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3 来訪者
「その女は平民なのだろう!
それも、読み書きも碌にできない花屋の店員だという!
ならばアリシア嬢と結婚した後に愛人にでもすれば良いではないか!」
アリシアではなく愛する恋人と結婚したいと言った僕に父は怒鳴った。
それが貴族の普通なのだと僕もわかっていた。
「成人後の婚約破棄だなんて。外聞が悪いだけではないわ。
理由が貴方にあるとしても、アリシアさんは《問題がある令嬢》の烙印を押されて修道院に送られることになるかもしれないのよ?
彼女を不幸にして。何とも思わないの?」
母はそう言って泣いた。
僕は答えに詰まった。
アリシアにも泣く母にも、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
僕は悩んだ。
悩んで、悩んで。
だが僕は
どうしても譲れなかった。
妻とは、死が二人を別つまで共に生きる女性だ。
僕は本当に愛する人を望んだ。
そして僕は恋人と結婚する為に地位を捨てることにした。
次期当主の座を弟に譲った。
貴族籍を抜けた。
平民となることにしたのだ。
愛する人と平民の夫婦として生きる道を選んだ。
当然、両親からは激怒された。
だが僕はそれで構わなかった。
愛しい恋人を妻にできるのならば。
……しかし恋人の考えは違ったようだ。
「なんて馬鹿なことをしたのよ!
私は愛人で良かったのに!」
恋人はそう言って、平民となり訪ねた僕を怒り、責め。
そして僕の前からいなくなった。
恋人の両親と。
僕がそれまでに贈った服や宝石などと共に。
何が起こったのかわからなかった。
空っぽになった恋人の家の前で、僕はただひとり立ち尽くした。
通り過ぎる人々の視線を感じた。
皆、ひそひそと話し笑って通り過ぎていった。
衣類や食べ物など。持てるだろう物も全て恋人の一家と一緒に消えていた。
借家だった家は、恋人が解約の手続きをしていったとやってきた大家が言った。
捨てられたのだ、と。
わからないはずがなかった。
何故だ。どうして?
恋人は、僕のことを愛してくれていたんじゃなかったのか?
泣けるだけ泣いた。
重い身体を引きずるように歩きながら
僕はこれからどうするかを考えた。
だがどうしていいのか、全くわからない。
まずは
身体を休めたい。
どこで寝たらいい?
食事がしたい。
どうしたらいい?
身を清めたい。
新しい服は?靴は?
……どうしたらいい?
身分は平民となったが、僕は平民の暮らしを知らなかった。
そして平民として生きていくための術を何ひとつ持っていなかった。
そんな僕に両親は当分の間、暮らせるお金を持たせてくれていたが……。
それも恋人が持って消えた。
…………もう僕のできることはひとつだった。
すごすごと屋敷に戻った僕を両親は哀れに思ったのだろう。
「それみたことか!馬鹿な奴め!」
と散々罵倒されたが、それでも屋敷におくことにしてくれた。
敷地内の、一番小さな別邸で僕は暮らしはじめた。
もうこの家の――貴族の子息ではない。
かといって、平民の生活をしているのでもない。
毎日、何もせず。
ぼうっと時間が過ぎるのだけを待つ。
外出は許されなかったが、行きたいところもない。
全く不自由はない。
何もせずに生きられはする男。
この世にいるのかいないのか。
いてもいなくても変わらない。
あやふやな存在。
それが僕になった。
それからしばらくしたある日。
「アリシアと婚約したよ」
僕を訪ねてきた王弟殿下がそう言った。
僕に何が言えよう。
「そうですか。それはおめでとうございます」
当たり障りなく祝辞をのべながら、僕は感心していた。
王弟殿下は国王陛下の歳の離れた一番末の弟。
穏やかで、いつも笑みを絶やさない人物だ。
結婚すれば臣下に降るだろうが、王弟であることは変わらない。
他の貴族とは一線を画する。
僕との婚約を解消したアリシアを王弟殿下に縁付かせるとは。
ジェスター卿の手腕は相当なようだ。
僕にはもう、どうでもいい話だけれど。
王弟殿下は微笑みながら僕に言った。
「ありがとう。アリシアの手を離してくれて。礼を言うよ」
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