の隙間から顔を近付けてヒソヒソと睦言のよう話す二人の様子が見えた。一気に沸点だ。我慢など出来なかった。
私はカッとなって立ち上がり、その席まで行ってテーブルを叩く。
「寛志! これはどういうことなのよ!」
真っ赤な顔をして帽子とメガネ、マスクをはずして涙を流しながら二人に詰め寄ると、二人の目はまさに点。
私はさらに女のほうを睨み付けてやった。しかし女は悪びれもなく微笑を浮かべたのだ。
寛志は立ち上がって私をなだめようとしたが手を振りほどいた。そんな寛志が言う。
「まあまあ。他のお客さんの迷惑になるからここを出よう」
と言ったが、私はここで話すように言った。寛志も女も了承し、私に自席から飲み物を取ってくるように言うので、一度席に戻って荷物を持ってくると、二人は並んで座っており私に対面に座るように言うので、頭の中が真っ白になった。
激しい混乱。なぜ妻の私が夫と女の並んでいる対面なのか?
腹の奥底から怒りが込み上げる中、私は彼らの対面に座る。
すると寛志は毅然とした態度で言い放って来た。
「順番が狂ったが陽香、離婚して欲しい」
やはり。悔しくもあり、怒りもあって真っ赤になりながら泣いてしまった。なぜ私がこんな目に合わなくてはならないのか?
さらに寛志は女を紹介した。
「このかたは鈴木さん」
「あ、どうも鈴木です」
そんなことどうでもいい。私の頭の中は裏切られた思いと離婚という言葉が回転していた。鈴木という女は続ける。
「鈴木──由芽美です。初めましてじゃないですよね。覚えてます?」
そう聞いてきた。この期に及んでクイズ形式なのが非常に腹が立った。
「知らないわよ! アンタなんて!」
「それじゃあ、三郷。三郷由芽美と言えば分かります?」
私の動きは止まった。
三 郷 由 芽 美 ──。
寛志はコホンと空咳をうって鈴木由芽美へと注意した。
「鈴木さん。あまり挑発はよくないです。弁護士の先生に怒られますよ」
「ああそうですよね。いきなりだったからつい……」
そして寛志は話し出したが、私は完全に脱力して椅子に体を沈めてしまった。
「俺の大学の友人だった、鈴木……三喜雄は知っているよな」
私はその言葉にただ頷く。
「そう彼女は三喜雄の奥さんだ。三喜雄は俺と陽香を引き合わせてくれた張本人だよ。俺の友人代表で結婚式で挨拶もしてくれたよな~」
ただ頷く──。
「知らなかったよ。その頃から三喜雄と君が関係があっただなんて。俺と付き合い、結婚したのは三喜雄とこれからも上手くやっていくつもりなだけのカモフラージュだったんだな」
私はもう首を縦に振ることは出来なかった。
そこに由芽美も入ってきた。
「私と三喜雄は高校時代からの付き合いだったの。でも今になって思えば三喜雄は私が社長の娘だから結婚したのかもね。あなたと大学で知り合って付き合い出した。私にバレるのが嫌で、彼氏持ちにさせ、裏では通じていたものね。一度注意したわよね? 私たちは婚約してると。あの時は三喜雄も悪いと特に制裁はしなかったけど。寛志さんに悪いと思わなかったの?」
その通りだった。私は三喜雄と上手くやるために、寛志と形ばかりの付き合いをし、騙した寛志のプロポーズを受け入れるままに結婚した。
全然、寛志になんて興味はなかった。裏では三喜雄と二人で寛志と由芽美のことをマヌケだとバカにしていた。
結婚当初から寛志が子供が欲しいと言う誘いを断って来た。寛志の子供なんて産めるかと思ってたんだ。
だけど一緒に生活するうちに──、寛志の優しさ、将来の設計、仕事への打ち込み、私を愛している姿に心打たれ初め、ここ一年は三喜雄との逢瀬も楽しくなくなり、罪悪感が勝ってきた。
だから三ヶ月前に別れを告げ、寛志だけを愛するようになったのに……。
寛志はテーブルの上に、私と三喜雄の密会の現場、車でのキス、ホテルへの入退の写真を広げた。そして言う。
「申し開きは出来ないだろう?」
私はそれに言葉を返した。
「でも……でも、今はもう別れたの! 愛しているのは寛志だけなのよ!」
「──それを言うのは数年遅かったな……、ちょっと失礼」
寛志はそういうとカフェのトイレに足早に行ってしまった。私はそれを目で追いかける。
私の目の前には、コーヒーを飲む由芽美。彼女は私と目を合わせることなく言った。
