私は張飛の嫁ですわ!

家紋武範

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出会い編

第三十八回 徐州奪還 三

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 さてとうとう呂布を追い詰めましたよ。曹操さまの軍隊は呂布のいる本拠地である下邳の城をぐるりと囲んでおります。
 先に到着していた曹仁さまと曹洪さまの二将は、互いに自分の戦功を報告しました。

「私は曲陽きょくようの城を攻めて一将を討ち取り、兵糧を奪いました」
「でかした曹仁」

「私は夏丘かきゅうの城を落として参りました」
「曹洪よくやった。我々は小沛を奪還し、彭城を落とした。諸君らの働きにより、呂布は完全に孤立したわけだ」

 と言いますと、そこに曹仁さまが進み出ました。

「閣下。しかし盱台くいに張遼が立て籠りました。あそこには大量の兵糧が貯められております。これでは呂布が孤立したとは言い難いです」
「なるほど、曹仁の申す通りだ。郭嘉はどう思う」

 知恵袋の郭嘉さんは、曹操さまに歩みより、誰にも聞かれないように作戦を伝えました。

「閣下。張遼は名将で一筋縄では行きません」
「その通りだ。下邳を攻めても背後から張遼に攻められては厄介だぞ?」

「そこで劉備どのに出馬して貰うのです。彼のものたちは皆武勇に優れ、張遼に対抗できます」
「なるほどな。その通りだ。早速劉備を向かわせよう」

「それから……」
「どうした?」

「我らの力で下邳を落とした際には劉備どのを城にいれてはなりません。彼は徐州では人気がありますし、劉備自身も呂布の奪った徐州牧の印綬を取り戻したいはずです。ですが徐州は我らのものです。彼のものに渡してはなりませんよ?」
「え? あ、うん……」

「閣下は劉備に友情を感じてらっしゃいますがいけません。公私はキチンと分けてくださいまし。功績を上げたら、更なる任官を帝から与え奉られれば、大人しく従いますから」
「だがしかし……」

「閣下。劉備の願いを叶えて徐州牧の位を与えては、都で一緒に居られなくなりますぞ?」
「おお、それもそうだ!」

「納得なさいましたか」
「うむ。劉備にも手柄をたてさせてやろう。そうすれば帝の覚えもめでたいからな。ここへ呼べ!」

「はは!」

 こうして兄者さんは曹操さまに呼ばれまして、雲長さんと益徳さんを横に侍らせながら曹操さまの前に跪きました。

「我ら三義兄弟が閣下に拝謁致します」
「おお劉備。近う寄れ」

「はは!」

 兄者さんが膝をついて曹操さまに近付くのにあわせて、雲長さんと益徳さんも同じように前に出ました。

「実はな、盱台くいに張遼が歩兵一万で立て籠っておる。あやつは呂布よりも厄介な敵だ。そこで誰よりも徐州に詳しい貴殿にその攻略を任じたい。一万五千の兵と関羽とともに、盱台くいを攻めよ!」
「はは!」

「とはいえ、無理はしなくとも良い。こちらが呂布を攻略すれば、我々も合流してともに攻めるからな。ただ、あの厄介ものがこちらに遊軍として顔を出されるのが面倒なのだ。貴殿の仕事は張遼を見張り、城から出さんようにすることだ」
「はい! 承りました!」

 兄者さんと、雲長さん、益徳さんが立ち上がって曹操さまの前から立ち去ろうとすると、曹操さまは慌てて三人を止めました。

「お、おい。劉備どの」
「はい? 閣下なにか?」

「余は関羽と、とは言ったが張飛もとは言ってはおらんぞ? 張飛はここの攻略に必要な将の一人だ。張飛は置いていってくれ」
「え? いやしかし、我ら三義兄弟は一心同体でして……」

「それはそうだ。張飛は貴殿の右腕とも頼む人物だろう。しかしいつまでもそれで『はい、そうですか』とはいかん。彼は中郎将となって、漢の臣だ。もはや一兵卒扱いではないのだぞ?」

