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四章
晴れた日のデート<後編>
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土産屋は思っていたよりは混んでいなかった。
「手、繋ぎませんか」
広翔が言うと、澄香は笑いながら頷いた。
ぬいぐるみやストラップ、魚の形をしたスナック菓子までが売っていた。
「何買います?」
と聞くと、
【お菓子。お土産に買いたいと思ってた】
と言った。
「……あ」
ふと、イルカのストラップに目が止まった。
水色と緑色が番になっているもの、黄色とオレンジがセットになったもの、赤と水色、などとカラフルなガラス製のイルカ達がそれぞれハートを型どっていた。
「先輩、これ可愛くないですか?」
と見せると、澄香は一瞬驚いた顔をした。
「あ、興味無かったですか?」
女子は揃えものが好き、というネットの情報は間違っていたのか、という疑惑が広がる。
【興味ないかと思ってた】
澄香は苦笑いを浮かべながら言った。
「いや、確かに好きってわけじゃないですけど……何となく、カップルが買ってるイメージが」
広翔が素直に白状すると、澄香は笑った。
【合わせようとしてくれたの?ありがとう】
「いや、まぁ。先輩は、喜ぶかなー、と」
スマートに事を運べず、だんだん恥ずかしくなってくる。
【じゃあ、買おう。何色が好き?】
「え…………黒?」
【イルカというよりシャチじゃない?それ】
と笑いながらつっこまれた。
「確かにそうですね……え、でもありますよ。あ、白というより透明もありますね」
【もはや何でもアリなんだね】
「まぁ、赤とか黄色もありますしね」
と二人は言い、笑いあった。
【じゃあ、白にする】
と白いイルカを手に取った。
「白好きなんですか?」
黒いイルカを取りながら言うと、澄香は微笑しながら、
【黒と対になる色だから】
と言った。
思わず顔を逸らす。
ドクドクと心臓がうるさいほど鳴る。
──可愛すぎる。
抱きしめたい衝動に駆られたが、なんとか理性で抑える。
また怯えさせるかもしれない、という思考も働く。
「か、会計行きますか」
澄香の方を見ずに、そう言った。
周りに男の人がいないのを確認し、レジへ向かった。
***
外はすっかり暗くなっていた。
水族館は尾田家に近く、歩きで四十分もすればつく距離だ。広翔の家からは多少遠いため、自転車で来た。
自転車を押しながら、澄香の横に並んで歩く。
「疲れません?大丈夫ですか?」
【この位の距離なら、なんとか】
疲れないとは言わなかった。
途中の道に公園があった。
「ちょっと休憩しましょうか」
まだ十五分くらいしか経っていなかったが、水族館の中を歩いていたのだから疲れはピークのはずだ。
案の定、澄香はすぐに頷いた。
公園のベンチに腰掛け、二人は一息つく。
ふと、澄香が思い詰めたような表情をしていることに気づいた。
暗いためよく顔が見えなかったのだ。
最初は疲れただけと思っていたが、どうやら、そうではないようだった。
「どうしました?」
と広翔が尋ねると、澄香は少し迷ったように言いよどみ、やがて意を決したように息を吐いた。
鞄から、手のひらサイズの箱を取り出した。
──……指輪?
