迎えに来た宇宙人は、私を溺愛する諜報部員の恋人様

11. 限定美人

私の地球上の、かつての名前は加藤美唯邦、『かとうみいな』だ。
漢字は普通の加藤に、『美』しい、唯一の『唯』、異邦人の『邦』で美唯邦と書く。

当て字のような漢字なので、毎回名乗る時に使うメモ帳は、地球では肌身離さず持っていた。

今のヤノー国での名前は　カトミィナ・ウ・エハス。
もう漢字の説明の必要がなくなったはずなのに、メモ帳は知らず今日もドレスのポケットに入れていた――習慣とは恐ろしい。
使うことの無くなったメモ帳を見ながら考える。

『美しい』はともかく。
『唯一』の『異邦人』―美唯邦。
これは図らずも私の地球での存在を表していたようだ。私は地球で、唯一いた異邦人だった。

美しい、か。
私も、地球の宇宙人に綺麗だと言われた事はある。
「惜しいな～みいちゃん。この角度から見たら美人なのに」
「あ、加藤ってここから見たら、なんか綺麗やん」
私は角度限定の美人らしい。

角度限定かぁ…と、聞いた時は少し残念に思ったが、それでも美人と言われるのは嬉しい。思わず三面鏡を買って、どの角度が美人に見えるのか調べてみたものだ。
――答えは見つからなかったが。
結局は、角度限定美人は美人にはなれず、美人に遠い存在だ。
私は美人ではないのだ。



そして今いるヤノー国では。
「カトミィナ様、今日もお美しいですわ」「黒銀髪が尊いです」「その瞳も限りなく黒に近くて、黒銀宝石のようですわ」「カトミィナ様が眩しいです」
きゃあきゃあと、今日も4人の侍女達が褒め讃えてくれる。

「私の恋人は今日も女神のように美しいですね。毎日見惚れてしまいます」
国宝級のイケメンの、恋人設定のロットが褒めてくれる。

「カトミィナ嬢の美しさの前では、僕もひれ伏さざるを得ないよ」
散歩先で偶然出逢う王子が言う。

皆の過ぎた賞賛で気が遠くなり、否定する言葉も出ず、毎回毎回いたたまれなくて身が縮む日々を送っている。

みんな目を覚ませ。
ロットは鏡を見て言え。美人はそこにいる。
王子も気は確かか。
――本当はそう言いたい。言えないけど。


もし地球に拉致される事なく、このヤノー国だけで育っていれば、と考える。
そんな私はヤノー感覚の美意識を持って、調子に乗っていたかもしれない。
ヤノー国美人コンテストとかに堂々と応募する自分を想像して怖くなる。

『ほほほ私が優勝間違いなしね』――自分の幻聴が聞こえる。
ヤメロ。己を知れ。黒歴史になるぞ。
今の私の言葉なんて届かない自分になっていたに違いない。

そんな調子に乗った自分にならなくて良かった。拉致られた事も、悪い事ではなかった。常識的な美意識を持つことが出来た。黒歴史の爆誕を避けられた。本当に助かった。
拉致で変わった私自身の人生に安堵した。



　　　………………………



私の恋人はとても謙虚だ。
あれだけの美貌を持っているのに、少し褒めただけで居心地の悪そうな様子を見せる。
ミィナは、『美人とはロットみたいな人を言うんですよ』と、私への愛を囁いてくれる可愛い恋人だ。

限りなく黒に近い黒銀髪――光の下でキラキラと銀が輝く見事な黒髪だ。その瞳は、銀をほとんど感じさせられない程の黒で、ミィナはヤノー国の女神を思い起こす容姿をしている。

拉致された時は当時2歳で、とても幼かった。その為ミィナは、扉を感知する感覚が発達していない。
騎士が並び控える廊下も、騎士の控える扉を感知出来ず、見守られている事に気付くことはない。
その黒銀髪に皆が見惚れている事にも気付かない。
時に1人だと安心して歌を歌ったり、スキップをするミィナに、騎士達の心臓が撃ち抜かれていることも。
―本当に私の恋人は、美しく愛らしい。

地球なぞに拉致されていなければ、ミィナも自身の美しさを認識していただろうに。きっと自信を持って、年に一度のヤノー国美人コンテストに出場し、見事優勝し続けていたに違いない。

ミィナの輝かしい人生を曇らせた宇宙人は、今でも許せない。もし拉致が無ければと、思っても変わらない事を繰り返し考える。

拉致で変わったミィナの人生を――少し憂いた。