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第二部
8.失望② フィオナ視点
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「フィオナ。単刀直入に聞く。リディアに何かされているんじゃないか?」
生徒会室に入って自らお茶を用意してくれたアデルバート様は、席に着くなりそう切り出した。私は何と答えていいかわからず、目を泳がせる。
「そんなことは……」
「正直に答えてくれ。事実を知りたいんだ」
アデルバート様は真っ直ぐに私の目を見てそう尋ねる。
私は迷った。アデルバート様に本当のことを言ってしまったら、リディア様に告げ口したと見なされてさらに嫌がらせをされるのではないだろうか。
それならば適当に誤魔化しておいた方がいいのではないだろうかと。
しかし、アデルバート様の真剣な目を見ていたら、全部話してしまいたくなる。そもそも、どうして私がこんな目に遭わなければならないのだろう。
考えていたら悔しくなってきて、いつのまにか目から涙が零れ落ちていた。
アデルバート様が息を呑んだのがわかる。
「フィオナ、やっぱり何か困っているんだな。リディアが原因なのか? 教えてくれ」
「ア、アデルバート様……!」
私は思わず、今までリディア様に言われたことや、されたことをアデルバート様にぶちまけてしまった。
一度話始めると言葉が止まらない。アデルバート様は私の話を、厳しい表情で聞いていた。
私が話し終えると、彼は眉根を寄せて苦しげな顔で言う。
「……わかった。話してくれてありがとう。リディアは君にそんなひどいことをしていたのか……。私が関わったせいで、すまなかった」
「いえ。アデルバート様のせいではありませんから……」
「リディアには今度私から注意しておくよ。本当に、迷惑をかけた」
「いえ、そんなことをしていただかなくてもいいんです! リディア様には今後アデルバート様に関わらないと約束しました。それからは呼び出しも嫌がらせもありませんし、きっともう大丈夫です」
「しかし……」
「お願いです。アデルバート様から注意されては、余計にリディア様の怒りを買ってしまうと思うのです」
そう言ったら、アデルバート様の顔が一層苦しげに歪んだ。
正義感の強い彼のことだから、話を聞いても何もできないのを心苦しく思っているのだろう。彼はしばらく迷っていた様子だったが、やがてうなずいてくれた。
「わかった。もしもリディアがまた何かするようであれば言ってくれ」
「ええ、わかりました、ありがとうございます」
「お礼なんて言わないでくれ。もともと私が原因なのだから」
アデルバート様はそう言うが、私はそんなことはないと首を振る。アデルバート様が悪いわけではない。気にかけてくれたことは、とても嬉しかったのだ。
それで終わりのはずだった。
それなのに、一体誰が見ていたのだろう。私がアデルバート様と生徒会室で二人で話していたことは、次の日からこそこそと噂されていた。リディア様の耳に入らないはずがない。
数日後、私は珍しく一人で一年生の教室までやって来たリディア様に空き教室まで呼び出された。
うんざりしながら彼女について行く。
「ねぇ、フィオナ様。この前アデルバート様と一切関わらないと言っていなかった?」
リディア様は柔らかい笑みを浮かべながら尋ねる。その目は全く笑っていなかった。
「関わらないようにしていたんですが、アデルバート様が私が元気がないのを見て心配してくださって。けれど、話を聞いてもらっただけで……」
「一切関わらないと、あなたそうおっしゃったわよね?」
リディア様がゆっくりとこちらに近づいてくる。威圧感に思わず後退った。
「アデルバート様はこの国の後継者となる方なの。たかが男爵令嬢ごときが……しかも平民の母親から生まれた子が釣り合う相手ではないの。わかる?」
「そんなことはわかっています……! 私はアデルバート様の恋人になりたいだとか、そんな恐れ多いことは考えていません。リディア様との婚約を邪魔するようなことは決して」
「じゃあどうしてアデル様はあなたのことばかり気にするのよ! あなたが気を引こうとしているからでしょ? どうしてアデル様があなたみたいな……!」
リディア様は叫ぶように言う。いつも張り付けていた仮面のような笑みがはがれ、感情を剥き出しに怒鳴る姿に呆然となる。
呆気に取られて見つめていると、リディア様の目が冷たく光った。彼女の手が私の頭に伸びる。後退るが後ろは壁で逃げ場がない。
