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揺れております
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知恵熱の所為で正しい判断が出来ていないのだろう。
揺れる気持ちを抱えたまま、ついシュシュに余計な事を言ってしまった。
託児所から帰り一目散に母親の枕元へと飛んで来た娘にウェンディはフラフラのボヤついた頭で告げた。
「……シュシュ……新しいお部屋が見つかったんだって……お引越し……どぉしよ……」
「くゆといっちょ?ぱぱ?」
「クルトくんともパパともバイバイ…かな……」
ぼんやりと娘の顔を見ながらぼんやりと呟く。
焦点が合っているようで合っていない目で見つめるシュシュの瞳がみるみるうちに潤んでいくのを見て、ウェンディはハッと我に返る。
「あ……ちが…バイバイという訳じゃ……」
慌てて否定するも既に遅く、シュシュは泣き出してしまった。
「うぇぇぇんっ!くゆとぉぉーっバイバイやー!ぱぁぱぁぁ!」
「ごめんシュシュ~…ママのうっかりさん……あ…ダメだクラクラする……」
「うわぁぁぁんっ」
大泣きするシュシュの声を聞きつけてデニスとクルトが飛んで来た。
「シュシュっ?」「どうしたっ?」
「くゆと~ふぇぇん……」
部屋に入って来たクルトにシュシュは駆け寄って抱きついた。
デニスは泣いているシュシュとベッドで横になりながら困り果てているウェンディを交互に見て察したようだ。
「あー……部屋の事を話したのか?」
「うん……ついうっかり…ちょっとどうかしてた……」
「元はと言えば俺の所為だよ」
大人二人の会話を聞いて、年齢よりもずっと聡いクルトが言った。
「へや?もしかしてウェンディおばさんひっこすの?」
「まだ決めた訳じゃ……」
「おわかれなんてむりだよっ、もうかぞくとしてくらしてるのに……ぼくとシュシュをひきはなさないでっ……!」
「うっ………」
子供の純真な目を向けられ切望されると辛い。
返事に詰まるウェンディにデニスが言った。
「さぁ、とにかく病人はゆっくりと寝て療養に努めるべきだ。クルトもシュシュも食堂へ行こう。夕食の支度が出来たとドゥーサが言っていたよ」
「……はい。いこう?シュシュ」
クルトは聞き分け良く返事をしてシュシュを促した。
シュシュはまだ涙で目を潤ませながらもしっかりとクルトと手を握り頷く。
二人が部屋を出て行くのを見ながらデニスがウェンディに言った。
「キミも今は何も考えずゆっくり休むんだ。後でスープを持ってくるよ」
「うん……ごめんなさい、ありがとう……」
力無くそう言うと、デニスはウェンディの額にそっと手を当ててそこから頭を撫でた。
その感触がくすぐったくて。安心出来て。
「……弱ってる時に優しくするのは反則よ……」
なんだか悔しくてウェンディがそう掠れた小さな声で抗議すると、びっくりするくらい優しげな眼差しを向けられた。
「絆されて欲しいからどんどん優しくしよう。狡くてごめんな?」
「ホントにずるいわ……あの噂が…なければ……絆されてしまいたくな…る………」
「噂?」
「………あなたと…………………」
そう言ってウェンディはまたうつらうつらと眠ってしまった。
「ウェンディ?」
穏やかな寝息をたてて眠るウェンディを見てデニスは思った。
噂、と確かにウェンディは言った。
あなたと…つまり自分と“何か”か“誰か”に関わる噂の事を言ったのだろう。
だがデニス自身に関する噂があるなど聞いていない。
そんな噂があるならそれを耳にした誰かから必ず話がある筈だ。
それがないという事は………。
「直接ウェンディの耳に囁く輩がいるという事だな」
デニスは何やら考え込む様にしてウェンディが眠る部屋を後にした。
知恵熱が下がり、過保護なデニスとドゥーサから床上げが許されて再び出仕ができるようになったのは五日後の事であった。
久しぶりに王宮へ行き驚いたのが今度は噂好きの文官風もしっかりと耳にしているという、筆頭侍従長令嬢の噂だった。
何故かウェンディの耳にだけ入っていた、デニスとお似合いだとメイドに噂されていたあの令嬢の事だ。
なんでも彼女が王子殿下を怒らせて専属侍女を辞めさせられたらしい。
令嬢は自由恋愛にて婚姻したいという前衛的な考えの持ち主だそうで、社会勉強の為に王宮に出仕したいと父親の伝手で第二王子の執務室侍女となったらしいのだ。
しかしその仕事そっちのけで複数の王宮勤めの男性にアプローチやモーションをかけ、トラブルを招いていたそうなのだ。
令嬢はとある王宮騎士の事を大まかに調べ、その騎士に恋人がいる事を知ると自身の友人のメイドを使ってその恋人の女性にだけ噂と称して不信感を抱かせるようなデマを耳に入れていたという。
それで仲違いをさせ二人が別れるよう画策したらしい。
あいにく令嬢の思惑は外れ、騎士と恋人は別れるどころか結婚を決めるという結果になったが、その事実を知った王子殿下がお怒りになり令嬢をクビにした……という顛末らしいのだ。
ーーそれって……私と一緒じゃない?
