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さわこさんと、いろんな顔

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 先日、利き酒をおこなった居酒屋さわこさんなのですが、思った以上に好評でした。

 正確に言いますと、私の世界でよく行われている利き酒とはちょっと……いえ、かなり違うものになっていたのですが……

 本来ですと、口にお酒を含んでその味や香りを楽しむのが利き酒なのですが、こちらの世界で行われた利き酒は、ひたすらたくさんの種類のお酒をひたすらたくさん飲んでひたすらたくさん楽しくなろうといった趣向でおこなわれた次第でございます。

 閉店時間を過ぎても続いたこの利き酒ですが……私もとっても楽しい時間を過ごすことが出来ました。

 その夜、閉店後に行っている晩酌の席でも、

「さわこ、今夜のような利き酒すごく楽しかったわね。またやってみてもいいんじゃないかしら?」
「うん……私もそう思う」
 バテアさんとリンシンさんからそんな意見が出たほどです。
 楽しいことが大好きなバテアさんはともかく、いつものんびりお酒を飲むのが大好きなリンシンさんまでそうおっしゃられたのですから……よほど楽しく感じておられたんでしょうね。

 正直に申し上げますと……何種類ものお酒をたくさん飲まれてしまいますと、途中からお酒に味がわからなくなってしまって、なんでもいいから飲めればいい……と、なってしまいかねませんので、あまり好きではないのですが……

 今回利き酒に参加してくださった皆様は、一杯ずつしっかり味わってから飲まれていまして、

「うん……このお酒は一番辛いな」
「これはすっごくまろやかねぇ」

 といった具合に、終盤になってもしっかり味についてご理解なさっておいでのようでしたし……そうですね、これなら心配しなくても大丈夫かな。


 このように、この世界の方々はとてもお酒の飲み方がスマート、と申しますかあまり酔っ払って大虎になってしまうような飲み方をなさるお方はお見かけいたしません。
 そのことを冒険者のリンシンさんにお話してみましたところ、

「……うん。だって、泥酔して暴れたらお気に入りのお店を出入り禁止になっちゃうし……」

 そう教えてくださいました。

 なんでも、この世界では荷物の心配をしないで安心してお酒を飲めるお店というのは貴重なんだそうです。

 お店によっては腕っ節自慢の方々が常にたむろなさっていて、新顔の冒険者の方がやってくるとわざと喧嘩を仕掛けて総出でフルボッコにして有り金を巻き上げる……なんてことをなさっている方々もいるんだとか……

「その点、さわこさんのお店は安心なんだよね。何しろバテアがいるからさ」
「はい? バテアさん?」
 ツカーサさんの言葉に、私は思わず首をひねってしまいました。

 バテアさんですよ。

 いつも優しくて楽しくて、怒った姿なんて私がさらわれた際に、さらった相手に対して怒られた時くらいしか記憶にない、あのバテアさんです……

「そっか、さわこさんは知らないか……いえね、バテアってば魔法道具のお店をやってるじゃない?」
「えぇ、今もなさっておいでですけど……」
「この街にやってきてあのお店を始めてすぐの頃ってさ、結構ならず者とかが顔を出していたわけ……で、バテアがどうしたと思う?」
「……えっと……優しく注意をなさった!」
「あはは~んなわけないじゃない、バテアってばね」
「うんうん、アタシがなんだって?」
「げ!? ほ、本人!?」

 私とツカーサさんがお話していると、いつの間にかバテアさんがその横に寄ってこられていたのでした。
 その姿に気がついたツカーサさんは、見るからに同様なさっておいでです。
 一方のバテアさんが、楽しそうに笑っておいでなのですが……私にはわかります……目が……目が笑っていません。あれは、あれです……虎の目です……

「で? ツカーサぁ、アタシがどうしたって?」
 クスクス笑いながらツカーサさんの肩に腕を回すバテアさん。
 そんなバテアさんの前で、ツカーサさんは、
「ハイヤサシクチュウイヲナサイマシタ……」
 と……不自然過ぎるくらい不自然な感じで、先ほど私が口にした言葉をオウム返しなさったのでございます。

 その後、お昼用の握り飯弁当を購入なさってから、まるで逃げるようにしてお店を後になさっていったツカーサさん。
 その後ろ姿を見送った私は、改めてバテアさんへ視線を向けました。

「それで……本当はどうだったのですか、バテアさん?」
「……気になる?」
「ん~……ちょっと」
 私が、右手の人差し指と親指の間を少しだけあけて、にっこり微笑むと、バテアさんはクスクス笑いながら
「そうねぇ……ちょっと厳しめに魔法で注意した、って言っておこうかしら」
「魔法で……ですか? でも、バテアさんは攻撃魔法は……あ」

 ここで私はあることに思い当たりました。

 バテアさんは、確かに攻撃魔法は苦手になさっておいでです。
 その代わり、得意になさっているのが【転移魔法】でございます。

 ……例えば、お店で暴れそうになっているお客さんがいたら、転移魔法ですっごく遠くにとばしちゃうとか……

「ふふ……さわこってば、時々勘が鋭いのよね……普段は天然なのに」
「あ、ひどいです! 少し気にしてるんですから、それ!」
「あら? 天然ボケの自覚はあったんだ」
「小学校の頃から散々言われ続けていますもの、そりゃありますよ」
「ふふ……ごめんごめん、じゃあ、次からは言わない代わりに、本当の理由も内緒にしておくわね」
「……ちょっとずるくありません?」
「ふふ……まぁいいじゃない。今更語りたくないことだってあるものよ……特に、親友に聞かれたくない話とか、さ……」
 そう言うと、バテアさんは私に向かってにっこり微笑みました。

 親友……

 その言葉に、なんだかすごく嬉しくなってしまった私。
「そうですね、そういうことなら了解しました」
 笑顔でバテアさんにお応えした私。
 そんな私に、バテアさんも笑顔を返しながら、
「じゃ、この話はここまでにして……何か飲むものでももらえないかしら?」
 そう言われました。

「まだお昼ですし、お酒はだめですよ」
「そうねぇ……確かに、今日は昼間っから飲む気分じゃないかしら」
「じゃあ、暖かいお茶でもいれましょうか」
「そうね、それでお願いするわ」

 そう言うと、バテアさんはカウンター席に座ってお店の外へと私船を向けられました。

 春の日差しが、バテアさんの顔を照らしています。
 その横顔は、まるでいつものバテアさんではないような感じに見えました。

 そうですね……人には、いくつもの顔があって当たり前です。
 それは、それだけ一生懸命頑張ってきた証でもあるわけですもの。

 私の知らないバテアさんも、当然たくさんいるわけです。

 そのことに思いをはせながら、私はお茶っ葉を軽く炭火で炙っておりました。

ーつづく
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