「生意気なのよ。こんなちゃらちゃらした飾りをつけて。存在自体が目障りだわ」
リディア様の手が私の髪につけていた髪飾りに触れる。私は慌てて抵抗した。これにだけは触れられたくない。これは母がくれたものなのだ。
抵抗も虚しく、髪飾りはリディア様の手の中に移る。彼女は限りなく冷たい目で髪飾りを見ていた。嫌な予感がしてやめてと叫ぶ。
「ちょっとは反省してくださる?」
リディア様はそう言うと髪飾りを床に落とし、そのまま足で踏みつけた。
***
本当にあの日は最悪だった。
髪飾りを壊された日から、私のリディア様への感情は憎悪へと変わった。つまらないことで嫉妬して、なんて嫌な女なのだろう。
そんなに私が近づくのが気に食わないなら、アデルバート様本人に近づかないでと頼めばいいのに。
リディア様だけではない。今ではアデルバート様も嫌悪の対象だった。
髪飾りを壊された翌日、私は散々悩んで、彼女にやられたことをみんなの前で公表することを決意した。
人のたくさん集まっているお昼の食堂で、リディア様にやられたことを正直に告げた。
その場にはアデルバート様もいたから、きっと彼も味方してくれると思った。だって、私が避けようとするのも引き止めて、心配だと生徒会室まで引っ張っていったくらいだもの。
しかし、その結果はどうだろう。
アデルバート様は私がリディア様に髪飾りを壊されたと言っているにも関わらず、色んな人が壊した場面こそ見ていないけれど険悪な雰囲気で話しているところを見たと証言しているにも関わらず、リディア様がやっていないと言ったからと言って退けた。
『直接見た者がいるわけではないのだろう?』なんて、王子に言われてしまえばみんなもう何も追及できない。それに気づかないアデルバート様は、周りの無言を異論はないのだと受け取る。
アデルバート様への憧れや感謝が、みるみる崩れていくのを感じた。
リディア様は恐ろしい女だ。前日にあれほど私を罵っておきながら、みんなの前で追及されると困った顔をして何も知らない風を装った。
けれど、私には確かに見えた。周囲の喧騒から助け出すようにアデルバート様に腕を引かれる彼女が、にんまりと悪魔のような笑みを浮かべていたところを。
最初から、アデルバート様に構ってもらうことが目的だったのかもしれない。
どちらにせよ、リディア様にもアデルバート様にも今後一切関わりたくないと、私はその時強く思った。
生徒会室に入って自らお茶を用意してくれたアデルバート様は、席に着くなりそう切り出した。私は何と答えていいかわからず、目を泳がせる。
「そんなことは……」
「正直に答えてくれ。事実を知りたいんだ」
アデルバート様は真っ直ぐに私の目を見てそう尋ねる。
私は迷った。アデルバート様に本当のことを言ってしまったら、リディア様に告げ口したと見なされてさらに嫌がらせをされるのではないだろうか。
それならば適当に誤魔化しておいた方がいいのではないだろうかと。
しかし、アデルバート様の真剣な目を見ていたら、全部話してしまいたくなる。そもそも、どうして私がこんな目に遭わなければならないのだろう。
考えていたら悔しくなってきて、いつのまにか目から涙が零れ落ちていた。
アデルバート様が息を呑んだのがわかる。
「フィオナ、やっぱり何か困っているんだな。リディアが原因なのか? 教えてくれ」
「ア、アデルバート様……!」
私は思わず、今までリディア様に言われたことや、されたことをアデルバート様にぶちまけてしまった。
一度話始めると言葉が止まらない。アデルバート様は私の話を、厳しい表情で聞いていた。
私が話し終えると、彼は眉根を寄せて苦しげな顔で言う。
「……わかった。話してくれてありがとう。リディアは君にそんなひどいことをしていたのか……。私が関わったせいで、すまなかった」
「いえ。アデルバート様のせいではありませんから……」
「リディアには今度私から注意しておくよ。本当に、迷惑をかけた」
「いえ、そんなことをしていただかなくてもいいんです! リディア様には今後アデルバート様に関わらないと約束しました。それからは呼び出しも嫌がらせもありませんし、きっともう大丈夫です」
「しかし……」
「お願いです。アデルバート様から注意されては、余計にリディア様の怒りを買ってしまうと思うのです」
そう言ったら、アデルバート様の顔が一層苦しげに歪んだ。
正義感の強い彼のことだから、話を聞いても何もできないのを心苦しく思っているのだろう。彼はしばらく迷っていた様子だったが、やがてうなずいてくれた。
