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 そうか、薬で人の心を操るとはこういうことなのだとやっと気が付いた。

 素敵な魔法なんかではない。その人が今まで大切にしていたことも、頑張ってきたことも全て捨てさせて、私に都合のいいことだけを選んでくれる呪いのようなものなのだ。

 私は、クロヴィス様が私を好きになってくれるならそれが薬に力でもいいとだけ考えていた。肝心の彼の気持ちをちっとも考えていなかったのだ。

 十四歳のとき、強引にクロヴィス様を婚約者にしたときから何も変わっていない。

 私は本当にわがままで自分勝手な女だ。


「クロヴィス様……ごめんなさい」

「どうした? フルール。まさか護衛を断った話で責任を感じてるのか? 本当にいいんだよ。俺が自分の意思で決めたんだから……」

「クロヴィス様の意志ではないのです!!」

 私が叫ぶと、慰めるように私の頬に手を伸ばして来たクロヴィス様の手がぴたりと止まる。それから彼は困惑したように私の顔を覗き込んできた。

「フルール? 本当にどうしたんだ?」

「ごめんなさい、クロヴィス様。私が間違っていましたわ。すぐに薬の効果を解きます。ですから待っていてください……!」

「えっ、フルール!!」

 クロヴィス様に背を向け、思いきり駆け出した。

 クロヴィス様が追いかけてくる気配がするが、人混みでうまく走れないようだった。私は人々の間をすり抜けるように駆けて行く。

 もうクロヴィス様の心を操るのはやめよう。

 魔術師の元へ行って、薬の効果を解いてもらわなければならない。

 薬の効果が切れたら、きっと彼はこれまで以上に私を軽蔑して、二度と笑顔なんか向けてくれなくなるだろうけれど。

 想像したら胸が痛くなったが、私はただひたすら走り続けた。


***


 魔術師の店は、先ほどまでいた大通りからそれほど離れていない場所にあった。

 人々が行き交う表の通りから隠れるように、路地裏にひっそり佇んでいる。

 私は灰色の壁に黒い屋根のいかにも怪しげなそのお店の扉をノックした。

 すると、間を置かず「どうぞー」と気の抜けた返事が返ってくる。


 ゆっくり扉を開けると、机に向かって分厚い本を読んでいるあの魔術師がいた。魔術師は顔を上げて入って来た私の姿を見ると、驚いた顔をする。

「フルール様、どうしたんですか!? 目が真っ赤ですよ!? それに、そんなに息を切らして……」

「魔術師さん、惚れ薬の効果を消して欲しいの」

 そう言うと、彼は目をぱちくりする。


「何かありましたか? やっぱり薬で心を操ったことを気に病んできたとか?」

「ええ、私が間違っていたってやっと気づいたの。クロヴィス様、私のために目指していたであろう仕事を断ったのよ。こんなこと続けられないわ」

「それはそれは……」

 震える声で言うと、魔術師は眉間に皺を寄せて困った顔をする。


「惚れ薬の効果を打ち消す薬はないの? 魔法をかけられたんだから、解く方法だってあるわよね?」

「ええと、どうでしょうね。どうしようかな……」

 魔術師は魔法を解く方法があるともないとも言わず、腕組みして何か考え込んでいる。
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