「寛志さんが最近様子がおかしいと思わなかった?」
私は言葉に詰まる。彼女は続けた。
「あなたと三喜雄の話になるとあんなふうに吐き気をもよおすようになっちゃったのよ。可哀想。全てあなたのせいよ」
そう言って、またコーヒーを飲む。
「三喜雄は、父の会社の役員から外されるわ。大学もそっちの勉強のために入ったのにね。もう業界にはいられないでしょう。バカな人だわ」
私は絞り出すように彼女に聞いた。
「み、三喜雄とは、結婚は……」
最後まで言わないうちに彼女は答えた。
「もう終わりよ。離婚するわ。原因になった二人から慰謝料を貰ってね!」
と吐き捨てた。そして笑う。
「寛志さんって素敵な人よね。私が彼に、このことを相談したの。突然のことで寛志さんも戸惑ってた。自分だって辛いはずなのに、ずっと精神的にまいってた私を慰め、励ましてくれたわ──」
その言葉に私は顔を上げる。
「あなた! じゃあ寛志と不倫してるのね!?」
しかし彼女は私を睨んだ。
「私は貴女じゃないわよ! 私たちみたいに探偵雇って調べて貰ってもいいわ! なにも出ないでしょうけどね」
そしてさらに続ける。
「寛志さんは今回のことで完全に女性不信の恐怖症よ。だからしっかりとサポートしてあげないと」
そして彼女は、残ったコーヒーを一息に飲み干した。そこに寛志は笑顔で帰ってきた。
「じゃあ話は終わりだな。俺は週末に部屋を出るつもりだったけど、今すぐ出るよ。今月中には部屋を解約するからキミも出ていってくれ。それから話はこの名刺の弁護士さんに」
と言って名刺を渡し、伝票を持って出ていってしまった。
残されたのは私と由芽美。彼女も荷物をまとめ始めながら言う。
「さてと私も行こうっと。弁護士に頼んで内容証明出して貰う連絡しないと」
と私に睨むような視線を向けたまま出口へと行ってしまった。
◇
数日後、消したはずの三喜雄の番号から連絡が来た。自分たちは別れたのに、慰謝料なんておかしいよなという同意を求める内容だ。
ついでに話もしたいから会いたいなどとこの期に及んで誠意がない。なんでこんなのに言われるまま寛志と付き合ったのか、自分の馬鹿さ加減に腹が立った。
さらに弁護士事務所に呼ばれて、弁護士と二人で離婚の話をされた。寛志はその場にいなかった。代理人に一任と言うことで弁護士と覆せない離婚の話をされるだけ。
ごねても、裁判しても負け確定の泥仕合をするだけで、時間とお金を失う。だったら新しい人生を進めたほうがいいという話だった。
もっともだ。誠にもっとも。私にはその選択しかなかった。
◇
三ヶ月後。私は三喜雄と駅前の喫茶店にいた。
別に付き合っているわけではない。離婚されたもの同士の傷の舐め合い。互いに借金抱えた二人。三喜雄なんて由芽美の父親の会社から追い出され無職だ。
正直クソみたいな男。グダグダと愚痴と悪口ばっかり。決まらない就職先、高圧的な面接官、若いのが上司になるなんてあり得ない、高い給料は欲しい、良いとこに住みたい、セックスがしたい。
馬鹿の馬鹿話に頭を抱えた。私はこれとは違う。こんなのと付き合ってたら自分もダメになると思い席を立とうとした。
その時。駅前で待ち合わせしているカップルが見えた。
それは寛志と由芽美だった。楽しそうな二人──。
由芽美は寛志の腕に自分の腕を絡ませる。しかし寛志はその腕を振りほどいた。
由芽美はむくれたが、今度は手を繋いだ。しかしそれも振りほどいた。
そのうちに寛志は垂らした腕の小指を立てる。由芽美は嬉しそうに自分の小指を絡ませ、二人は歩いていった。
おそらくこうだろう。寛志はまだ立ち直ってない。女性への不信感を拭えないのだ。
だから腕を組むのも手を繋ぐのも抵抗がある。
しかし、由芽美のために少しだけの譲歩。
「小指だけなら」
「ほんと?」
「じゃあ行こう?」
「うん!」
二人は中学生のようにひっそりと小指だけ繋いでデートに出掛けた……。
ふと昔読んだ童話を思い出した。眠りこけて亀との勝負に負けたウサギ。欲張り婆さんは化け物の入ったツヅラを掴まされた。手の届かないブドウは酸っぱいと負け惜しみを言ったキツネ。
なぜかそんな話が思い出され、私は苦笑していた。
「どうしたんだ陽香?」
ずいぶん長い間呼ばれていた、コイツからの呼び捨て。どうしてこんなやつと対等の場所なのか?