「わかった。もしもリディアがまた何かするようであれば言ってくれ」
「ええ、わかりました、ありがとうございます」
「お礼なんて言わないでくれ。もともと私が原因なのだから」
アデルバート様はそう言うが、私はそんなことはないと首を振る。アデルバート様が悪いわけではない。気にかけてくれたことは、とても嬉しかったのだ。
それで終わりのはずだった。
それなのに、一体誰が見ていたのだろう。私がアデルバート様と生徒会室で二人で話していたことは、次の日からこそこそと噂されていた。リディア様の耳に入らないはずがない。
数日後、私は珍しく一人で一年生の教室までやって来たリディア様に空き教室まで呼び出された。
うんざりしながら彼女について行く。
「ねぇ、フィオナ様。この前アデルバート様と一切関わらないと言っていなかった?」
リディア様は柔らかい笑みを浮かべながら尋ねる。その目は全く笑っていなかった。
「関わらないようにしていたんですが、アデルバート様が私が元気がないのを見て心配してくださって。けれど、話を聞いてもらっただけで……」
「一切関わらないと、あなたそうおっしゃったわよね?」
リディア様がゆっくりとこちらに近づいてくる。威圧感に思わず後退った。
「アデルバート様はこの国の後継者となる方なの。たかが男爵令嬢ごときが……しかも平民の母親から生まれた子が釣り合う相手ではないの。わかる?」
「そんなことはわかっています……! 私はアデルバート様の恋人になりたいだとか、そんな恐れ多いことは考えていません。リディア様との婚約を邪魔するようなことは決して」
「じゃあどうしてアデル様はあなたのことばかり気にするのよ! あなたが気を引こうとしているからでしょ? どうしてアデル様があなたみたいな……!」
リディア様は叫ぶように言う。いつも張り付けていた仮面のような笑みがはがれ、感情を剥き出しに怒鳴る姿に呆然となる。
呆気に取られて見つめていると、リディア様の目が冷たく光った。彼女の手が私の頭に伸びる。後退るが後ろは壁で逃げ場がない。
「生意気なのよ。こんなちゃらちゃらした飾りをつけて。存在自体が目障りだわ」
リディア様の手が私の髪につけていた髪飾りに触れる。私は慌てて抵抗した。これにだけは触れられたくない。これは母がくれたものなのだ。
抵抗も虚しく、髪飾りはリディア様の手の中に移る。彼女は限りなく冷たい目で髪飾りを見ていた。嫌な予感がしてやめてと叫ぶ。
「ちょっとは反省してくださる?」
リディア様はそう言うと髪飾りを床に落とし、そのまま足で踏みつけた。
***
本当にあの日は最悪だった。
髪飾りを壊された日から、私のリディア様への感情は憎悪へと変わった。つまらないことで嫉妬して、なんて嫌な女なのだろう。
そんなに私が近づくのが気に食わないなら、アデルバート様本人に近づかないでと頼めばいいのに。
リディア様だけではない。今ではアデルバート様も嫌悪の対象だった。
髪飾りを壊された翌日、私は散々悩んで、彼女にやられたことをみんなの前で公表することを決意した。
人のたくさん集まっているお昼の食堂で、リディア様にやられたことを正直に告げた。
その場にはアデルバート様もいたから、きっと彼も味方してくれると思った。だって、私が避けようとするのも引き止めて、心配だと生徒会室まで引っ張っていったくらいだもの。
しかし、その結果はどうだろう。
アデルバート様は私がリディア様に髪飾りを壊されたと言っているにも関わらず、色んな人が壊した場面こそ見ていないけれど険悪な雰囲気で話しているところを見たと証言しているにも関わらず、リディア様がやっていないと言ったからと言って退けた。
『直接見た者がいるわけではないのだろう?』なんて、王子に言われてしまえばみんなもう何も追及できない。それに気づかないアデルバート様は、周りの無言を異論はないのだと受け取る。
アデルバート様への憧れや感謝が、みるみる崩れていくのを感じた。
リディア様は恐ろしい女だ。前日にあれほど私を罵っておきながら、みんなの前で追及されると困った顔をして何も知らない風を装った。
けれど、私には確かに見えた。周囲の喧騒から助け出すようにアデルバート様に腕を引かれる彼女が、にんまりと悪魔のような笑みを浮かべていたところを。
最初から、アデルバート様に構ってもらうことが目的だったのかもしれない。
どちらにせよ、リディア様にもアデルバート様にも今後一切関わりたくないと、私はその時強く思った。
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