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8章
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しおりを挟むクリストフとリンシアはセドリックを真っ直ぐに見つめ答えを待った。
「…良かったな、リンシア。」
「え…?」
「はは、何だその顔。反対されるとでも思ったか?」
「お兄様…私…いいの?」
「あぁ、この国の事は何も心配いらないよ。安心してレーブン公爵家に嫁ぎなさい。」
「ありがとうございます!!」
リンシアが言うより先にクリストフが大きな声で返事をした。
「クリストフ殿…王女としてのリンシアではなく、一人の女性としてのこの子の内面を見てくれて、本当にありがとう。」
「お兄様…」
「リンシアがいなければこの国は滅びていたかもしれない。このご縁を繋いでくれたリンシアに私達は心から感謝しているんだ。」
横で聞いていたカイデン将軍も頷く。
「戦いは男だけのものじゃない。リンシア、お前は立派に戦ってくれた。さすが父上の子だよ。良くやった!」
そしてセドリックは苦笑いしながら“今の言葉は褒めてやる事が叶わない父上の代わりだ”とリンシアに言った。
「セドリック殿下、ありがとうございます!…シア、何にも心配いらないよ。嫁ぐ日も君の思うように決めていい。まだレオナルド陛下の側についていてあげたいだろう?」
「クリス…でも…」
レーブン公爵夫人となるためには学ばなければならないことがたくさんある。それに式の準備だって…。
「僕が公爵家を継ぐのはもう少し先の事だ。ゆっくり学んでいけばいいんだよ。ダレンシアは今から大事な復興の道を歩むんだ。君が側にいればレオナルド陛下だってきっとすぐに良くなるさ。」
クリストフは恥ずかしそうに頭を掻く。
「…“連れて帰る”なんて言っちゃったけど、そんなの無理な事くらいちゃんとわかってるよ。だから…待ってるから。ダレンシアが復興して、何の憂いもなく君が嫁いで来てくれる日を。」
リンシアは涙を流しながらクリストフの目をしっかりと見つめていた。その瞳に夫となる男への確かな信頼を宿して。
「私からも礼を言う。セドリック殿、二人の結婚を許してくれて心から感謝する。」
「とんでもありませんユリシス殿下。本来なら自分達の手で解決しなければならない問題だったのに…私が不甲斐ないばかりに友好国であるガーランド及び皆様には多大なご迷惑をおかけしてしまいました…。何かお詫びをしたくてもご存知の通り我が国の財政は破綻寸前。それなのにご迷惑をおかけした上に支援までしていただけるとの事。本当に感謝してもしきれません。」
セドリックは心底申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや…ジョエルのしでかした事はこちらに責任がある。巻き込んでしまい申し訳なかった。支援はこちらの罪滅ぼしでもある。遠慮なく受け取って欲しい。」
ユリシスはもうガーランドへは早馬を飛ばしていて、知らせが着き次第支援物資の運搬を開始する手筈になっていると説明した。
「三日もあれば第一陣が到着するだろう。出来ればそれらの警護に少し人員を割いて貰えれば助かる。」
「承知致しました。国境からの安全についてはお約束致します。カイデン、頼んだぞ。」
「はっ!」
「それと父の病状についてですが…経過について王弟殿下フランシス様にご相談に乗って頂けると助かります。」
「それなら叔父上も大歓迎だ。必要ならば叔父上のところから薬学に長けている者を派遣してもいい。なんでも遠慮せず相談してくれ。」
「あぁ…助かります!我らにはこれほどまでの知識はありません。何から何まで本当にありがとうございます。」
張りつめていたセドリックの表情は安心したのかようやく緩むことができた。
そしてセドリックはその穏やかな瞳をマリーに向ける。
「…それにしてもお美しい方ですね。殿下が命懸けで乗り込んでいらっしゃるだけの事はある。」
急に褒められてマリーはうろたえる。
初々しいその様子を目を細めて見ていたカイデンが口を開いた。
「イアンから聞きました。万が一我らの身に何かあった時は主の意志を継いで立てと…その身を呈してイアン達を…この国を守ろうとして下さった事を。」
「あ、あれはその…結局はユーリが迎えに来てくれたのを敵兵と勘違いして…お恥ずかしいです。」
「いいえ…。イアン達は我が子同然の存在です。我が子を救おうとしてくれたあなた様に心より感謝致します。そしてユリシス殿下には我らの父を救って頂いた…。お約束致します。この先万が一ガーランドに危機が訪れたその時はこのカイデン、我が子らと共に必ずや一番に駆け付けましょう。」
「カイデン将軍…。」
隣のユーリの顔を見ると私の方を向いて優しく微笑んでいた。とても誇らしげに…。
「さて、思わぬ話もあったからすっかり遅くなってしまいましたね。殿下、皆さんも続きはまた明日にしましょう。警備の手は抜かぬよう言ってあります。今夜はどうぞゆっくりとお休み下さい。」
セドリック殿下に促され、話し合いはお開きとなった。部屋に戻る道すがら、クリストフ様はどこで眠るのだろうとおもったら、行き先はリンシア王女の部屋ではなくレーブン隊の皆さんの所だと言う。
「皆も慣れない城で居心地悪いだろうし、側で色々気を紛らわせてあげないとね。」
“坊っちゃんは人たらし”というヴィクトル様の言葉が甦る。隊の皆と眠るという事は、おそらく地べたで膝を抱えての仮眠くらいしか出来ないだろう。それを楽しそうに笑顔で語るクリストフ様をリンシア王女も微笑みながら見送った。
「さぁ、私達もここで失礼しよう…マリー?」
「あのねユーリ、ちょっと、ちょっとだけリンシア王女とお話があるの。リンシア王女、本当にちょっとだけなんですが駄目でしょうか?」
いきなり飛び出した私のお願いに二人は顔を見合わせて眉間に皺を寄せた。
「私は構いませんけど…じゃあお身体に障らない程度に少しだけ…ね?ユリシス殿下。」
ユーリは一瞬それはそれは難しい顔をしたが
「…わかった。じゃあ必ず送って貰うんだよ。いくら目と鼻の先の部屋でも何があるかわからない。」
「ありがとうユーリ!」
そして私はこれから話さなければならない話の内容に心臓をバクバクさせながらリンシア王女の部屋へと入ったのだった。
五分後、リンシア王女の部屋では陶器の割れる派手な音が鳴り響いた。
「す、す、すみませんリンシア王女!!こんな事誰にも聞けなくて……!!」
その小さな手からカップを滑り落としたリンシア王女は、今マリーの口から発せられたある質問に金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「に、に、に、に、に………!!」
「リンシア王女!“に”が多すぎます!」
「妊娠中にできる安全な殿方との行為の仕方ですってーーーー!?」
リンシア王女!もうちょっと声を抑えて!!
私は近くの部屋で休むユーリに聞こえていないか祈るような気持ちでいたのだった。
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