私は彼の質問に答えずに伝票を取って出口に向かう。
ここに留まっていては幸せなどこない。取り敢えず前を向こう。借金を返そう。そしてまっさらな自分に戻ったとき。
そしたら新しい人生を始めるんだ。
高い勉強代は支払った。これからは、そんな馬鹿にはならないようにしよう。
それが幸せへの道なんだから──。
スマホも放さないし、やたら気にしている。
そろそろ子どもをと思った矢先、仕事が忙しいと別室に篭ってしまった。コミュニケーションを断たれた形だ。
ネットで見るところの浮気の徴候のように感じた。
私は陽香。夫の寛志とは友人の紹介で大学からの付き合い。
卒業してから二年目にプロポーズを受けて一年後に結婚。それから二年間。子どもはいないが幸せな生活を送ってきたと思う。
それが突然一変したのは気がかりだ。
ネットを見ると、探偵を使って調べたほうがいいらしいが、正直そんな余裕はない。
そんな時、寛志のほうから声をかけてきた。
「陽香。今度の日曜日、朝から出掛けるけどいいかな?」
日曜日は買い物に付き合って貰おうと思ってた。しかしこれは尾行のチャンスかも知れないとハッとした。
二人の少ない時間である日曜日を理由も言わずに出掛けるなんて裏切りだわ。きっと浮気に違いないと思ったのだ。
当日、私は寛志より先に部屋を出てアパートの前にあるコンビニから彼が出てくるのを待っていた。
数十分経つと、おしゃれをした寛志が出てきて、駅に向かうようだ。
私は帽子をかぶり、伊達メガネをかけ、念のために大きめのマスクをして彼の後をつけた。
寛志は電車に乗って近くの都市部へと。大きな駅の構内を歩き、待ち合わせスポットで腕時計を見た。私は気付かれないようにと離れたところで寛志を観察する。
やがて、寛志の前には可愛らしい女性。二人は二、三、話をすると寄り添いながら駅を出ていく。私はそれをそっとつけると、やがて近くのカフェに入った。
外からどこに座ったかを確認し、中に入って気付かれないよう観葉植物を盾にした近くの席に座った。
二人は早速飲み物を注文したようで、私もコーヒーを頼んだ。それが待ち遠しいなど感じず、二人の会話に聞き耳を立てようとしたが、観葉植物の葉の隙間から顔を近付けてヒソヒソと睦言のよう話す二人の様子が見えた。一気に沸点だ。我慢など出来なかった。
私はカッとなって立ち上がり、その席まで行ってテーブルを叩く。
「寛志! これはどういうことなのよ!」
真っ赤な顔をして帽子とメガネ、マスクをはずして涙を流しながら二人に詰め寄ると、二人の目はまさに点。
私はさらに女のほうを睨み付けてやった。しかし女は悪びれもなく微笑を浮かべたのだ。
寛志は立ち上がって私をなだめようとしたが手を振りほどいた。そんな寛志が言う。
「まあまあ。他のお客さんの迷惑になるからここを出よう」
と言ったが、私はここで話すように言った。寛志も女も了承し、私に自席から飲み物を取ってくるように言うので、一度席に戻って荷物を持ってくると、二人は並んで座っており私に対面に座るように言うので、頭の中が真っ白になった。
激しい混乱。なぜ妻の私が夫と女の並んでいる対面なのか?
腹の奥底から怒りが込み上げる中、私は彼らの対面に座る。
すると寛志は毅然とした態度で言い放って来た。
「順番が狂ったが陽香、離婚して欲しい」
やはり。悔しくもあり、怒りもあって真っ赤になりながら泣いてしまった。なぜ私がこんな目に合わなくてはならないのか?
