おや? 婚約者の様子が……

りんごちゃん

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 隣国からルバーニ殿下が来た、らしい。
 こっそりアーノルドが教えてくれたことなので、らしい、とついてしまう。
 相変わらず毎晩のオスカー様の訪れは止まっていない。それどころか激しさを増していて、道具を使われるまであともう少しって気がしてとても怖いです。お尻の穴とか絶対使いたくない。スライムとか、さすがに無理。

「姉上、おはようございます。殿下からパーティーのことはお聞きになりましたか?」
「おはよう。聞いてないわ……」

 ふわぁ、とあくびをしながらアーノルドの質問に答える。
 昨夜もやってきたオスカー様にほとんど朝まで貪られて起きたのはお昼を少し過ぎた今。

「おはよう、ソフィア」
「お父様。おはようございます。いらっしゃったの?」
「今日は仕事が休みでな」

 あら、珍しい。それにしたって、私がこんなに遅くに起きたことには誰もなにも言わないんだ……。なんだかそれがとても複雑です。
 最近はいつものことだし、かといってなにか言われてもオスカー様に言ってくださいとしか言えないんだけど。

 そろそろパーティーか。これでやっとオスカー様の暴挙も止まるんだ。
 まだ結婚前の年頃の娘に淫語を喋らせて興奮するなんて、よくないと思う。でもまあ監禁生活に戻れば落ち着く……はず。それを信じて進むしか道はないのだ。
 遅過ぎる朝食を食べながら、ちらりと時計を確認する。

「今日は出掛けられるかしら……」

 久し振りに外の空気が吸いたいな、という軽い気持ちでそう呟くと、ガタガタッとお父様とアーノルドが勢いよく立ち上がった。

「なにを言ってるんですか、姉上!」
「そうだぞ、ソフィア! お前を一人で街に行かせたなど知られたら、知られたら……!」

 なにげなく言った言葉なのに、焦る二人にタジタジになる。お父様にいたってはガタガタと震えている。
 まって。なんでそんなに恐ろしい顔をしてるの? 普通だよね? 街に行きたいって普通の欲求だよね? 実際よく行ってたよね?

「アーノルド? お父様?」
「私が一緒に行っても絶対お叱りを受けるし……」
「だからといって護衛をつけさせても、男と一緒に行くなんてとお怒りになるに違いない……」
「もしもーし」
「そもそもバレないようになんて絶対に無理だ」
「どこからかソフィアが街に出たという情報を掴んでくるに違いない」
「ねぇ、二人の中でオスカー様はどんな存在なの?」
「絶対に姉上を家から出しちゃダメだ」
「とばっちりを食らうのは我々だな」
「ねぇ」

 うんうんと二人でうなずき合って結論を出すんじゃない。
 私の意見も少しは聞いて欲しい。今までだったらそんなこと言わなかったのに。私が監禁されてる間にずいぶんと過保護になってない?

「ルボス王国の第二王子殿下が帰ってしまったらこうして家にいることもないのよ。たまには外に出ても……いいえ、いっそ領地に帰ってもいいじゃない」
「おまえは我が領地を焼け野原にするつもりか!」
「姉上は領民を不幸にするおつもりですか!」
「そんなつもりは……」
「おまえがなくとも殿下のことだ。『帰る家がなくなればソフィーも帰りたがらないよね』などと言い、ソフィアの帰る家を破壊するに違いない」
「それどころか姉上のためなら領民を人質にすることだって辞さないお方ですよ。殿下を狂王になどなさらないでください!」

 そんなことをする可能性のある今の時点で、オスカー様が狂王だっていう可能性があることを理解してほしい。本当に。あと、お父様はオスカー様の声真似が上手ですね。
 とりあえず二人がオスカー様をどう思っているかは置いといて。
 私が結婚したらを考えてほしい。本当に監禁生活の始まりなのに。確かに王妃の公務として、孤児院への訪問(オスカー様付き)、晩餐会への出席(オスカー様付き)、夜会の主催(オスカー様付き)、街への視察(オスカー様付き)は行われる。やっぱり全て(オスカー様付き)が大前提。
 唯一お茶会は女の園だからオスカー様がいらっしゃらないだろうけど、信用できる友以外とのお茶会はマウントを取るか取られるか。窮屈なものになる。
 オスカー様と一緒なのは苦痛じゃない。けど、今は結婚前の束の間の自由の時間。
 ちょっと街に出るくらいいいじゃない、別に。護衛を連れて行かないなんて言ってないし。

「姉上はおとなしく家に篭っていてください!」
「護衛を連れて行けば……」
「おとなしく殿下が夜に来るのを待っていてください!」

 家族公認の夜這いなんて嫌すぎるんだけど。
 というか、やっぱりオスカー様が私の部屋に来てたことバレてたんだ。ということはあんなことやそんなことをしてたこともバレてるわけで。
 なんだろう。すごく辛い。泣きそうだ。心が痛いです。

