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夏祭りデート(前編)
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午後のフリースクールは、いつも以上ににぎやかだった。
壁には色とりどりの折り紙で縁取られた手作りポスターが貼られ、そこには大きく「夏祭りまであと3日!」の文字。
床近くには誰かの描いた屋台の絵や、金魚すくいのイラストまで並んでいる。
机の上には、花火大会のチラシや浴衣のカタログがばらりと広がっていた。
窓際の席で、凛斗はペンをくるくる回しながらそんな景色を眺めていた。
夏の夕暮れの匂いを思わせる微風が入ってきて、なんとなく胸がそわそわする。
向かいでは、悠希が足を組み、友達と楽しそうに話している。
視線は手元にありつつも、時折こちらをちらりと見てくるのを、凛斗はなんとなく意識してしまう。
近くのテーブルでは、女子たちが浴衣の話で盛り上がっていた。
「今年は紺地に紫の帯にしよっかな」「髪飾りも新しく買おうかな」
男子たちも負けじと「射的でぬいぐるみ取ってやる」とか「かき氷は青で舌真っ青にしようぜ」と騒いでいる。
そんな雑踏に紛れ込むように、凛斗の口がふいに動いた。
「なあ悠希……夏祭り、一緒にデートでもしてみる?」
軽い冗談のつもりだった。
聞かれ流されるか、せいぜいツッコまれて終わるか。
だが、すぐ近くのUNO組の男子が盛大に吹き出し、「きたー!また始まった!」と大声を上げる。
室内にクスクス笑いが広がる中、悠希は話すのをやめ、顔を向けた。
「……お前、またそうやって冗談言う」
「は? 別に深い意味は――」
「わかった。行くぞ。夏祭り」
「え?」凛斗はペンを落とし、動きを止める。
「行くって。お前が誘ったんだろ? デートだ」
周囲からは「おーっ!」と歓声があがり、「浴衣カップル見たい!」「花火にラブラブ~!」と好き放題飛んでくる。
UNO組の一人が、ニヤニヤしながら言った。
「お似合いなんだから、行ってこいよ」
「なんで本気に――!」凛斗は顔を赤くし、否定しようとするが、悠希が先に言葉を重ねる。
「取り消しはなし。約束な」
俺様らしい強引さに、周囲の笑い声はさらに大きくなる。
けれど、その口元の笑みは、いつもよりどこか楽しそうに見えた。
放課後。
カラン、とフリースクールの扉を押し開け、二人は連れ立って帰路についた。
夕陽が街路樹の間を抜けて、地面に長く影を落としている。
「本気で行く気なのか」凛斗が半ば呆れたように言う。
「当たり前だ。お前も浴衣着ろ」
「はあ!? なんで俺まで……」
「その方が似合うし、祭りっぽいだろ。それに金魚すくいは俺が全部勝つ」
「勝負じゃねえって!」
軽口を交わすうちに、凛斗はふと、自分がまったく嫌じゃないことに気づく。
むしろ、少しだけ胸の奥が期待でざわついている。
「……別に行ってやってもいいけど」凛斗がぼそりと呟く。
悠希はニヤリと笑い、ポケットから小さなカードを取り出した。
それは夏祭りの花火観覧チケットだった。
「もちろん、前売りはもう押さえてある」
「……ほんと、ズルいわ、お前」
祭りまで、あと三日。
冗談だったはずの約束が、本物の予定に変わる日まで、夏の空気はじわじわと甘く熱を帯びていく。
壁には色とりどりの折り紙で縁取られた手作りポスターが貼られ、そこには大きく「夏祭りまであと3日!」の文字。
床近くには誰かの描いた屋台の絵や、金魚すくいのイラストまで並んでいる。
机の上には、花火大会のチラシや浴衣のカタログがばらりと広がっていた。
窓際の席で、凛斗はペンをくるくる回しながらそんな景色を眺めていた。
夏の夕暮れの匂いを思わせる微風が入ってきて、なんとなく胸がそわそわする。
向かいでは、悠希が足を組み、友達と楽しそうに話している。
視線は手元にありつつも、時折こちらをちらりと見てくるのを、凛斗はなんとなく意識してしまう。
近くのテーブルでは、女子たちが浴衣の話で盛り上がっていた。
「今年は紺地に紫の帯にしよっかな」「髪飾りも新しく買おうかな」
男子たちも負けじと「射的でぬいぐるみ取ってやる」とか「かき氷は青で舌真っ青にしようぜ」と騒いでいる。
そんな雑踏に紛れ込むように、凛斗の口がふいに動いた。
「なあ悠希……夏祭り、一緒にデートでもしてみる?」
軽い冗談のつもりだった。
聞かれ流されるか、せいぜいツッコまれて終わるか。
だが、すぐ近くのUNO組の男子が盛大に吹き出し、「きたー!また始まった!」と大声を上げる。
室内にクスクス笑いが広がる中、悠希は話すのをやめ、顔を向けた。
「……お前、またそうやって冗談言う」
「は? 別に深い意味は――」
「わかった。行くぞ。夏祭り」
「え?」凛斗はペンを落とし、動きを止める。
「行くって。お前が誘ったんだろ? デートだ」
周囲からは「おーっ!」と歓声があがり、「浴衣カップル見たい!」「花火にラブラブ~!」と好き放題飛んでくる。
UNO組の一人が、ニヤニヤしながら言った。
「お似合いなんだから、行ってこいよ」
「なんで本気に――!」凛斗は顔を赤くし、否定しようとするが、悠希が先に言葉を重ねる。
「取り消しはなし。約束な」
俺様らしい強引さに、周囲の笑い声はさらに大きくなる。
けれど、その口元の笑みは、いつもよりどこか楽しそうに見えた。
放課後。
カラン、とフリースクールの扉を押し開け、二人は連れ立って帰路についた。
夕陽が街路樹の間を抜けて、地面に長く影を落としている。
「本気で行く気なのか」凛斗が半ば呆れたように言う。
「当たり前だ。お前も浴衣着ろ」
「はあ!? なんで俺まで……」
「その方が似合うし、祭りっぽいだろ。それに金魚すくいは俺が全部勝つ」
「勝負じゃねえって!」
軽口を交わすうちに、凛斗はふと、自分がまったく嫌じゃないことに気づく。
むしろ、少しだけ胸の奥が期待でざわついている。
「……別に行ってやってもいいけど」凛斗がぼそりと呟く。
悠希はニヤリと笑い、ポケットから小さなカードを取り出した。
それは夏祭りの花火観覧チケットだった。
「もちろん、前売りはもう押さえてある」
「……ほんと、ズルいわ、お前」
祭りまで、あと三日。
冗談だったはずの約束が、本物の予定に変わる日まで、夏の空気はじわじわと甘く熱を帯びていく。
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