【本編完結】マリーの憂鬱

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8章

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    「結婚!?」

    ダレンシアの未来について話すはずが、突然飛び出た妹の結婚話にセドリックは面食らっていた。

    「セドリック殿、こんな時に申し訳ないとは思うのだが…しかしこんな時だからこそめでたい話というのは民の活力になる。しかも政略によっての婚姻ではないお互いに愛し合っての事。ガーランドとの絆が深まる事は民の安心にも繋がるだろう。クリストフは今回の作戦でも大きな役割を果たしてくれた。そして身分、人柄共に申し分ない男だ。それは私が保証する。どうか前向きに考えてやっては貰えないだろうか。」

    さっきの極悪非道さから一転善人王子様に早変わりしたユリシスは、その美々しい姿声音を最大限に活用してセドリックの説得に臨んでいた。

    「…リンシア、お前はどう考えているんだ?祖国を離れ、ガーランドへ嫁ぐ事に関して。」 

    父王はこの状態だ。回復までどれくらいの月日を要するのかもわからない。加えて国の状態も安定しているとは言えない。   
    そして王子妃の誘拐、加えてガーランドへの侵攻を目論んでいた国だ。たとえ首謀者が逆賊だったとはいえ、リンシアが公爵家へ嫁いだ後、顔を出す先々で嫌な思いをする事は想像に難くない。
    しかし口を開こうとしたリンシアをクリストフが優しく制した。

    「シア、僕に話をさせてくれる?君の御家族が納得し、安心してガーランドへ嫁がせてくれるよう誠心誠意尽くすのは他ならぬ僕の役目だ。約束しただろ?何があっても君は僕が守る。」

    「クリス……!!」

    リンシアは目に涙を溜め唇を噛む。
    幼い頃より女であっても強くあれと育てられてきた。だから後ろで守られるより自分から前へ出るような人生だった。
    けれど目の前にいる誰よりも愛しい男は跳ねっ返りになってしまった自分の生い立ちをしっかり理解していた。威勢のいい王女としての自分は表面だけだという事もとっくに見抜かれていた。
    綺麗なものや美味しいお菓子、甘い甘い恋愛小説が何よりも好きで……本当は一人の女の子として大好きな人に守って欲しいと、思いっきり甘えたいと願う私の心をこの人はすべてわかっていてくれたのだ…。

    「セドリック殿下。妹君を心配されるお気持ちはよくわかります。特に今回は…ダレンシア王家のジョセリン様がマーヴェル公爵家ダニエル様に嫁いだ時と状況もよく似ている。」

    クリストフはその透き通る美しい目でセドリックを真っ直ぐに見る。

    「けれど私達はあのお二人のようには決してなりません。そしてリンシア殿下が人々の悪意に晒されるような事が無いよう私が命懸けで守ります。」

    真剣に話すクリストフをセドリックは瞬きもせずじっと見つめていた。クリストフという男の心の奥底までをじっくりと見極めていたのかもしれない。
    しばらく硬い表情をしていたセドリックだったが、妹の顔をチラリと見た後、クリストフへ質問をした。

    「君はリンシアのどこが好きなんだい?」

    セドリックの顔は先ほどとは違い、妹を想う兄の顔になっていた。
    しかしこの問いに正解しなければ結婚は許さないと言うような真剣な想いも感じる。

    「…最初の印象は最悪でした。居丈高でうるさくて、とんでもない王女がきたもんだと思いました。」

    セドリックを真っ直ぐ見ているクリストフからは見えないが、リンシアは横で地味に傷付いていた。

    「けれどあることがきっかけでそれも全てがダレンシアに暮らす民のためなのだと知りました。嫌な役割だったろうに…それでもやらなければならないほどこの国は困窮していたのでしょう。彼女はその目で国の現状をよく見て知っていたのです。」

    飢えと重い税に苦しむ民を見えるはずがない城の中から彼女はちゃんと見ていた。毎日毎日…その胸を痛めながら。

    「お茶の時間に出される菓子に目を輝かせ、けれども民を思うと良心が痛むのか手を出さない。国の人間なんて誰も見てやしないのに…。せっかく出して貰ったもてなしを残す事の罪悪感と、大好きな憧れを諦める淋しそうな笑顔がいつしか私の胸を締め付けるようになりました。」

    そうだ。あの時にはもう好きになっていた。相手の心情に想いを馳せるなんて…それはもう惚れた証拠だ。   

    「ここに来る前、私は幼い頃から寄り添ってくれた大切な者を失くしました。怒りに我を見失う私を誰よりも辛い状況のリンシア殿下が支えてくれたのです。私は見たことがありません。こんなに切なくて、強くて、優しい女性を。」

    クリストフは涙を堪えきれなくなったリンシアの手を強く握った。

    「私は弱い人間です。でも今はそれで良かったと思える。弱いからこそ出逢えた。強い彼女に…そして何よりも強い仲間との絆に。セドリック殿下、お願いします。リンシア殿下は私の命を懸けてお守りします。そして絶対に幸せにして見せる。これまでの不遇すら笑顔で話せるように。ですから私達の結婚を認めて下さい!!」






    

    

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