私だけの耳に入る噂をおかしいとは思っていたけど、そういうカラクリだったのね……。
令嬢に協力したメイド二人もクビになり、王宮を追い出されのだとか。
あな恐ろしや。
ウェンディは東方の書体でそう書きたくなった。
という事はだ。
デニスも単にその令嬢に狙われていた一人という事で、新たな出会いでのアバンチュールなんていう甘いものは存在しなかったという事になる。
ーーじゃあ私が熱を出す前に受けた告白はデニスの本当の気持ち……という事になるのよね……?
知りたい、知りたくないでもやっぱり……と思っていたデニスの本心を知ったウェンディ。
それに対して自分はどう答えるべきか。
答えは既に自分の中にあると自覚しているのだが、それをすんなりと受け入れて良いものかと考えてしまう。
ウェンディは平民だ。
祖父は一代限りの男爵位を持っていたそうだが、父もその娘のウェンディも平民なのだ。
対してデニスは子爵家当主。
今は爵位ばかりとなったとしても貴族は貴族だ。
かつて身分という壁により別れた経緯を考えるとまた同じ事の繰り返しとなってしまうのではないだろうか。
デニスはそれを意に介してしない様子だったけど……。
熱も下がったのだからもう一度ちゃんと話をしなくては。
ウェンディはそう思った。
「ホント、困ったものだこと……」
そうひとり言ちたその時、ウェンディの前に立ちはだかる人影が視界に入る。
「………?」
全く面識の無い一人のご令嬢。
何故かツンと冷たい眼差しでウェンディを見ている。
ウェンディの目の前に立ってウェンディを睨み付けているのだからウェンディに用があるのだろう。
「あの?どちら様でしょうか?」
初めて会う人間にこんなあからさまな敵意を向けられる覚えがないので、
とりあえずどこの誰なのかを訊ねるとその令嬢は忌々しげにウェンディに言った。
「あなた、少し図々しいのではなくて?」
「は?」
「あなたはベイカー卿の以前の職場の同僚だったそうじゃない?そのよしみでお付き合いしてるんでしょ?だからベイカー卿は私が交際を申し込んでも受けて下さらなかったんだわ!あなたに遠慮して!」
ウェンディはピンときた。
「貴女はもしかして、王子殿下にクビにされたというバート嬢ですか?」
「ク、クビじゃないわっ!もう来なくていいと言われただけよ!」
それをクビと言うのでは?とは面倒くさい事になりそうなので言わないでおいた。
「それで?私が邪魔だったからお友達を使って嘘の噂を私の耳に入るようにしたんですか?」
「なっ……どうしてそれをっ……」
「……他の方にも同じ事をされていたのなら分かりますよ普通」
「何よっ!あなた子供がいるんですって?それなのにベイカー卿に言い寄るなんてどういう神経しているのよっ」
「言い寄ってなんていませんけど?」
「嘘よっ!じゃなきゃベイカー卿のような方があなたみたいなコブ付き女を相手にするわけないじゃないっ!おかげで私はベイカー卿に相手にして貰えなくて仕方なく他の男性にもっ……」
「………」
この令嬢はあくまでも全てウェンディの所為にしたいらしい。
デニスが靡かないのも他の男性に目を付けたのも裏で小汚く細工をしたのもそれらがバレて王子殿下の怒りを買ったのも全て、ウェンディが元凶だと言いたいのだろう。
だからわざわざこうして面と向かって言ってきたのだ。
かなり理不尽な八つ当たりだが、その理不尽さに気付けないからこのような事態となっているのだろう。
頭が痛い……また熱が出て来そうだと思ったその時、
ウェンディの直ぐ後ろから声がした。
「誰がコブ付き女だと……?」
たった一言発した声だけで誰のものかすぐに分かる。
分かってしまう。
ウェンディが聞いた事もないような冷たい声だけれども。
「デニス……」
ウェンディが振り向くとそこにはやはりデニスが立っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回、最終話です。
もしかしたら恒例の文字数の暴力となるかも……?