 それを聞いて兄者さんは、平伏して答えました。

「おっしゃる通りです。たしかに呂布に対抗できる武勇を持つのは益徳しかおりません。これ益徳。そなたはここに残って閣下をお護りせよ」
「はは! 兄者のご命令なら!」

「閣下。それでは張飛をよろしくお願いいたします」
「うむ。すまんな。これで呂布は捕えたも同然だ」

 益徳さんは、兄者さんと、雲長さんが、曹操さまの前を辞去していくその背中を見ておりましたが、曹操さまのほうに体を向けました。

「閣下」
「いかがした、張飛」

「あのう、兄者……いえ、劉将軍を見送って来てもよろしいでしょうか?」
「ああ。今生の別れではないが、一ヶ月、二ヶ月は会えまい。名残を惜しんで参れ」

「はは!」

 益徳さんはペコリと頭を下げて兄者さんたちの後を追いました。その姿を見て曹操さまはクスリと笑います。

「なんとも微笑ましいものたちではないか、郭嘉よ」
「誠にもって。閣下、張飛を残したのはよいお考えでしたな」

「であろう?」
「あれは一人で万兵に値します。得難い将です。袁術や袁紹を攻略するのに、必ず役に立ちます。劉備がいない間に、上手く懐柔なさると良いでしょう」

「余もそう思う」

 お二人はそう言うと、去って行く三人の後ろ姿を笑顔で見送っておりました。





 やがて準備が整うと、兄者さんと雲長さんは盱台くいを指して出陣します。益徳さんは、それを寂しく見守りましたが、いつまでもセンチメンタルになっていてはいけません。頬を叩いて気合いを入れ、幕舎へと戻りました。

 そのままいつものように鍛練を始めます。これを一心不乱にすることで義兄弟と離れた寂しさを紛らわそうとしたのですね。すると、誰か幕舎を訪ねて来たようでサッと身構えます。

「おお張飛どの。鍛練とはさすがですな」
「やや、これは曹仁どの」

 訪ねて来たのは曹仁さまだけではありません。曹洪さまに、曹純そうじゅんさま。曹仁さまと、曹純さまはご兄弟で、みなさん曹操さまの従弟です。
 その方々がそれぞれ手には酒甕を持っておりました。
 益徳さんは、皆さんが座れるように筵や机を用意して、お迎えしました。

「一体皆さん揃ってどうなされました?」
「いやいや、我々共に下邳攻めを仰せつかりました。酒を汲み交わしよしみを結ぼうと思ったのです」

「それはよろしいですな。望むところです」

 益徳さんは、三人を上座に指定しましたが、三人とも辞退してしまったので、上座のない小さな円卓を用意しました。それには四つの杯しか置くスペースがなく、身を寄せ合わなくてはならないものでした。

「ははは。寒いのでちょうど良いですな。これは何よりの馳走です」
「そう曹仁どのに言っていただけるとありがたい」

「おやおや張飛どののほうが歳上ですから。我々とて長幼の序は知っておりますぞ」

 長幼の序とは、歳上の人に歳下は従うと言うものです。この時、益徳さんは32歳、曹仁さまが30歳、曹洪さまが28歳、曹純さまが24歳でした。

「何をおっしゃる。曹仁どのは一郡の太守を任され、曹洪どのは校尉と中郎将を兼任なされ、曹純どのは議郎ぎろうで司空軍事だ。オイラなんてとても同席にはおれません」

 すると隣にいた曹仁さまと、曹純さまは、益徳さんの背中をパシンと叩きました。

「何をおっしゃる。先ほど曹公より中郎将を賜った、同じ仲間ではございませんか。共に漢のために働きましょう!」

 その言葉を聞いて熱い気持ちを持つ益徳さんはたちまち友情が湧いてきて、曹仁さま、曹純さまの肩を組みました。

「いやまさしく。みなさんは曹閣下の幕下ばくかの上、閣下とは血縁の従弟でございますれば、遠慮しておりました。そのような気持ちの良い方々ならオイラも心から付き合わせていただきます」

