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【第4章】
■第92話 : とある神経症
「水です! どうぞ!」
近くの自販機から買ってきた水を、うずくまっている男に慌てて渡す優司。
緊急事態と思しき状況に、酔いはいくらか醒めていた。
「あ、ありがとう……ございます……」
そう言いながら、男はシート状の薬をポケットから取り出し、そこから一錠を手のひらに押し出して、その薬を口に入れてから水で流し込んだ。
(ん? デパス……?)
男が取り出したシートに記された薬の名前を、なんとなく読んでしまう優司。
「はぁ……はぁ……ふぅ…………」
相変わらず、男は苦しそう。
うずくまったまま動けず、落ち着きのない様子であちらこちらへ視線を這わせている。
しかし優司は、男の様子を見ていて、逆に段々と冷静になっていた。
「あの、とりあえずあそこのベンチに座りません?」
ゆったりとした口調でそう言い放った優司。
男は、苦しそうにしながらも小さく頷き、そのまま優司に肩を借りてベンチまで辿り着いた。
男をベンチに座らせた後は、そのまま黙って様子を見守る優司。
男も、うつむいたまま何も喋ろうとはしなかった。
そして、10分ほど経った頃だった。
「ふぅ……」
男は大きく深呼吸した後、おもむろに優司の方を向いた。
「どうも、ありがとうございます。助かりました」
にこやかな表情で、優司に感謝の意を示した。
「いえ……水を持ってきただけですし」
「それが凄い助かったんですよ」
そう言って、再びうつむき気味になり、ふぅーっと軽く息を吐いた。
「……パニック障害ですか?」
突如、優司が男に問いかけた。
男は、びっくりしたような顔をしながらもすぐに返事をする。
「そうなんですよ。よくわかりましたね?」
「あの、ウチの父親が医者なんですよ。心療内科の。
だから、イヤでも多少詳しくなっちゃって。
……さっき、デパス飲んでましたよね? デパスはベンゾジアゼピン系の中でも特にメジャーな薬で、軽い不眠とかでも簡単に医者が出すような抗不安薬だから、デパス飲んでるからって安易に病気の特定はできないんですけど、さっきの症状と併せて考えたらパニック障害が濃厚かな、と思って」
「はは……なるほど。
いや、ちょっと油断しちゃってて。最近は全然発作もなくて、予期不安もうまくコントロールできるようになってたつもりだったんですけどね。
でも、ここのところいろいろ忙しくて、今日も結構ハードなスケジュールで。
ストレスが溜まっちゃってたみたいです」
「なるほど。ストレスが一番の大敵って言いますもんね」
「ええ、そうみたいですね。
でも今は、自分で『ストレスがやばい』って分かってるだけいいですよ。
昔は苦労しましたから……。いきなり動悸とか吐き気とかめまいとか絶望感とかが一気に襲ってきて、その場から動けなくなっちゃいますからね。このまま死ぬんじゃないか、ってくらい苦しくて。
最初は、なんでこんなことになるのかの原因も全くわからなくて、かなり不気味でしたよ」
「最初はそれで思い悩む人が多いみたいです。突然激しい動悸が始まったりするから、心臓に何か異常があるんじゃないか、とか」
「やっぱり! 僕もそれは思いましたよ!
あの動悸はハンパじゃないし。
最初に発作が起こった時、心臓がパンクするかと思いましたもん。
パチスロ屋にいる時にいきなり発作が襲っ――」
ここで、男は不意に言葉を止めた。
なぜ不意に黙ったのかがわからず、男の顔を凝視する優司。
男も、優司の顔をジッと見つめている。
沈黙に耐えかね、優司が口を開く。
「あ、あの……どうしました?」
「……あ、いや、なんでもないです」
「……?」
不思議そうにしている優司に対し、男があたふたしながら話しだした。
「あっ、そ、そうそう! さっきの続きなんですけど、最初の発作にはびっくりしましたよ! 一瞬何が何やら、って感じで。
でも、今は発作のタイミングとか要因とかもわかってきてて、無駄に怯えることもなくなりましたからね。
ようやくこの病気とも上手いこと付き合えるようになれましたよ! 最初の頃は――」
男はそのまま、問わず語りを続けた。
優司は、「話すことで不安が緩和されるなら」という思いで、そのまま話を聞き続けた。
◇◇◇◇◇◇
「あれ? 何やってんの真佐雄」
二人が喋りだして10分ほど経った頃だった。
優司たちを見つけた一人の男が、ふと立ち止まって話しかけてきた。
優司が困惑していると、今の今まで自分と会話していた男が返事をした。
「おぉ、慎也。お前も帰ってきたんだ?」
「ああ。昨日飲みすぎたから、今日はもういいやと思ってさ。一杯だけ飲んで帰ってきたよ。
お前も一杯くらい飲んでいけばよかったのに」
「いや、飲んじゃうと止まらなくなりそうだったからさ。いろいろやらなきゃいけないことがあるし。
で、帰るんだろ? 俺もそろそろ帰るつもりだったから途中まで一緒に行こうぜ」
そう言ってから、男は優司の方に向き直った。
「じゃあ、どうもありがとうございました!
