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56 それぞれの朝③
しおりを挟むなぜ睨まれなければならないのか。
そいつは御主人様を殴り飛ばした極悪人だぞ。それなのにどうして膝に座って怪我の具合を確認しているのだ。
心配するならまず主人である自分の方が先だろうに。
だが悔しいことにイアンはほぼ無傷だ。解せぬ。俺だってかなり殴り返したはずなのに。
「イアン、なんでお前がここにいる。お前はもう俺の護衛でもなんでもないんだ。用がないならさっさと出ていけ!」
ローレンスが言い放つと同時にイアンの膝からイヴが勢いよく飛び降り走り出した。
そして爪を立ててローレンスの身体を駆け上り、鋭い牙で鼻を咬んだのだ。
「いで────────っっ!!」
前日しこたま殴られたお陰でただでさえ痛む顔が、更に鋭く痛んだ。
ローレンスは必死で引き剥がそうとするが、イヴは意地でも放すもんかと更に強く咬み付いた。
「わかったから!もうやめてくれ!!」
観念し、懇願すると、イヴは後ろ足でローレンスの胸を蹴り上げた。そして鮮やかな宙返りを披露して着地した。
「にゃにゃにゃん!!」
イヴはイアンの方に顔をクイクイと向けて、ローレンスに謝罪を促す。
しかし、いい年をした男同士の喧嘩は、子供の時のように素直に謝って終われるものではない。
いつまでたっても口を開かずふくれっ面のローレンスに、諦めたようにイアンが声をかけた。
「殿下の気持ちは本物だ。お前だって本当はもうわかってるんだろう?」
イアンの言う通りだ。
アナスタシアがどんな子なのかはローレンスが一番知っている。なぜなら兄だから。両親よりもルシアンよりもずっと側で見守ってきたから。
そんなアナスタシアが自分の意思で伴侶を選んだ。それがすべての答えだ。
けれど、はいそうですかと納得するわけにはいかなかった。
それはすべて親友のためだ。
昨夜はついあんなふざけた言い方をしてしまったが、ローレンスはイアンがどれほどアナスタシアを想ってきたのかをよく知っている。
アナスタシアだってあの男にさえ出逢わなければ、イアンの元に嫁ぐことになんの疑問も抱かなかっただろう。
だから認めるわけにはいかない。
だってイアンはアナスタシアのためならすべてを諦める。自分の想いなんてなによりも先に。
愛するアナスタシアと同じくらい大切な親友だからこそ、諦めるわけにはいかないんだ。
だがそんなローレンスの考えを、どうやらイアンはずっと前から知っていたようだ。
「お前の気持ちはもうわかったから、これ以上アナスタシア殿下を苦しめるのはやめてくれよ。……俺は殿下が生まれてからずっと、誰よりも近い場所にいたんだ。それなのに出会って三ヵ月にも満たないあの男に抱くような気持ちを、これまでただの一度だって向けてはもらえなかった。時間じゃないんだよ、ローレンス」
「……本当にお前はそれでいいのかよ」
「いいも悪いもない。殿下が愛しているのはアーヴィング殿なんだ。それに、殿下に向けるアーヴィング殿の気持ちも本物だ。愛する二人を引き裂いた先で、いったい俺にどんな幸せが待っているっていうんだよ」
物わかりのいいイアンの言葉。
それがなぜかローレンスには悔しくてたまらなかった。
けれど決めるのは他の誰でもない。イアンだ。
「みゃみゃみゃみゃ!!」
再びイアンの膝に乗ったイヴが、母親のような顔でローレンスを叱る。
「わかったよ……イアン、お前ちょっと風呂に付き合え……それでその……アーヴィングって奴のことについて教えてくれ」
イアンは眉を上げ、やれやれというように鼻で溜め息をついた。
「お前と朝風呂なんて気色悪いな」
「はぁ!?ふざけんなよお前!王太子ボコボコにした罪で投獄するぞ!!」
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