嘘つきな獣

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 翌日、セシルが久し振りにシャロンの元を訪れた。 
 しかし何を喋る訳でもなく、仏頂面で椅子に座って横を向き、シャロンを視界に入れようともしない。 
 彼と顔を合わせるのが怖かった。
 彼がシャロンにした乱暴な行為は、一生忘れることはできない。
 けれど昨日のアイリーンとの一件で、張り詰めていた糸が切れてしまったように、何もかもがどうでもよくなってしまっていた。
 向かい合わせの席で、シャロンはただ黙って時間が過ぎるのを待った。 
 沈黙の合間、セシルがつまらなそうにため息をつく。何度も何度も。 
 そんなにつまらないのであれば、早く帰ればいいのに。 
 何か話があったから来たのだろうが、いつまで経っても彼は口を開こうとしない。
  (もしかして、話しづらい内容なのかしら)
 ロートスの現状か、もしくはシャロンの処遇か。
 アイリーンはシャロンの今後について、セシルに話をすると言っていたが、それはもう彼の耳に届いたのだろうか。
 恋人なのだ。
 あのあと二人が会っていたとしても不思議ではない。
 シャロンは思い切って聞いてみることにした。

 「私はいつ、どなたの元に行かされるのでしょうか」

 アイリーンの提案がなくとも、シャロンの行く末については既に協議が始まっているはず。
 女子供を処刑したとあれば諸外国から非難されるのは必至。
 奴隷として扱うのもまた然り。
 とすればやはりいずれかの貴族と婚姻を結ぶか、愛人として囲われるのが妥当なところだろう。
 シャロンひとりの問題であれば、拒否するという選択肢もあったかもしれない。
 (ただ、その時は命を失うかもしれないけれど……)
 しかしシャロンが逆らう意志を見せれば、ロートスの国民の命が危険にさらされる。
 どの道、シャロンに選択する自由などないのだ。
 そういう訳で、黙って従うつもりである旨を伝えようと思っただけだった。
 しかし、どうやらシャロンの言葉は、セシルの機嫌を大きく損ねたようだ。

 「もう他の男に擦り寄る算段を立ててるのか?」

 「そんな……!」

 見当違いもはなはだしい。
 彼はシャロンのことを何だと思っているのだろう。
 初めて会った日から今日までずっと、シャロンを無視して知ろうともしなかったくせに。

 「私はただ……どんな決定が下されようと、逆らうつもりはないとお伝えしたかっただけです」

 「男なら誰でもいいということか」

 だからどうしてそうなるのだ。
 
 「長年の婚約を手紙ひとつで解消し、他の男にあっさりと乗りかえた女の言う事など信用できない」

 またそれだ。
 まるで聞き分けのない子どものように、何度も同じ事を繰り返してはシャロンを詰る。
 誤解だと言っているのに、なぜ聞いてくれないのだろう。

 ──どうせ、何を言っても信じてはもらえないんだろうな

 シャロンは諦めにも似た気持ちで口を開いた。
 
 「私にそんな自由があると思っているのですか?あなたならご存知のはず」

 セシルがロートスの内情に疎いはずがない。
 諜報活動は国防の要だ。
 同盟国といえど、自分たちの手の者を潜入させ、情報を得ている。
 ならばセシルも、シャロンの父親がどんな人間かはよく知っているはず。
 同じくシャロンのロートスでの境遇も。
 婚約者であったならなおさらだ。
 
 「ロートスの城に潜り込ませた者は、『シャロン王女が自らの意思で婚約解消を望んだ』と報告してきた」

 「そんな、そんなの嘘です!」
 
 ロートスでは、自分自身で身の振り方を決められる自由などなかった。
 セシルとの婚約だってそう。
 なのに、真実が歪められている。
 父王が彼宛てに送った手紙だけだと思っていたが、エドナが放った間諜までもがそんな嘘を。





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