文字サイズ
小
中
大
特大
35 / 138
【第3章】
■第35話 : 夏目優司の変貌
本格的にパチスロ勝負で食っていくことを決め、無事に初戦の相手が決まった日から約3ヶ月が経過――
2004年10月15日。
優司を取り巻く環境は一変していた。
◇◇◇◇◇◇
T駅西口にあるショットバー『J's BAR』。
奥まった場所にひっそりと佇む隠れ家的なバーとなっている。
『J's BAR』のカウンターに並んで座り、各々の酒をちびりちびりとやっている二人の男。
日高と真鍋だった。
このバーは、まだ二人が仲違いする前、『エース』で共に勝ちまくっていた頃によく通っていた場所。
二人とも、ここへ来るのは久しぶりだった。
日高は、目の前にあるブランデーをクイッと飲み干した後、一つ大きく息を吐き、しみじみと話し出した。
「あれからもう3週間も経つのか。
それにしても本当にビビった……。まさか、あの広瀬にまで勝つとはな」
真鍋が静かに頷いた。
「確かに。広瀬とやり合うと決まった時は、さすがに無謀だろうと思ったけどな。
勝っちまうんだもんな、夏目のやつ」
この日は珍しく、はじめからずっと二人きりで飲んでいた。
いつもは大抵3~6人くらいで集まる日高たち。
しかし、「たまにはいいだろう」と、なんとなく二人きりで飲み始めたのだ。
二人きりで本音を話したい、という考えが互いにあったことが、二人きりになった最大の理由なのだが。
「なあ遼介、これから夏目はどうなってくんだろうな?」
「ん?」
「まさか、こんなに早く広瀬クラスと勝負するとは思わなかったからさ」
そう言い終わると、カラになった自分のグラスを持ち上げ、マスターにおかわりの合図を送る日高。
真鍋も、一口分残った自分のブランデーを一気に飲み干してからおかわりをし、それからおもむろに口を開いた。
「でもよ光平、あの場合は仕方がねぇだろ。敵討ちだ、ってな感じで広瀬の方から挑んできたんだし。
そもそも夏目は、俺らとの勝負も合わせりゃ、広瀬とやる直前の段階で都合7連勝中だったんだぜ?
そろそろ、あのクラスのヤツから挑まれてもおかしくねぇって」
「まあ、確かにそうなんだけどさ……。
それでも、俺らとしてはやっぱり止めるべきだったのかもな。
勝ったからいいものの、負ける危険性も充分にあったわけだし。
現に、今までにない苦戦だったろ?」
日高の問いに、おかわりを受け取りながら真鍋が返答する。
「ああ。俺もさすがに今回は駄目かと思ったくらいだからな」
「しかも、せっかく勝ったってのに、それが仇となって次の勝負相手が全然決まらないときてる。
ただでさえ夏目には『8連勝』っていう冠があんのに、その8勝目があの広瀬なんだから当然だ」
「……だな。もうそのへんのスロッターじゃ引き受けねぇだろうな。
みすみす30万を失うようなバカな真似、誰もしたがらねぇもんよ」
「つまり、広瀬との勝負には大したメリットはなかったんだよ。
負けたら終わり、勝っても今後の相手探しが難航するだけ。
それを考えれば、俺らとしては止めるべきだった。
まあ、結果的に夏目の名は一層売れたけど」
「でも、それが足かせになってんじゃあ意味ねぇな」
それから二人は、なんとなく黙り込んだ。
互いに何かを言いたそうな雰囲気で、ブランデーをちびちびと舐めている。
数分の沈黙後、何かを決意したように、ポツリと真鍋が言葉を漏らした。
「なぁ光平。夏目の奴、最近…………」
途中で言葉を止め、首を左右に振った後、
「いや、やっぱいいや! なんでもねえ!」
そう言ってグラスを手にとり、真鍋はグイっとブランデーを呷った。
その様子をちらりと横目で見た日高が、淡々と言う。
「なんとなくわかるよ、遼介の言おうとしたこと」
「え?」
「気づいてないのは夏目本人だけ、って感じだろうな……」
「……」
「勝ち続けるってのは、勝負相手を探すのに苦労するだけじゃなく、あんな弊害まで生むんだな」
この日高の言葉を最後に、再び二人の間に沈黙が落ちた。
◇◇◇◇◇◇
同時刻。
場所は、『エース』の真横のビルにある居酒屋『魚次郎』。
『串丸』に次いで、優司達の溜まり場となっている場所である。
その『魚次郎』で優司は、小島と斉藤と一緒に3人で飲んでいた。
斉藤は、元真鍋のグループに属していた人間。
優司に携帯を一つ譲った男である。
あれ以来、優司とも頻繁に飲むようになっていた。
そして今……。
もう何杯目になるかわからないビールの中ジョッキをあおりながら、店内にて大声でわめく男。
それは、優司だった。
「ったくよォ!