揺れる気持ちを抱えたまま、ついシュシュに余計な事を言ってしまった。
託児所から帰り一目散に母親の枕元へと飛んで来た娘にウェンディはフラフラのボヤついた頭で告げた。
「……シュシュ……新しいお部屋が見つかったんだって……お引越し……どぉしよ……」
「くゆといっちょ?ぱぱ?」
「クルトくんともパパともバイバイ…かな……」
ぼんやりと娘の顔を見ながらぼんやりと呟く。
焦点が合っているようで合っていない目で見つめるシュシュの瞳がみるみるうちに潤んでいくのを見て、ウェンディはハッと我に返る。
「あ……ちが…バイバイという訳じゃ……」
慌てて否定するも既に遅く、シュシュは泣き出してしまった。
「うぇぇぇんっ!くゆとぉぉーっバイバイやー!ぱぁぱぁぁ!」
「ごめんシュシュ~…ママのうっかりさん……あ…ダメだクラクラする……」
「うわぁぁぁんっ」
大泣きするシュシュの声を聞きつけてデニスとクルトが飛んで来た。
「シュシュっ?」「どうしたっ?」
「くゆと~ふぇぇん……」
部屋に入って来たクルトにシュシュは駆け寄って抱きついた。
デニスは泣いているシュシュとベッドで横になりながら困り果てているウェンディを交互に見て察したようだ。
「あー……部屋の事を話したのか?」
「うん……ついうっかり…ちょっとどうかしてた……」
「元はと言えば俺の所為だよ」
大人二人の会話を聞いて、年齢よりもずっと聡いクルトが言った。
「へや?もしかしてウェンディおばさんひっこすの?」
「まだ決めた訳じゃ……」
「おわかれなんてむりだよっ、もうかぞくとしてくらしてるのに……ぼくとシュシュをひきはなさないでっ……!」
「うっ………」
子供の純真な目を向けられ切望されると辛い。
返事に詰まるウェンディにデニスが言った。
「さぁ、とにかく病人はゆっくりと寝て療養に努めるべきだ。クルトもシュシュも食堂へ行こう。夕食の支度が出来たとドゥーサが言っていたよ」
「……はい。いこう?シュシュ」
クルトは聞き分け良く返事をしてシュシュを促した。
シュシュはまだ涙で目を潤ませながらもしっかりとクルトと手を握り頷く。
二人が部屋を出て行くのを見ながらデニスがウェンディに言った。
「キミも今は何も考えずゆっくり休むんだ。後でスープを持ってくるよ」
「うん……ごめんなさい、ありがとう……」
力無くそう言うと、デニスはウェンディの額にそっと手を当ててそこから頭を撫でた。
その感触がくすぐったくて。安心出来て。
「……弱ってる時に優しくするのは反則よ……」
なんだか悔しくてウェンディがそう掠れた小さな声で抗議すると、びっくりするくらい優しげな眼差しを向けられた。
「絆されて欲しいからどんどん優しくしよう。狡くてごめんな?」
「ホントにずるいわ……あの噂が…なければ……絆されてしまいたくな…る………」
「噂?」
「………あなたと…………………」
そう言ってウェンディはまたうつらうつらと眠ってしまった。
「ウェンディ?」
穏やかな寝息をたてて眠るウェンディを見てデニスは思った。
噂、と確かにウェンディは言った。
あなたと…つまり自分と“何か”か“誰か”に関わる噂の事を言ったのだろう。
だがデニス自身に関する噂があるなど聞いていない。
そんな噂があるならそれを耳にした誰かから必ず話がある筈だ。
それがないという事は………。
「直接ウェンディの耳に囁く輩がいるという事だな」
デニスは何やら考え込む様にしてウェンディが眠る部屋を後にした。
知恵熱が下がり、過保護なデニスとドゥーサから床上げが許されて再び出仕ができるようになったのは五日後の事であった。
久しぶりに王宮へ行き驚いたのが今度は噂好きの文官風もしっかりと耳にしているという、筆頭侍従長令嬢の噂だった。
何故かウェンディの耳にだけ入っていた、デニスとお似合いだとメイドに噂されていたあの令嬢の事だ。
なんでも彼女が王子殿下を怒らせて専属侍女を辞めさせられたらしい。
令嬢は自由恋愛にて婚姻したいという前衛的な考えの持ち主だそうで、社会勉強の為に王宮に出仕したいと父親の伝手で第二王子の執務室侍女となったらしいのだ。
しかしその仕事そっちのけで複数の王宮勤めの男性にアプローチやモーションをかけ、トラブルを招いていたそうなのだ。
令嬢はとある王宮騎士の事を大まかに調べ、その騎士に恋人がいる事を知ると自身の友人のメイドを使ってその恋人の女性にだけ噂と称して不信感を抱かせるようなデマを耳に入れていたという。
それで仲違いをさせ二人が別れるよう画策したらしい。
あいにく令嬢の思惑は外れ、騎士と恋人は別れるどころか結婚を決めるという結果になったが、その事実を知った王子殿下がお怒りになり令嬢をクビにした……という顛末らしいのだ。
ーーそれって……私と一緒じゃない?
