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百鬼夜行

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相手を屈服させるには、殴る蹴るなどの暴力を加えたり、「逆らったらどうなるのか、分かってるのか!」とか「殺すぞ」などの恫喝が一般的だろう。だが、私はそういうやり方が嫌いだから、媚薬に頼る。
媚薬を飲んだ灰色と三尾をからませるのは、容易だった。知っていることを話して、少し楽になったのも、あるだろう。三尾は人間の姿になり、その豊満な乳房を灰色にこすり合わせて快楽を得ていた。灰色も、媚薬で過敏な肌を三尾に触れられて、ビクビクと何度もイッていた。
彼女たちを繋ぐ鎖は、王妃を襲わせないためのものだったので、彼女たちが絡み合うには充分な長さがあった。そして、私がこっそりと振りまいた媚薬の香りに惑わされて、そばにいた一尾の狐たちも人間になり、近くの相手と卑猥な行為を始めていた。燃やして香りを漂わせる媚薬香ではなく、揮発性の高い酒と混ぜ合わせてビンの蓋を外したら強く匂いが拡散されるように改良した新商品だ。酒の匂いを嗅いだだけで酔う人がいるように、媚薬の匂いを嗅いだら即興奮するようにしたものだ。風魔法を使い、王妃の方に匂いが行かないように調節はしている。
媚薬に酔うようにキツネたちが人間に化けて、近くの相手と絡み合う。
さすがの王妃も、目の前で急に始まった彼女たちの乱交に一瞬食事の手が止まったが、私と視線が合うと察してニタリと笑って、新しい食事と酒を女官に運ばせた。彼女の国を傾けさせようとした狼藉ものたちの末路として、文字通りメシウマのようだった。
私は、王妃の前で片膝をついて、詫びた。
「お見苦しいようでしたら、すぐにやめさせますが?」
媚薬の効果を打ち消す気付け薬を私はもっている。
「いえ、このままでいいわ。で、この乱交が終わった後は?」
「心身ともに疲れ切って、心の底からもう二度とこの国で人間相手に不届きなことをしようとは考えないでしょう」
「それは、素晴らしいわね」
ドン引きする妹姫を気にせず王妃はニコニコと食事を楽しんでいた。が、そこへ弟くんが、申し訳なさそうに私に近付いてきた。
「すみません、師匠、敵が来ます」
「見えたの?」
「はい」
彼が時読みの指南を受けていたことは私も知っている。だが、彼女に指導されたからと言って、そう簡単に未来が読めるものではないが、弟くんはその読みに自信があるようだ。
「見たことないバケモノたちが、この王都に攻めて来ます」
私に化けて王宮を出た二股のクロは戦場に向かう途中で、二股になりかけの二匹の使い魔と合流し、彼らを偽姉弟に化けさせて、私たち一行が王都から完全に離れたように欺瞞していた。つまり、王妃のそばに厄介な魔女がいないという欺瞞に引っ掛かって、九尾は王都の王妃を狙いに来たようだ。九尾は隣国を裏で操って戦争を起こし、そっちに目が行き、私が王都にいない隙に王妃を襲い、王妃に化けてすり替わって、民衆を扇動し、国を挙げての魔女狩りをすれば、私なんて邪魔者すぐに火あぶりにできると思っているのかもしれない。
「君は、たくさん修行したわね? ひとりでやれる?」
「・・・や、やれます」
ちょっとだけ迷ったが、弟くんははっきり頷いた。
「じゃ、任せるわ。いざとなったこの香水を地面にぶちまけて、あいつを呼び出しなさい。誰を呼び出すかは、わかるわね」
私の契約している悪魔が好きな香水の小瓶を彼に渡す。
修業した今の弟くんなら、魔法陣などのお膳立てがなくてもあいつを呼び出せるだろう。
それに、あいつだって、こっちを見ているはずだ。面白そうと思って喜んで出て来るだろう。そういう悪魔だ。
「じゃ、任せた」
「はい、行ってきます」
彼は勇んで私の前から去った。
すると、義姉もついて行こうとする。
「ちょっと、わかってると思うけど・・・」
「はい、見守るだけにします。あの子が危なそうになったら、助けてもいいですよね?」
「その辺の判断は任せるわ。ふたりとも、生きて帰って来なさい。いいわね」
「はい、師匠」
彼女は、元師匠の灰色をちらりとだけ見て、弟くんの後を追いかけた。

その頃、忍びと槍使いのメイドたちは、馬を乗りつぶしては乗り換えて、戦場に急いでいた。忍びの一部は馬には頼らず、自分の足で槍使いの馬と並走していた。
王都が九尾たちに襲われているとは知らずに、彼らは戦場を目指していたのだ。いや、私ではなくクロが同行しているの時点で、佐助あたりは、私が何を狙っているか察しているかもしれない。