さらに寛志は女を紹介した。
「このかたは鈴木さん」
「あ、どうも鈴木です」
そんなことどうでもいい。私の頭の中は裏切られた思いと離婚という言葉が回転していた。鈴木という女は続ける。
「鈴木──由芽美です。初めましてじゃないですよね。覚えてます?」
そう聞いてきた。この期に及んでクイズ形式なのが非常に腹が立った。
「知らないわよ! アンタなんて!」
「それじゃあ、三郷。三郷由芽美と言えば分かります?」
私の動きは止まった。
三 郷 由 芽 美 ──。
寛志はコホンと空咳をうって鈴木由芽美へと注意した。
「鈴木さん。あまり挑発はよくないです。弁護士の先生に怒られますよ」
「ああそうですよね。いきなりだったからつい……」
そして寛志は話し出したが、私は完全に脱力して椅子に体を沈めてしまった。
「俺の大学の友人だった、鈴木……三喜雄は知っているよな」
私はその言葉にただ頷く。
「そう彼女は三喜雄の奥さんだ。三喜雄は俺と陽香を引き合わせてくれた張本人だよ。俺の友人代表で結婚式で挨拶もしてくれたよな~」
ただ頷く──。
「知らなかったよ。その頃から三喜雄と君が関係があっただなんて。俺と付き合い、結婚したのは三喜雄とこれからも上手くやっていくつもりなだけのカモフラージュだったんだな」
私はもう首を縦に振ることは出来なかった。
そこに由芽美も入ってきた。
「私と三喜雄は高校時代からの付き合いだったの。でも今になって思えば三喜雄は私が社長の娘だから結婚したのかもね。あなたと大学で知り合って付き合い出した。私にバレるのが嫌で、彼氏持ちにさせ、裏では通じていたものね。一度注意したわよね? 私たちは婚約してると。あの時は三喜雄も悪いと特に制裁はしなかったけど。寛志さんに悪いと思わなかったの?」
その通りだった。私は三喜雄と上手くやるために、寛志と形ばかりの付き合いをし、騙した寛志のプロポーズを受け入れるままに結婚した。
全然、寛志になんて興味はなかった。裏では三喜雄と二人で寛志と由芽美のことをマヌケだとバカにしていた。
結婚当初から寛志が子供が欲しいと言う誘いを断って来た。寛志の子供なんて産めるかと思ってたんだ。
だけど一緒に生活するうちに──、寛志の優しさ、将来の設計、仕事への打ち込み、私を愛している姿に心打たれ初め、ここ一年は三喜雄との逢瀬も楽しくなくなり、罪悪感が勝ってきた。
だから三ヶ月前に別れを告げ、寛志だけを愛するようになったのに……。
寛志はテーブルの上に、私と三喜雄の密会の現場、車でのキス、ホテルへの入退の写真を広げた。そして言う。
「申し開きは出来ないだろう?」
私はそれに言葉を返した。
「でも……でも、今はもう別れたの! 愛しているのは寛志だけなのよ!」
「──それを言うのは数年遅かったな……、ちょっと失礼」
寛志はそういうとカフェのトイレに足早に行ってしまった。私はそれを目で追いかける。
私の目の前には、コーヒーを飲む由芽美。彼女は私と目を合わせることなく言った。
「寛志さんが最近様子がおかしいと思わなかった?」
私は言葉に詰まる。彼女は続けた。
「あなたと三喜雄の話になるとあんなふうに吐き気をもよおすようになっちゃったのよ。可哀想。全てあなたのせいよ」
そう言って、またコーヒーを飲む。
「三喜雄は、父の会社の役員から外されるわ。大学もそっちの勉強のために入ったのにね。もう業界にはいられないでしょう。バカな人だわ」
私は絞り出すように彼女に聞いた。
「み、三喜雄とは、結婚は……」
最後まで言わないうちに彼女は答えた。
「もう終わりよ。離婚するわ。原因になった二人から慰謝料を貰ってね!」
と吐き捨てた。そして笑う。
「寛志さんって素敵な人よね。私が彼に、このことを相談したの。突然のことで寛志さんも戸惑ってた。自分だって辛いはずなのに、ずっと精神的にまいってた私を慰め、励ましてくれたわ──」
その言葉に私は顔を上げる。
「あなた! じゃあ寛志と不倫してるのね!?」
しかし彼女は私を睨んだ。
「私は貴女じゃないわよ! 私たちみたいに探偵雇って調べて貰ってもいいわ! なにも出ないでしょうけどね」