 と肩を抱く腕に力を込めました。
 そうなんですよね。ここにいるかたは皆さん武官で曲がったことが嫌いなお方たち。
 益徳さんや、兄者さんが許都にいた頃は互いに行き合って仲の良いお付き合いをしておりました。

 うん……。だから……。

 だからこそ、兄者さんが徐州に逃げてしまった時、彼らは烈火の如く怒ったのでしょうね。

 ともあれ、四人は互いに肝胆かんたん相照あいてらしながらお酒を呑み合いました。

 曹洪さまは無謀にも益徳さんに呑み比べを挑んで、早々に床に伏してしまいました。あらら。
 曹純さまと益徳さんは、何をしても楽しいモードに突入して、互いに肩を組んで歌を歌っております。
 そこに曹仁さまが杯片手に話しかけました。

「なあ益徳さんよォ……」

 と少しばかり重いトーンに、益徳さんはしゃっくりをしながら頷きます。

「どうしたんでィ、曹仁どの」

 曹仁さまは小さく笑います。

「俺はアンタを尊敬してる。知らんかもしれんが、虎牢関ころうかんには俺もいたんだ。あン時、アンタと呂布が矛を交えてるところを後ろから、ただ呆然と見ていた。俺だけじゃねぇ。誰しもが魅入ってたね。みなが恐れる呂布に真っ向勝負を仕掛けて、力と力のぶつかり合い。あれは燃えたね。熱かった。俺も自分に自信があったんだけど、あれを見たら上には上がいるとハッキリ分かったよ」

 これは虎牢関の戦いですね。たくさんの諸侯が董卓とうたくという無道な宰相から天子さまを救えと言うことで、董卓のいる洛陽らくようを攻めに行った際、その前にある虎牢関では呂布が待ち構えておりました。
 呂布の武勇は誰もがしっていたので、連合軍は呂布が動けば崩れておりました。
 そこに益徳さんが斬り込むと情勢は一変。呂布は耐えきれずに逃げてしまったのです。

 益徳さんは、曹仁さまの目を見てニッコリと微笑みました。

「見てたのかい?」
「ああ、負けるところまでしっかりとな」

 益徳さんはズッコケました。たしかに益徳さんと呂布の力は均衡していたので、僅かな差で益徳さんはよろめいてしまいました。そこに雲長さんが助太刀に来て、呂布は逃げてしまったのです。

「いやいや負けてねぇ!」
「いいや、俺は見てたから。うわぁってなってた。うわぁって」

「なにを抜かす! 雲長の義兄が来なきゃあ、すぐに体勢を整えて呂布を切り捨ててたわ……」

 大変に食い下がりますが、曹仁さまは大笑しておりました。

「いやいや、益徳さん。だけどアンタは生きてた。勝負には負けたがな。ありゃスゴい。なんと言うのかな。決して無謀じゃない。本当の武人だと思ったのよ」
「何でィ、とても誉めてるとは思えねェやな」

「いや聞いてくれ。俺は尊敬するアンタに近づくべく、鍛練を重ねた。本日俺がここにいるのは、アンタを見習ったからなのよォ」
「ふふ。そりゃいいや」

 二人は互いに笑い合いました。曹仁さまはさらに続けます。

「なぁ益徳さん。俺たちァ、漢の臣だ。共に働こゥや。曹公の元に来いよ。これは秘中の秘だが、これからは袁術や袁紹を滅ぼさねばならん。一緒に出陣しようじゃねぇか」
「おお、袁術に袁紹か。二人ともまとめてやっつけてやらぁ!」

「本当か? 一緒にやってくれるか?」
「任せとけってんだ。曹仁どの。共に戦おう!」

 実は曹仁さまたち、曹操さまの従弟たちがここを訪れたのは、曹操さまの益さん懐柔の策略でした。同じ武人の三人と仲良くなれば、益徳さんも曹操さまの幕下に加わると思ったのです。
 ですが三人は普通に楽しくおともだちになったようです。
 その日はみんなで、益徳さんの幕舎で肘枕で寝てしまいました。こういうのが武人らしくていいですわね。
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