普通逆なのでは、と狼狽えていると、澄香は不安そうな表情で渡してきた。
そっと中を覗くと、指輪──ではなく、腕時計だった。
黒いバンドにデジタル表記のかっこいいモデル。以前から広翔がいいな、と思っていた時計だった。
澄香をゆっくりと振り返る。
「これ、え…………俺に?」
まだ困惑する広翔に、
【腕時計、ボロボロだったから。気に入ってくれるといいんだけど】
と言った。
「え、あた、当たり前……っこれ、欲しいなーって、思ってたヤツで!よく、わかりましたね」
興奮しながら言う広翔を見て、澄香はほっと胸を撫で下ろした。
ああ、なんだ。これを渡すタイミングがわからなかったからあんな表情してたのか、と安心した。
が、すぐにその安心感は吹き飛んだ。
彼女はまだ、辛そうな表情をしていた。
「え、大丈夫ですか?」
と広翔が言うと、澄香は苦しげな顔で言った。
【ねえ】
視線を合わせたまま、澄香は続けた。
【広翔君は、八年前の、火事の生き残りのヒロト君なの?】
真剣な、表情だった。
誤魔化すことは、許されないような、そんな気がした。
心臓が、また速く動く。
冷や汗が背を伝う。
「そう、らしいです。俺自身に記憶は、ほとんど残ってません」
足に力が入らなくなる。
澄香はそんな広翔の様子に、眉を寄せて悲しげに見つめた。
【もし】
と、メッセージが打ち込まれる。
【もし、事件の犯人が居たら、許せる?】
何でそんなことを聞くんだ。
何で記憶を掘り返すようなことを言うんだ。
関係ないじゃないか。
先輩に事件は関係ないはずだろう。
澄香は、深く追求してこない。
そんな勝手な考えが、頭に浮かんでいたらしい。
興味本位でそんなことを聞いてくる人だなんて思わなかった。
いろいろ、言いたかった。
でも、全部の言葉が、考えただけで口に出されることは無かった。
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
「──わから、ないです」
震える声を抑え、呟いた。
「記憶、ほとんどないんです。事件のこともよく覚えてないんです。両親のことも、ほとんど覚えてないんです。だから、わからないです。その時になってからじゃないと」
静かに、自分の意思を確かめるような口調で彼は言った。
澄香は【突然ごめん】と謝った。
【不躾だったよね。ごめんね】
と言った。
広翔は澄香を直視出来ず、彼女がどんな顔をしていたかなど、わかるはずもなかった。
「送ります」
とだけ呟き、広翔は自転車を押した。
帰る間、重苦しい静寂が二人を包んでいた。
さっきまでの浮かれた気分など、思い出せそうもなかった。
「じゃあ、また」
尾田家に着くと、広翔は澄香にぎこちなく微笑みかけた。
澄香も広翔の方を見ずに頷いた。
変な空気になってしまった。
と、広翔は風を受けながら猛省した。
初デートだったのに。しかも先輩悪くないじゃん。
いや。でも、触れられたくない話題に変わりはないけど。いや、それでもあっちからしたら当然気になるよなぁ。
など色々と思い悩んだ。
結局の結論は、「明日、謝りに行く」だった。
──しかしその日を境に、澄香との連絡がプッツリと途絶えた。
「手、繋ぎませんか」
広翔が言うと、澄香は笑いながら頷いた。
ぬいぐるみやストラップ、魚の形をしたスナック菓子までが売っていた。
「何買います?」
と聞くと、
【お菓子。お土産に買いたいと思ってた】
と言った。
「……あ」
ふと、イルカのストラップに目が止まった。
水色と緑色が番になっているもの、黄色とオレンジがセットになったもの、赤と水色、などとカラフルなガラス製のイルカ達がそれぞれハートを型どっていた。
「先輩、これ可愛くないですか?」
と見せると、澄香は一瞬驚いた顔をした。
「あ、興味無かったですか?」
女子は揃えものが好き、というネットの情報は間違っていたのか、という疑惑が広がる。
【興味ないかと思ってた】
澄香は苦笑いを浮かべながら言った。
「いや、確かに好きってわけじゃないですけど……何となく、カップルが買ってるイメージが」
広翔が素直に白状すると、澄香は笑った。
【合わせようとしてくれたの?ありがとう】
「いや、まぁ。先輩は、喜ぶかなー、と」
スマートに事を運べず、だんだん恥ずかしくなってくる。
【じゃあ、買おう。何色が好き?】
「え…………黒?」
【イルカというよりシャチじゃない?それ】
と笑いながらつっこまれた。
「確かにそうですね……え、でもありますよ。あ、白というより透明もありますね」
【もはや何でもアリなんだね】
「まぁ、赤とか黄色もありますしね」
と二人は言い、笑いあった。
【じゃあ、白にする】
と白いイルカを手に取った。
「白好きなんですか?」
黒いイルカを取りながら言うと、澄香は微笑しながら、
【黒と対になる色だから】
と言った。
思わず顔を逸らす。
ドクドクと心臓がうるさいほど鳴る。
──可愛すぎる。
抱きしめたい衝動に駆られたが、なんとか理性で抑える。
また怯えさせるかもしれない、という思考も働く。
「か、会計行きますか」
澄香の方を見ずに、そう言った。
周りに男の人がいないのを確認し、レジへ向かった。
***
外はすっかり暗くなっていた。
水族館は尾田家に近く、歩きで四十分もすればつく距離だ。広翔の家からは多少遠いため、自転車で来た。
自転車を押しながら、澄香の横に並んで歩く。
「疲れません?大丈夫ですか?」
【この位の距離なら、なんとか】
疲れないとは言わなかった。
途中の道に公園があった。
「ちょっと休憩しましょうか」
まだ十五分くらいしか経っていなかったが、水族館の中を歩いていたのだから疲れはピークのはずだ。
案の定、澄香はすぐに頷いた。
公園のベンチに腰掛け、二人は一息つく。
ふと、澄香が思い詰めたような表情をしていることに気づいた。
暗いためよく顔が見えなかったのだ。
最初は疲れただけと思っていたが、どうやら、そうではないようだった。
「どうしました?」
と広翔が尋ねると、澄香は少し迷ったように言いよどみ、やがて意を決したように息を吐いた。
鞄から、手のひらサイズの箱を取り出した。
──……指輪?