いろいろ話せてスッキリしたし、なんか助かりました!」
「いえ、特に何もしてませんし」
「いやいや、そんなことないですって!
それじゃ、またどこかで会ったら、今度は酒でも」
「あ、はい。ど、どうも」
社交辞令とはわかりつつも、つい本気にしそうになり、軽く戸惑ってしまった。
が、すぐに落ち着き、軽く会釈をしながらニコリとする優司。
男も軽く会釈を返し、そのまま二人は駅とは逆方向へと歩いていった。
優司はベンチに座りながら、二人の去っていく姿をぼけーっと見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
「なんか、どこかで見たことあるね、彼。誰だっけ?」
優司との距離がある程度離れるや、すぐさま質問をした慎也と呼ばれる男。
「俺も、最初会った時にそう思ってたんだよ。
で、しばらく思い出せなかったんだけど、話してる途中にふっと思い出した」
「ん……? で、誰?」
「ほら、前にチラっと見たじゃん。あれが夏目だよ」
「えっ?
あ、あいつが……。
そうか、そういえばあんな感じだったな! どおりでどっかで見たことあると思った!」
「だろ?
俺も慎也も、今はあんまりホールで実際に稼動することがないから夏目とも遭遇する機会がなかったけど、一度だけ偶然見かけたんだよな」
「そうそう。偶然すれ違った時、ノブに教えてもらったんだよな。あれが今噂の夏目だ、って。
30万円賭けてのパチスロ勝負、ってのをやってんだろ?
で、バカみたいに勝ちまくってるって」
「うん」
「へぇ、彼がそうかぁ。
……でも、そうなってくると大変じゃん? 彼の最後のターゲット、真佐雄なんだろ?」
「……らしいね」
「名乗った?」
「いや、やめておいた」
「なんでだぁ?
名乗っちゃえばよかったのに。
『俺が神崎真佐雄だ~!』ってさ」
慎也と呼ばれる男は、茶化すようにそう言った。
近くの自販機から買ってきた水を、うずくまっている男に慌てて渡す優司。
緊急事態と思しき状況に、酔いはいくらか醒めていた。
「あ、ありがとう……ございます……」
そう言いながら、男はシート状の薬をポケットから取り出し、そこから一錠を手のひらに押し出して、その薬を口に入れてから水で流し込んだ。
(ん? デパス……?)
男が取り出したシートに記された薬の名前を、なんとなく読んでしまう優司。
「はぁ……はぁ……ふぅ…………」
相変わらず、男は苦しそう。
うずくまったまま動けず、落ち着きのない様子であちらこちらへ視線を這わせている。
しかし優司は、男の様子を見ていて、逆に段々と冷静になっていた。
「あの、とりあえずあそこのベンチに座りません?」
ゆったりとした口調でそう言い放った優司。
男は、苦しそうにしながらも小さく頷き、そのまま優司に肩を借りてベンチまで辿り着いた。
男をベンチに座らせた後は、そのまま黙って様子を見守る優司。
男も、うつむいたまま何も喋ろうとはしなかった。
そして、10分ほど経った頃だった。
「ふぅ……」
男は大きく深呼吸した後、おもむろに優司の方を向いた。
「どうも、ありがとうございます。助かりました」
にこやかな表情で、優司に感謝の意を示した。
「いえ……水を持ってきただけですし」
「それが凄い助かったんですよ」
そう言って、再びうつむき気味になり、ふぅーっと軽く息を吐いた。
「……パニック障害ですか?」
突如、優司が男に問いかけた。
男は、びっくりしたような顔をしながらもすぐに返事をする。
「そうなんですよ。よくわかりましたね?」
「あの、ウチの父親が医者なんですよ。心療内科の。
だから、イヤでも多少詳しくなっちゃって。
……さっき、デパス飲んでましたよね? デパスはベンゾジアゼピン系の中でも特にメジャーな薬で、軽い不眠とかでも簡単に医者が出すような抗不安薬だから、デパス飲んでるからって安易に病気の特定はできないんですけど、さっきの症状と併せて考えたらパニック障害が濃厚かな、と思って」
「はは……なるほど。
いや、ちょっと油断しちゃってて。最近は全然発作もなくて、予期不安もうまくコントロールできるようになってたつもりだったんですけどね。
でも、ここのところいろいろ忙しくて、今日も結構ハードなスケジュールで。
ストレスが溜まっちゃってたみたいです」
「なるほど。ストレスが一番の大敵って言いますもんね」
「ええ、そうみたいですね。
でも今は、自分で『ストレスがやばい』って分かってるだけいいですよ。
昔は苦労しましたから……。いきなり動悸とか吐き気とかめまいとか絶望感とかが一気に襲ってきて、その場から動けなくなっちゃいますからね。このまま死ぬんじゃないか、ってくらい苦しくて。
最初は、なんでこんなことになるのかの原因も全くわからなくて、かなり不気味でしたよ」
「最初はそれで思い悩む人が多いみたいです。突然激しい動悸が始まったりするから、心臓に何か異常があるんじゃないか、とか」
「やっぱり! 僕もそれは思いましたよ!
