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しおりを挟むサリオンの声も眼差しも、とても真剣なものだった。
嬉しいのに、なぜかほんのちょっぴり切ないような、不思議な熱が胸の中にじわじわと広がっていく。
「料理が冷めるぞ」
「……はい」
お腹は空いていなかったし、胸もいっぱいで食事の進みは遅かったが、サリオンはなにも言わず黙って付き合ってくれた。
夕食後。
政務が終わってすぐ自宮に戻ってきたサリオンは、まだ寝支度を済ませていなかった。
サリオンはアルウェンを寝室に連れて行ったあと、先に寝ているよう言い残し、湯浴みのために部屋を出た。
アルウェンは、なんだか肩透かしを食らった気分だった。
あんな言葉をくれたあとだから、今夜は二人にとって特別な時間になるのではないかと思っていたのだ。
けれどサリオンはいつもと変わりなく、挙げ句『先に寝ろ』と言って出て行ってしまった。
サリオンの匂いのする寝台に横になるが、なんだか落ちつかなくて、いつまで経っても睡魔は訪れてくれない。
アルウェンは寝台から降り、部屋の隅においてある本棚の前に立った。
(凄い……)
そこにはハイリンデンの最高学府で取り扱われるような、難解な題名の背表紙ばかりがずらりと並べられていた。
アルウェンは、それらがどれも日に焼けて、色褪せていることに気づく。
(きっと、幼い頃にこれらをすべて修められたのね……)
サリオンが自分のことを語ってくれたのは亡き母親のことくらいで、彼自身のことについてはほとんどと言っていいほどない。
きっとアルウェンには想像もつかないほどの努力をしてきたのだろうに。
(あら?)
重厚な装丁の書籍ばかりが並ぶ棚の一番端に、他とは一線を画す淡く薄い本を見つけた。
「まあ、絵本?」
開いて読んでみると、森で暮らす動物たちの可愛らしくも騒がしい日常が、柔らかな筆跡で綴られていた。
アルウェンはその場に座り込んで、絵本に見入った。
「まだ起きてたのか」
横を見ると、夜着に着替えたサリオンが立っ
ていた。
絵本に夢中になっていて気がつかなかった。
アルウェンは慌てて立ち上がる。
「寝てろと言っただろう」
「なかなか寝付けなくて」
「……それ」
サリオンの視線は絵本に注がれていた。
「勝手にすみません。これは、殿下がお読みになられていたものですか?」
「子どもの頃な。気に入ったならおまえにやる」
「ですが、思い出の品なのでは……?」
今は亡き皇后が、サリオンに読んで聞かせたものではないのだろうか。
「おまえが持っていれば、そのうち使うこともあるだろう」
「それって……」
自分たちの子どもに読んで聞かせてやれということだろうか。
夕食の時からずっとサリオンの真意がわからず、そして聞く勇気もなくて、アルウェンは絵本を抱きしめその場に立ち尽くした。
「……もう、いいのか」
顔を上げると、サリオンの青灰色の瞳と目が合った。
その瞳の奥は、アルウェンの気持ちをうかがうようにゆらゆらと揺れている。
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