普通逆なのでは、と狼狽えていると、澄香は不安そうな表情で渡してきた。
そっと中を覗くと、指輪──ではなく、腕時計だった。
黒いバンドにデジタル表記のかっこいいモデル。以前から広翔がいいな、と思っていた時計だった。
澄香をゆっくりと振り返る。
「これ、え…………俺に?」
まだ困惑する広翔に、
【腕時計、ボロボロだったから。気に入ってくれるといいんだけど】
と言った。
「え、あた、当たり前……っこれ、欲しいなーって、思ってたヤツで!よく、わかりましたね」
興奮しながら言う広翔を見て、澄香はほっと胸を撫で下ろした。
ああ、なんだ。これを渡すタイミングがわからなかったからあんな表情してたのか、と安心した。
が、すぐにその安心感は吹き飛んだ。
彼女はまだ、辛そうな表情をしていた。
「え、大丈夫ですか?」
と広翔が言うと、澄香は苦しげな顔で言った。
【ねえ】
視線を合わせたまま、澄香は続けた。
【広翔君は、八年前の、火事の生き残りのヒロト君なの?】
真剣な、表情だった。
誤魔化すことは、許されないような、そんな気がした。
心臓が、また速く動く。
冷や汗が背を伝う。
「そう、らしいです。俺自身に記憶は、ほとんど残ってません」
足に力が入らなくなる。
澄香はそんな広翔の様子に、眉を寄せて悲しげに見つめた。
【もし】
と、メッセージが打ち込まれる。
【もし、事件の犯人が居たら、許せる?】
何でそんなことを聞くんだ。
何で記憶を掘り返すようなことを言うんだ。
関係ないじゃないか。
先輩に事件は関係ないはずだろう。
澄香は、深く追求してこない。
そんな勝手な考えが、頭に浮かんでいたらしい。
興味本位でそんなことを聞いてくる人だなんて思わなかった。
いろいろ、言いたかった。
でも、全部の言葉が、考えただけで口に出されることは無かった。
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
「──わから、ないです」
震える声を抑え、呟いた。
「記憶、ほとんどないんです。事件のこともよく覚えてないんです。両親のことも、ほとんど覚えてないんです。だから、わからないです。その時になってからじゃないと」
静かに、自分の意思を確かめるような口調で彼は言った。
澄香は【突然ごめん】と謝った。
【不躾だったよね。ごめんね】
と言った。
広翔は澄香を直視出来ず、彼女がどんな顔をしていたかなど、わかるはずもなかった。
「送ります」
とだけ呟き、広翔は自転車を押した。
帰る間、重苦しい静寂が二人を包んでいた。
さっきまでの浮かれた気分など、思い出せそうもなかった。
「じゃあ、また」
尾田家に着くと、広翔は澄香にぎこちなく微笑みかけた。
澄香も広翔の方を見ずに頷いた。
変な空気になってしまった。
と、広翔は風を受けながら猛省した。
初デートだったのに。しかも先輩悪くないじゃん。
いや。でも、触れられたくない話題に変わりはないけど。いや、それでもあっちからしたら当然気になるよなぁ。
など色々と思い悩んだ。
結局の結論は、「明日、謝りに行く」だった。
──しかしその日を境に、澄香との連絡がプッツリと途絶えた。
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