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しおりを挟む「それだけじゃない。シャロン王女は大層な浪費家で、宝石やドレスに目がないとな。なるほど、エウレカから贈られた花嫁衣装は確かに豪奢だった。俺の贈ったものなど気に入るはずがない」
「違います。あなたが贈ってくださった花嫁衣装は父上に取り上げられてしまったの。それに、私が浪費家だなんて……何かの間違いです」
ロートスは富める国ではあるが、父はシャロンに対し余分な支出は許さなかった。
もちろんシャロンとて、国民の血税を自身が着飾るために使おうだなんて、微塵も考えたことはない。
「エドナのような野蛮で田舎な国に嫁ぐなんて御免だとも言っていたそうじゃないか」
「そんな、思ったことも口にしたこともありません!」
なにかがおかしい。
まるで誰かが意図的に、エドナ側に誤情報を流したとしか思えない。
「あなたは勘違いをしてらっしゃる。私はずっと、あなたの妃になるのだと、生涯を共に生きていくのだと思って暮らしてきました」
「ほう、そうか。それなら話は早い」
「え?」
セシルは立ち上がるとシャロンの腕を乱暴に取った。
そしてそのまま腕を引き、寝室へと歩いていく。
あの夜の記憶がよみがえり、怖気が走る。
まさかまたあのような無体を強いるつもりなのだろうか。
必死で腕を振り払おうとしてもびくともしない。
引きずられるようにして寝室に連れていか れ、寝台の上に投げ飛ばされた。
セシルは慌てて身体を起こそうとするシャロンの上に乗り、組み敷いた。
「いや……やめてください」
「なぜだ?俺のものになるつもりでいたんだろ。ならせいぜい楽しませてくれよ。それともさっきの言葉は嘘なのか?」
嘘なんかじゃない。
けれどどんなにそれを訴えたところで、セシルは決して信じてはくれないのだろう。
彼に信じてもらうことになんの意味があるのかわからなくなったシャロンは、抵抗するのをやめた。
人はみな、自分の見たいものしか見ようとしない。
同じように信じたいものしか信じはしない。
突如脱力感に襲われ、身体から力が抜けていく。
(もう、いい)
彼は初めからシャロンの答えなど求めてはいないのだ。
傷つけられたプライドの、溜まった鬱憤の捌け口が欲しいだけ。
(それなら好きなようにすればいいわ)
それで彼の気が済むのなら。
それで彼が幸せになれるのなら。
黙って彼を受け入れることが、償う術を持たない自分にできる唯一のこと。
彼にとって【女】ということ以外何の価値もない自分が情けなくて涙が出る。
抵抗をやめたシャロンにセシルは眉根を寄せた。
ロートスの城で再会した時と同じ、苛立たしげな表情。
けれどきっとこの人も、恋人の前では甘い表情をするのだろう。
こんな乱暴な事は決してせず、優しい言葉をかけ、たくましい腕の中に宝物を抱くように大切にしまい込むのだ。
想像すると、胸の中が膿んだ傷のようにじくじくと痛む。
セシルの手が顔に触れた。
長い指がシャロンの輪郭をなぞるように滑り、顎の下にたどり着くと、顔の上にゆっくりと影が落ちてきた。
そっと触れるだけの口づけは、以前したものとは全然違う。
シャロンは顔を上げ、セシルを見た。
面差しは精悍になったが、その青灰色の瞳は子供の頃のままで、吸い寄せられるように見入った。
「そんな目で見るな」
セシルはシャロンの視線から逃れるように首筋に顔を埋め、強く唇を押し当てた。
「……っ」
獣に食べられているような気分だった。
彼の唇が首筋から鎖骨へ、そして胸へと順に押し当てられ、強く吸われるたびにシャロンは声を漏らす。
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