あの動悸はハンパじゃないし。
最初に発作が起こった時、心臓がパンクするかと思いましたもん。
パチスロ屋にいる時にいきなり発作が襲っ――」
ここで、男は不意に言葉を止めた。
なぜ不意に黙ったのかがわからず、男の顔を凝視する優司。
男も、優司の顔をジッと見つめている。
沈黙に耐えかね、優司が口を開く。
「あ、あの……どうしました?」
「……あ、いや、なんでもないです」
「……?」
不思議そうにしている優司に対し、男があたふたしながら話しだした。
「あっ、そ、そうそう! さっきの続きなんですけど、最初の発作にはびっくりしましたよ! 一瞬何が何やら、って感じで。
でも、今は発作のタイミングとか要因とかもわかってきてて、無駄に怯えることもなくなりましたからね。
ようやくこの病気とも上手いこと付き合えるようになれましたよ! 最初の頃は――」
男はそのまま、問わず語りを続けた。
優司は、「話すことで不安が緩和されるなら」という思いで、そのまま話を聞き続けた。
◇◇◇◇◇◇
「あれ? 何やってんの真佐雄」
二人が喋りだして10分ほど経った頃だった。
優司たちを見つけた一人の男が、ふと立ち止まって話しかけてきた。
優司が困惑していると、今の今まで自分と会話していた男が返事をした。
「おぉ、慎也。お前も帰ってきたんだ?」
「ああ。昨日飲みすぎたから、今日はもういいやと思ってさ。一杯だけ飲んで帰ってきたよ。
お前も一杯くらい飲んでいけばよかったのに」
「いや、飲んじゃうと止まらなくなりそうだったからさ。いろいろやらなきゃいけないことがあるし。
で、帰るんだろ? 俺もそろそろ帰るつもりだったから途中まで一緒に行こうぜ」
そう言ってから、男は優司の方に向き直った。
「じゃあ、どうもありがとうございました!
いろいろ話せてスッキリしたし、なんか助かりました!」
「いえ、特に何もしてませんし」
「いやいや、そんなことないですって!
それじゃ、またどこかで会ったら、今度は酒でも」
「あ、はい。ど、どうも」
社交辞令とはわかりつつも、つい本気にしそうになり、軽く戸惑ってしまった。
が、すぐに落ち着き、軽く会釈をしながらニコリとする優司。
男も軽く会釈を返し、そのまま二人は駅とは逆方向へと歩いていった。
優司はベンチに座りながら、二人の去っていく姿をぼけーっと見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
「なんか、どこかで見たことあるね、彼。誰だっけ?」
優司との距離がある程度離れるや、すぐさま質問をした慎也と呼ばれる男。
「俺も、最初会った時にそう思ってたんだよ。
で、しばらく思い出せなかったんだけど、話してる途中にふっと思い出した」
「ん……? で、誰?」
「ほら、前にチラっと見たじゃん。あれが夏目だよ」
「えっ?
あ、あいつが……。
そうか、そういえばあんな感じだったな! どおりでどっかで見たことあると思った!」
「だろ?
俺も慎也も、今はあんまりホールで実際に稼動することがないから夏目とも遭遇する機会がなかったけど、一度だけ偶然見かけたんだよな」
「そうそう。偶然すれ違った時、ノブに教えてもらったんだよな。あれが今噂の夏目だ、って。
30万円賭けてのパチスロ勝負、ってのをやってんだろ?
で、バカみたいに勝ちまくってるって」
「うん」
「へぇ、彼がそうかぁ。
……でも、そうなってくると大変じゃん? 彼の最後のターゲット、真佐雄なんだろ?」
「……らしいね」
「名乗った?」
「いや、やめておいた」
「なんでだぁ?
名乗っちゃえばよかったのに。
『俺が神崎真佐雄だ~!』ってさ」
慎也と呼ばれる男は、茶化すようにそう言った。
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