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第一部 第二章 五日後に何かが起こる?
22 五日目、死神はその鎌を振り落とす
しおりを挟む「もう十分で御座いましょう旦那様」
「――――だが俺はっ、この様なモノでは俺のヴィーがっ!!」
「旦那様……もうこれ以上なさいますと流石に使い物になりません。そしてヴィヴィアン様が……」
「黙れ、この俺以外の者がヴィーの名を口にする事を許した覚えはない。譬えお前でもなバート」
むっとした面持ちのままリーヴァイは背後に控える者へあからさまに威嚇をする。
「おやおや余裕のない事で。その様に何時までもお子様で様いらしては、ヴィヴィアン様も嘸かし大変で御座いましたでしょう。此度の逃走の真相はやはりその辺りが原因に御座い……」
「煩い、そして何度も言わせるなバート。ヴィーの行動は単なる気分転換と言う名のお出掛けだ。それから彼女の名を口にして良いのは夫であるこの俺ただ一人だけだ」
「ええその通りに御座います。我が主プライステッド公爵閣下の唯一の御方はとてもお心のお優しい奥方様故にこの様な無益な殺生は決して好まれますまい」
「――――わかってはいる。ヴィー程この世で誰よりも優しくも穢れのない気高い心を持つ女性は存在しない。そう、そんな彼女に漆黒の闇は似合わないし当然生涯それを見せる心算もない。ヴィーは永遠に陽の当たるところで朗らかに微笑んでくれさえすればよいのだ」
パチン――――。
リーヴァイが軽く指を鳴らせばたった今までサブリーナの身体を貫いていただろう幾つもの氷柱は、瞬く間に姿を消してしまった。
いやそれだけではない。
彼女の身体を貫き穴が開いている筈の傷はおろか、出血していた形跡さえもないのだ。
そうここにいるサブリーナは眠っていた頃と変わらず無傷のままなのだが、しかし未だ彼女はこの状況を受け入れ難く放心状態のままで上半身は涙と涎に塗れ、下半身は糞尿を失禁しているらしく夜着と絨毯が濡れて茶色の染みが出来ていた。
また何とも言えない汚臭が部屋中を漂っていた故に、室内にいるウィルクス夫人とダレンが率先して窓を開けたのは言うまでもない。
「お前の所為で興が削がれた」
「それは何よりです」
バートは頗ると言った具合にこやかな笑みを湛えたまましれっと答える。
「昔から俺はお前と言う男が嫌いだ」
「おやまあそれは奇遇ですね。実は私も父と兄の命とは言え、坊ちゃんの面倒を見るのに何かと骨が折れ……まあ今現在も昔と大差はありませんけれどね」
「バートいい加減にしなさい」
リーヴァイとバートと呼ばれる男の間を割って入るのはダレンであった。
「リーヴァイ様もですぞ。この女の胎には真実旦那様のお種を宿しているのでしょうか。い、いえこれは臣下として出過ぎた真似をしているのは重々承知しておりますがしかし、それでは余りにもあの様にお優しい奥方様が、ああそれで奥方様は当家を、旦那様を到頭お見限りになられたのですね」
「兄上……何気に私よりエグイ事を直球で言いますね」
おまけに泣き真似ですか……と絨毯の上で、勿論異臭を放つサブリーナとはそれぞれに十分距離を取って……ソーシャルディスタンス的なとも思える上での会話である。
絨毯の上でさめざめと泣き崩れる真似をしリーヴァイを尚も弄るダレンを兄と呼ぶのはバート、エセルバード・ギディオン・フィンドレイである。
艶やかな漆黒の髪にダレンと同じ深い緑色の瞳を持ち、右目にモノクルを装着したインテリ風の長身痩躯なイケメンである。
リーヴァイより二歳上のバートは幼い頃より彼の守り役兼護衛込みの仕事の出来る執事なのである。
執事の仕事着でもある燕尾服を一部の隙も無くきちんと着こなし佇む様は、執事と言うよりも最早ダークなイメージの強い王子様と言っても過言ではない。
まあ昔からよく何度もリーヴァイと皇太子の影武者を無理やりさせられていたのだ。
身のこなしや品の良さで言えば彼らと然して遜色を感じさせはしない。
「はあ、ダレンいい加減にその下らん泣き真似をやめてくれ。それでなくとも俺は十分機嫌が悪いのだ」
「そうでしょうとも、奥方様のお心に傷を負わせになられたのですものね」
今まで沈黙を貫いていたウィルクス夫人まで到頭我慢の限界らしくを参戦をしてきた。
「ウィルクス夫人まで……」
彼女の参戦にリーヴァイは途端に居心地の悪さに居た堪れなさを感じてしまう。
「――――で、それで真実は如何なるもので御座いますか!! ご返答によっては当屋敷に仕える者全てを旦那様は敵に回す事になるやもしれませんよ。因みに私は手始めに幼い頃よりの旦那様の黒歴史のあれやこれについて世間様に堂々と公開しようかと考えております」
「やめてくれ……」
先程までのリーヴァイは鳴りを潜め、ウィルクス夫人のえげつない物言いに対し左手でその秀麗な顔を覆ってしまった。
「さあ男らしくさっさと真実を仰って下さいまし!!」
そんなリーヴァイにウィルクス夫人は年齢を感じさせない程に若々しく、また邸内へ響き渡る様な大きな声で叫んだのであった。
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