なんでこの街にはショボいスロッターしかいねぇんだッ!
たかだか30万の勝負にビビりやがって! なぁ小島ッ?」
酔っているせいもあるとはいえ、優司の言動はいつになく荒く、周囲へのアタリも厳しかった。
「え、ええ。そ、そうッスよね……」
「腑抜けばっかりだぜ! どうなってんだ。
なぁにがスロ激戦区だよ。
なんでこんなに相手が決まらねぇんだよ?」
「ま、まあまあ……。ちょっと酔い過ぎッスよ夏目君。
それに、しょうがない部分もあるんじゃないッスか?
あの広瀬さんにも勝っちゃったんだし、そりゃみんな警戒しますって。
30万って、結構な大金ですから」
「だからそれが腑抜けだっつってんだよ!
名を売りたいヤツなんていくらでもいるんだろうしよ、ダメ元で挑んでこいってんだよ!」
小島は、どう返答していいかわからない様子で視線を下げた。
「大体さ、日高と真鍋はどこ行ったんだよ?
なんで今日は、二人とも来ないんだ?」
ここで斉藤が答える。
「なんか、今日は二人で飲みに行ってるみたいだよ。
まあ、元々あの二人は幼馴染だし、水入らずで飲みたい時もあるんじゃないのかな?」
「ふーん。それで俺らをほったらかしてるわけか。
なってねぇな、あの二人も」
「ちょ……ほったらかすって……。
子供じゃないんだから、そんなこと言わないでよ」
斎藤が困った顔で、諭すように言った。
優司は荒れていた。
ただ勝ち続けているだけなのに、勝負相手が見つからず悶々とする日々を迎えるハメになった今の境遇。
そのことに納得がいかなかった。
日高との勝負から端を発した、優司のパチスロ設定読み勝負。
3週間前の広瀬戦での勝利にて、目下8連勝中と絶好調だった。
ところが、それにより勝負相手がいなくなってしまった。
当然である。
20代の若者にとって、いや、一部の金持ちを除いては30万という金は大金。
一度に失えば、少なからずショックを受ける金額。
そんな金額を賭けて、この地区の名手である『広瀬』にまで勝ってしまった男と、誰が好んで勝負をするだろうか?
冷静に考えれば当然のことなのだが、それでも優司には納得のいかないことだった。
勝者の自分がなぜ苦しい立場に甘んじなければならないのか、と……。
2004年10月15日。
優司を取り巻く環境は一変していた。
◇◇◇◇◇◇
T駅西口にあるショットバー『J's BAR』。
奥まった場所にひっそりと佇む隠れ家的なバーとなっている。
『J's BAR』のカウンターに並んで座り、各々の酒をちびりちびりとやっている二人の男。
日高と真鍋だった。
このバーは、まだ二人が仲違いする前、『エース』で共に勝ちまくっていた頃によく通っていた場所。
二人とも、ここへ来るのは久しぶりだった。
日高は、目の前にあるブランデーをクイッと飲み干した後、一つ大きく息を吐き、しみじみと話し出した。
「あれからもう3週間も経つのか。
それにしても本当にビビった……。まさか、あの広瀬にまで勝つとはな」
真鍋が静かに頷いた。
「確かに。広瀬とやり合うと決まった時は、さすがに無謀だろうと思ったけどな。
勝っちまうんだもんな、夏目のやつ」
この日は珍しく、はじめからずっと二人きりで飲んでいた。
いつもは大抵3~6人くらいで集まる日高たち。
しかし、「たまにはいいだろう」と、なんとなく二人きりで飲み始めたのだ。
二人きりで本音を話したい、という考えが互いにあったことが、二人きりになった最大の理由なのだが。
「なあ遼介、これから夏目はどうなってくんだろうな?」
「ん?」
「まさか、こんなに早く広瀬クラスと勝負するとは思わなかったからさ」
そう言い終わると、カラになった自分のグラスを持ち上げ、マスターにおかわりの合図を送る日高。
真鍋も、一口分残った自分のブランデーを一気に飲み干してからおかわりをし、それからおもむろに口を開いた。
「でもよ光平、あの場合は仕方がねぇだろ。敵討ちだ、ってな感じで広瀬の方から挑んできたんだし。
そもそも夏目は、俺らとの勝負も合わせりゃ、広瀬とやる直前の段階で都合7連勝中だったんだぜ?