私だけの耳に入る噂をおかしいとは思っていたけど、そういうカラクリだったのね……。
令嬢に協力したメイド二人もクビになり、王宮を追い出されのだとか。
あな恐ろしや。
ウェンディは東方の書体でそう書きたくなった。
という事はだ。
デニスも単にその令嬢に狙われていた一人という事で、新たな出会いでのアバンチュールなんていう甘いものは存在しなかったという事になる。
ーーじゃあ私が熱を出す前に受けた告白はデニスの本当の気持ち……という事になるのよね……?
知りたい、知りたくないでもやっぱり……と思っていたデニスの本心を知ったウェンディ。
それに対して自分はどう答えるべきか。
答えは既に自分の中にあると自覚しているのだが、それをすんなりと受け入れて良いものかと考えてしまう。
ウェンディは平民だ。
祖父は一代限りの男爵位を持っていたそうだが、父もその娘のウェンディも平民なのだ。
対してデニスは子爵家当主。
今は爵位ばかりとなったとしても貴族は貴族だ。
かつて身分という壁により別れた経緯を考えるとまた同じ事の繰り返しとなってしまうのではないだろうか。
デニスはそれを意に介してしない様子だったけど……。
熱も下がったのだからもう一度ちゃんと話をしなくては。
ウェンディはそう思った。
「ホント、困ったものだこと……」
そうひとり言ちたその時、ウェンディの前に立ちはだかる人影が視界に入る。
「………?」
全く面識の無い一人のご令嬢。
何故かツンと冷たい眼差しでウェンディを見ている。
ウェンディの目の前に立ってウェンディを睨み付けているのだからウェンディに用があるのだろう。
「あの?どちら様でしょうか?」
初めて会う人間にこんなあからさまな敵意を向けられる覚えがないので、
とりあえずどこの誰なのかを訊ねるとその令嬢は忌々しげにウェンディに言った。
「あなた、少し図々しいのではなくて?」
「は?」
「あなたはベイカー卿の以前の職場の同僚だったそうじゃない?そのよしみでお付き合いしてるんでしょ?だからベイカー卿は私が交際を申し込んでも受けて下さらなかったんだわ!あなたに遠慮して!」
ウェンディはピンときた。
「貴女はもしかして、王子殿下にクビにされたというバート嬢ですか?」
「ク、クビじゃないわっ!もう来なくていいと言われただけよ!」
それをクビと言うのでは?とは面倒くさい事になりそうなので言わないでおいた。
「それで?私が邪魔だったからお友達を使って嘘の噂を私の耳に入るようにしたんですか?」
「なっ……どうしてそれをっ……」
「……他の方にも同じ事をされていたのなら分かりますよ普通」
「何よっ!あなた子供がいるんですって?それなのにベイカー卿に言い寄るなんてどういう神経しているのよっ」
「言い寄ってなんていませんけど?」
「嘘よっ!じゃなきゃベイカー卿のような方があなたみたいなコブ付き女を相手にするわけないじゃないっ!おかげで私はベイカー卿に相手にして貰えなくて仕方なく他の男性にもっ……」
「………」
この令嬢はあくまでも全てウェンディの所為にしたいらしい。
デニスが靡かないのも他の男性に目を付けたのも裏で小汚く細工をしたのもそれらがバレて王子殿下の怒りを買ったのも全て、ウェンディが元凶だと言いたいのだろう。
だからわざわざこうして面と向かって言ってきたのだ。
かなり理不尽な八つ当たりだが、その理不尽さに気付けないからこのような事態となっているのだろう。
頭が痛い……また熱が出て来そうだと思ったその時、
ウェンディの直ぐ後ろから声がした。
「誰がコブ付き女だと……?」
たった一言発した声だけで誰のものかすぐに分かる。
分かってしまう。
ウェンディが聞いた事もないような冷たい声だけれども。
「デニス……」
ウェンディが振り向くとそこにはやはりデニスが立っていた。
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次回、最終話です。
もしかしたら恒例の文字数の暴力となるかも……?
応援ありがとうございます!
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