「夜は外に出られないじゃない……」
「姉上は街に行ってなにがされたいんですか?」
「なにって……」

 特になにも考えてないけど、街に出たい。
 そもそもオスカー様のところでは鎖で繋がれ監禁、家に帰ってからも身体は自由とはいえほとんど軟禁状態。
 引きこもり体質の私でもなんでもいいから外に出たい欲求が出てくるに決まってる。
 とはいえそんなことを言ったら……。
「姉上の我儘で平民を危険に晒すつもりですか!」
 私の中のアーノルドが叫んでた。
 でも、待って、私の中のアーノルド。オスカー様は私がただ街に行きたいからと言って平民を危険に晒すような人ではないはず。だから別に本当のことを言っても……。

「孤児院の様子をこの目で見たいからよ」
「ああ、姉上が特に気にしている孤児院ですね」
「ええ、そうよ」

 本当のことを言ってもいいはずなのに、私の口から出たのは違う言葉だった。おかしい。
 けれど、ほら。孤児院に行きたいのも本当だから嘘じゃない。嘘じゃないったら嘘じゃない。
 私が様子を見たい孤児院は、ゲームの中だと私に潰される孤児院だ。
 確か攻略者の一人であるゼルビスがいた孤児院だった。護衛であり自分の所有物であるゼルビスの執着が自分以外のものにあることが気に食わなくて潰した、っていう設定だった。
 それが原因でゲームの私はゼルビスに裏切られて売られました。どこのルートでも私を娼館に連れて行くのはゼルビスだった。
 それを回避するために孤児院の後ろ盾になりました。でも絶対あの孤児院って、ゲームの中の私が潰さなくてもそのうち潰れてたと思う。だって経営ガバガバだったもん。予算が少ないくせに孤児を際限なく受け入れるから、ギリギリの経営。ゼルビスの支援があっても足りないくらい。
 あのシスターは人が良すぎるのが問題ね。しかも孤児院を卒業して職についても、あの孤児院に寄生する子がいて、それを見て成長するから職についても孤児院に戻ってきていいものだと考える子が増える。悪循環。

「あそこは孤児たちにとっては楽園ですからねぇ。けど、甘やかしすぎるのもどうかと思いますよ、姉上」
「甘やかしてるつもりはないわよ。最低限のことしかしてないわ。貴族に寄生しては彼らは生きていけないもの」

 ちなみに別にその孤児院だけに寄付してるわけじゃない。他にも寄付してるところはある。けど、特に目をかけてるのがそこなだけ。
 だって、あそこが潰れたら娼婦ルートになる可能性があるんだよ? 恐ろしい……。

「ま、城に行ってからは一度も行ってなかったから、たまには様子を見に行くのもいいかと思って。そう思わない? お父様、アーノルド」
「思わないな」
「全く思いません」

 優雅に微笑んで二人に訊ねると、ばっさりと切られた。
 私が想像した流れと違うのだけど。

「普通そこはそう思う、ってなるところじゃないの?」
「殿下がお前に執着を露わにする前ならそうかもしれんが、執着を隠す気もない殿下を前によくそうなると思ったな」
「姉上は監き、城で蜜月を過ごしてる間に殿下の恐ろしさを理解できなかったのですか?」

 監禁って、監禁って言おうとした。アーノルド、監禁って言おうとした!
 言い直したけど、言いたかった言葉はわかってしまった。酷くない?

「じゃあわたくしはどうすればいいのよ!」
「外に出るな」
「殿下の訪れを待ってください」
「それが家族に言う言葉なの!?」
「仕方ないでしょう。殿下に逆らえばこの家はすぐに没落ですよ」
「アーノルド、それは違う。そうなればソフィアが王太子妃になれぬからな。おそらく殿下の息がかかった者に家を乗っ取られるだけだ。そして我々は幽閉か処刑か……」
「お父様もアーノルドも、オスカー様のことをどう思ってらっしゃるの……?」

 真剣にそんなことを考えないでほしい。私も怖くなるから。
 オスカー様を信じたいのに、二人がオスカー様への不信を助長させる。そういうのどうかと思う。一応婚約者なんだけど。婚約者に恐怖いっぱいとか、よくないと思うの。
 私の問いに明確な答えは出さずにただ目をそらすだけの二人。怖いから私もなにも言わない。とにかくお父様もアーノルドも、オスカー様を危険視してることは理解した。理解したくないけど、理解した。

「……わかったわ。なら、オスカー様から許可がいただければ、外に行ってもいいのね?」
「ああ、いいぞ」
「ええ、もちろんです」

(取れるものならな)

 そんな二人の副音声が聞こえたけど、私は負けない。
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