そしてさらに続ける。
「寛志さんは今回のことで完全に女性不信の恐怖症よ。だからしっかりとサポートしてあげないと」
そして彼女は、残ったコーヒーを一息に飲み干した。そこに寛志は笑顔で帰ってきた。
「じゃあ話は終わりだな。俺は週末に部屋を出るつもりだったけど、今すぐ出るよ。今月中には部屋を解約するからキミも出ていってくれ。それから話はこの名刺の弁護士さんに」
と言って名刺を渡し、伝票を持って出ていってしまった。
残されたのは私と由芽美。彼女も荷物をまとめ始めながら言う。
「さてと私も行こうっと。弁護士に頼んで内容証明出して貰う連絡しないと」
と私に睨むような視線を向けたまま出口へと行ってしまった。
◇
数日後、消したはずの三喜雄の番号から連絡が来た。自分たちは別れたのに、慰謝料なんておかしいよなという同意を求める内容だ。
ついでに話もしたいから会いたいなどとこの期に及んで誠意がない。なんでこんなのに言われるまま寛志と付き合ったのか、自分の馬鹿さ加減に腹が立った。
さらに弁護士事務所に呼ばれて、弁護士と二人で離婚の話をされた。寛志はその場にいなかった。代理人に一任と言うことで弁護士と覆せない離婚の話をされるだけ。
ごねても、裁判しても負け確定の泥仕合をするだけで、時間とお金を失う。だったら新しい人生を進めたほうがいいという話だった。
もっともだ。誠にもっとも。私にはその選択しかなかった。
◇
三ヶ月後。私は三喜雄と駅前の喫茶店にいた。
別に付き合っているわけではない。離婚されたもの同士の傷の舐め合い。互いに借金抱えた二人。三喜雄なんて由芽美の父親の会社から追い出され無職だ。
正直クソみたいな男。グダグダと愚痴と悪口ばっかり。決まらない就職先、高圧的な面接官、若いのが上司になるなんてあり得ない、高い給料は欲しい、良いとこに住みたい、セックスがしたい。
馬鹿の馬鹿話に頭を抱えた。私はこれとは違う。こんなのと付き合ってたら自分もダメになると思い席を立とうとした。
その時。駅前で待ち合わせしているカップルが見えた。
それは寛志と由芽美だった。楽しそうな二人──。
由芽美は寛志の腕に自分の腕を絡ませる。しかし寛志はその腕を振りほどいた。
由芽美はむくれたが、今度は手を繋いだ。しかしそれも振りほどいた。
そのうちに寛志は垂らした腕の小指を立てる。由芽美は嬉しそうに自分の小指を絡ませ、二人は歩いていった。
おそらくこうだろう。寛志はまだ立ち直ってない。女性への不信感を拭えないのだ。
だから腕を組むのも手を繋ぐのも抵抗がある。
しかし、由芽美のために少しだけの譲歩。
「小指だけなら」
「ほんと?」
「じゃあ行こう?」
「うん!」
二人は中学生のようにひっそりと小指だけ繋いでデートに出掛けた……。
ふと昔読んだ童話を思い出した。眠りこけて亀との勝負に負けたウサギ。欲張り婆さんは化け物の入ったツヅラを掴まされた。手の届かないブドウは酸っぱいと負け惜しみを言ったキツネ。
なぜかそんな話が思い出され、私は苦笑していた。
「どうしたんだ陽香?」
ずいぶん長い間呼ばれていた、コイツからの呼び捨て。どうしてこんなやつと対等の場所なのか?
私は彼の質問に答えずに伝票を取って出口に向かう。
ここに留まっていては幸せなどこない。取り敢えず前を向こう。借金を返そう。そしてまっさらな自分に戻ったとき。
そしたら新しい人生を始めるんだ。
高い勉強代は支払った。これからは、そんな馬鹿にはならないようにしよう。
それが幸せへの道なんだから──。
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いやいや、痛快にやられた!と思う様なストーリー展開で面白かったです(*´・д`)-д-)))ウンウンされ妻かと思いきゃ、して捨てられ妻だったのですものね(;´∀`)
夢梨(ゆめり)さん
ありがとうございます!
捻りすぎて、読者の期待に添えられなかったかなぁと反省しております。
主人公に感情移入させといて、自分がシタ側では、はふぅとなりますもんね。
でも楽しんでいただけて良かったです。
( *´艸`)