弟くんは、まず高級娼館を訪れ、そこの女主人に会っていた。
「なに? この私にこの王都を守れと?」
美しい吸血鬼が口元を歪めていた。
「はい、敵は遥か東方の妖怪ども。そんな余所者に好き勝手されては、あなたも迷惑なんじゃないですか?」
「それは、そうだけど、君は媚薬売りの弟子だろ? 媚薬売りにそう言えと言われたのか?」
「いえ、いざというとき頼るのは師匠が契約している悪魔で、あなたではありません。ですが、あなたが、東方の妖怪たちと戦っている姿が見えたので、どうせなら、手分けしたほうがいいかなと」
「手分け?」
「はい、この売春街のある王都の西側をお任せします、僕は反対の東を」
「戦ってもいいけど、この自分の店を守るので手一杯になるかもしれないわよ。それでもいい?」
「構いません。それで十分です。この王都を守る兵もいるでしょう。討ちもらしは彼らに任せればいいと思います」
「なるほど、媚薬売りを煙たがり追い出した連中の住む街をそんなに必死で守る義理はないってところかしら」
「でも、何もせずに見殺しにすると、師匠の悪評につながるでしょう。もしくは、師匠が、東方の妖怪を招き入れたという根の葉もないうわさが広がるかもしれません」
「ふふふ、あの媚薬売りなら、そう考えそうね」
吸血鬼は、苦笑していた。
「いいわ、この辺りは私が守ってあげるわ。自分の縄張りだしね」
目の前の女装坊やに言われるまでもない。この辺りを仕切っているのは自分だという自負は、吸血鬼にはあった。
「それにしても、随分成長したわね、立派な媚薬売りの弟子じゃない」
彼女は、媚薬売りの弟子になったばかりのオドオドした弟くんを知っていた。
それが今日は、吸血鬼を前に堂々と言いたいことを口にしていた。
こちらの機嫌を損ねて、血を吸われるかもとビクビクしていた姿が懐かしい。
「では、お任せします」
彼は一礼して、吸血鬼の前を去った。
敵襲は、都合がいいことに夜だった。王宮で三尾と灰色から情報を聞き出した後、弟くんが娼館を訪れから、すぐに
妖気を感じた。明らかに、こちらのバケモノとは違う気配だった。
百鬼夜行、雷神風神らしい鬼を先頭に唐傘お化け、一反木綿、カッパ、ろくろ首、大入道など、東方の妖怪が群れとなって王都に向って歩いていた。
「確かに観たことないバケモノね。あんたたちが妖怪ってやつ?」
吸血鬼が、その先頭の行く手を塞ぐように立っていた。
「見た目は、おどろおどろしいけど、怖さは感じないわね。幻術?」
吸血鬼はひょいと飛んで、先頭の雷神の顔面を蹴った。
一瞬で吹っ飛び、ドロンと化けの皮が剥がれて、一匹の狐が地面に転がった。
「なんだい、やっぱり、雑魚かい」
強そうな鬼に化けていても、その一蹴りで簡単に化けの皮が剥がれる化け狐で、そうと分かれば、吸血鬼は次々とその化けている妖怪たちを蹴り飛ばして、ただの狐に戻していた。
途中からは、蹴られる前に自分から化けるのを解いて逃げ出すキツネもいた。
見た目強そうな妖怪に化けられても、中身まで強くなるわけではないようだ。
そうして、西側に迫った妖怪たちをあらかた退散させると、彼女は東の手伝いに向かった。
だが、彼女が見たのは屋根の上で呆れている悪魔の姿だった。
「あら、あなたも来てたの?」
「ええ、ちょとおもしろそうな感じがしたから、様子を見に来たんだけど。私の出る幕はなかったわ」
「へぇ」
悪魔の視線を追うと、王都の広い通りに、ひとりポツンと立つ弟くんが見えた。
「何が起きたの?」
悪魔の目には、あの妖怪たちがハッタリだと見えていた。そこで、その圧倒的に思える妖怪たちに怯えた弟くんをかっこよく、サッと助けるつもりで見守っていたのだが、悪魔の出番はなく、妖怪たちは一瞬で殲滅させらっれていた。
「なんかすごい数の妖怪が彼に迫って、あ、そろそろ私の出番かなとタイミングを計っていたら、地面がパカンと割れて、その割れ目にみんな落ちて、またパカンと地面が閉じて、御覧の通り一瞬で妖怪たちを一人で殲滅しちゃったのよ」
「あら、媚薬売りって、そんな魔法得意だったかしら」
吸血鬼も首をひねる。媚薬作り以外に魔女としてそれなりに魔法が使えることは知っているが、そんな大地を裂く魔法を教えられるとは思えない。吸血鬼と悪魔が首を傾げていると、彼を見守っていた義姉がふわりと風の魔法に乗って吸血鬼と悪魔の前に現れた。
「いえ、師匠の魔法ではありません、空間の隙間に物を収納する魔法と、時読み様の落とし穴を作ったりする土魔法を覚えて自分なりに組み合わせて工夫したのが、あの魔法みたいです」
「媚薬売りと時読み、つまり、あの子は二人の魔女に教えてもらって、それを自分で工夫して強くなってるっこと?」
「はい、あと、師匠が、彼の魔力を上げる薬を飲ませたりしてました。それで、あんな魔法を取得できたかと」
「なるほど、あの子、媚薬売りの薬で肉体改造をされてるんだ」
吸血鬼は純粋に感心していた。
それなりに強くなっていたから、彼女を前に堂々としていたわけだ。
彼が、屋根の上に集っていた偽姉たちに気づいてもう大丈夫と言わんばかりに手を振っていた。
こちらも手を振り返す。
こうして、狐が化けた見掛け倒しの百鬼夜行は一夜であっさりと壊滅した。
もし、吸血鬼が苦手な人々が起きている時間に百鬼夜行が行われていたら、混乱した人々が邪魔で、こうは簡単に制圧できなかったかもしれないが、とにかく、吸血鬼と媚薬売りの弟子の活躍で、その夜の王都の平和は守られた。





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