そろそろ、あのクラスのヤツから挑まれてもおかしくねぇって」
「まあ、確かにそうなんだけどさ……。
それでも、俺らとしてはやっぱり止めるべきだったのかもな。
勝ったからいいものの、負ける危険性も充分にあったわけだし。
現に、今までにない苦戦だったろ?」
日高の問いに、おかわりを受け取りながら真鍋が返答する。
「ああ。俺もさすがに今回は駄目かと思ったくらいだからな」
「しかも、せっかく勝ったってのに、それが仇となって次の勝負相手が全然決まらないときてる。
ただでさえ夏目には『8連勝』っていう冠があんのに、その8勝目があの広瀬なんだから当然だ」
「……だな。もうそのへんのスロッターじゃ引き受けねぇだろうな。
みすみす30万を失うようなバカな真似、誰もしたがらねぇもんよ」
「つまり、広瀬との勝負には大したメリットはなかったんだよ。
負けたら終わり、勝っても今後の相手探しが難航するだけ。
それを考えれば、俺らとしては止めるべきだった。
まあ、結果的に夏目の名は一層売れたけど」
「でも、それが足かせになってんじゃあ意味ねぇな」
それから二人は、なんとなく黙り込んだ。
互いに何かを言いたそうな雰囲気で、ブランデーをちびちびと舐めている。
数分の沈黙後、何かを決意したように、ポツリと真鍋が言葉を漏らした。
「なぁ光平。夏目の奴、最近…………」
途中で言葉を止め、首を左右に振った後、
「いや、やっぱいいや! なんでもねえ!」
そう言ってグラスを手にとり、真鍋はグイっとブランデーを呷った。
その様子をちらりと横目で見た日高が、淡々と言う。
「なんとなくわかるよ、遼介の言おうとしたこと」
「え?」
「気づいてないのは夏目本人だけ、って感じだろうな……」
「……」
「勝ち続けるってのは、勝負相手を探すのに苦労するだけじゃなく、あんな弊害まで生むんだな」
この日高の言葉を最後に、再び二人の間に沈黙が落ちた。
◇◇◇◇◇◇
同時刻。
場所は、『エース』の真横のビルにある居酒屋『魚次郎』。
『串丸』に次いで、優司達の溜まり場となっている場所である。
その『魚次郎』で優司は、小島と斉藤と一緒に3人で飲んでいた。
斉藤は、元真鍋のグループに属していた人間。
優司に携帯を一つ譲った男である。
あれ以来、優司とも頻繁に飲むようになっていた。
そして今……。
もう何杯目になるかわからないビールの中ジョッキをあおりながら、店内にて大声でわめく男。
それは、優司だった。
「ったくよォ!
なんでこの街にはショボいスロッターしかいねぇんだッ!
たかだか30万の勝負にビビりやがって! なぁ小島ッ?」
酔っているせいもあるとはいえ、優司の言動はいつになく荒く、周囲へのアタリも厳しかった。
「え、ええ。そ、そうッスよね……」
「腑抜けばっかりだぜ! どうなってんだ。
なぁにがスロ激戦区だよ。
なんでこんなに相手が決まらねぇんだよ?」
「ま、まあまあ……。ちょっと酔い過ぎッスよ夏目君。
それに、しょうがない部分もあるんじゃないッスか?
あの広瀬さんにも勝っちゃったんだし、そりゃみんな警戒しますって。
30万って、結構な大金ですから」
「だからそれが腑抜けだっつってんだよ!
名を売りたいヤツなんていくらでもいるんだろうしよ、ダメ元で挑んでこいってんだよ!」
小島は、どう返答していいかわからない様子で視線を下げた。
「大体さ、日高と真鍋はどこ行ったんだよ?
なんで今日は、二人とも来ないんだ?」
ここで斉藤が答える。
「なんか、今日は二人で飲みに行ってるみたいだよ。
まあ、元々あの二人は幼馴染だし、水入らずで飲みたい時もあるんじゃないのかな?」
「ふーん。それで俺らをほったらかしてるわけか。
なってねぇな、あの二人も」
「ちょ……ほったらかすって……。
子供じゃないんだから、そんなこと言わないでよ」
斎藤が困った顔で、諭すように言った。
優司は荒れていた。
ただ勝ち続けているだけなのに、勝負相手が見つからず悶々とする日々を迎えるハメになった今の境遇。
そのことに納得がいかなかった。
日高との勝負から端を発した、優司のパチスロ設定読み勝負。
3週間前の広瀬戦での勝利にて、目下8連勝中と絶好調だった。
ところが、それにより勝負相手がいなくなってしまった。
当然である。
20代の若者にとって、いや、一部の金持ちを除いては30万という金は大金。
一度に失えば、少なからずショックを受ける金額。
そんな金額を賭けて、この地区の名手である『広瀬』にまで勝ってしまった男と、誰が好んで勝負をするだろうか?
冷静に考えれば当然のことなのだが、それでも優司には納得のいかないことだった。
勝者の自分がなぜ苦しい立場に甘んじなければならないのか、と……。
感想 6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!