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第二部
11.誰もがうらやむ家
しおりを挟むクロフォード家は表向き、五人家族と言うことになっている。
当主であり魔法防衛省の大臣も務めるクロフォード公爵。結婚前は隣国で美容薬学の研究をしてきた優秀で美しい公爵夫人。
跡取りである長男ブラッド。王太子の婚約者である長女のリディア。それから末っ子の愛らしいシェリル。
クロフォード公爵家は完璧な一家として有名だ。
代々受け継がれてきた強い魔力で王家と国を守り、支えてきた。社交界でも彼らは尊敬を集めている。
長女のリディアが少々性格に難があり、影で悪口を言う者がいることくらい、ほんの些細なことだ。
クロフォード家がずっと昔生贄を使って魔力を得たという真偽のわからない噂だって、表立って口にする者は誰もいない。皆、クロフォード家の恩恵を受けて暮らしているのだから。
クロフォード家は誰もが憧れ、尊敬する、理想的な家なのだ。
しかし、そんな理想的なクロフォード家に、もう一人存在しないはずの娘がいると知ったら、世間の人々はどう思うのだろう。
長女のリディアと同じ日に生まれたというだけで、自分だけの名前すら与えられることのなかった娘が、今も地下室で奴隷のように搾取され続けていると知ったら。
クロフォード家はおぞましい犠牲の上で成り立っている。
世間ではクロフォード家は数百年前に生贄を元に溜めた魔力を使って繁栄してきたとされているが、本当は当時溜めた魔力などとうになくなっている。
常に新しい生贄を仕入れてこれなければ、とても現在の繁栄を維持できない。
だからクロフォード家では、毎年たくさんの人間を貧民街から買ってきて、黒い文様の入れ墨を入れているのだ。
人が足りなければ、領内やその周辺で身寄りのない者やいなくなっても力を入れて捜査される心配のない者をさらってくる。
黒い文様には二つの効果がある。
一つは、文様を入れられた人間が本来の許容量以上に体内に魔力を溜め込めるようにすること。
もう一つは、その文様自体が外界にある魔力を吸い込んで持ち主の魔力を上げること。
しかしそんな都合のいい文様に、何の代償もないわけがない。
人工的な処置で無理矢理溜め込まれた魔力は、持ち主を徐々に弱らせる。この世界の人間にはそれぞれ魔力の器があるが、その器を無理やり押し広げ、さらに際限なく魔力を溜め込もうとするのだから、当然限界がくれば体は壊れてしまう。
だからクロフォード家は、買ってくるかさらってくるかした生贄が壊れたら、その度に新しい人間を用意するしかないのだ。
その新しい人間も壊れたら、再び地下奥深くの部屋の「悪魔の壺」に放り込んで最後の魔力を搾り取る。そうして新しい人間を仕入れることの繰り返し。
そんな中で、クロフォード家の血を引く私は、大変便利な存在だ。
クロフォード家の人間はもともと大きな魔力の器を持って生れてくるから、私は大量の魔力を溜め込んでもそうそう壊れることはない。
だから七歳から十七歳になる現在まで毎年文様を彫られ、必要になると魔力を搾り取られてきた。
私の存在意義は、奴隷……いや、家畜のようなものでしかないのだろう。
姉よりほんの少し先に生まれることができれば待遇は全く違うものだったのかと思うと、昔は随分恨んだのを覚えている。
姉よりほんのわずかに生まれるのが遅かっただけで、私には姉と同じ名前しか与えられず、姉が体調不良で替えが必要な時以外は外にも出られず、毎年入れ墨を彫られる苦痛に耐えて魔力を溜め込まされるしかないのだ。
私はよほど運の悪い人間なのだろう。
子供の頃、自分の運命を受け入れられていなかった愚かな私は、いつかこの家の家族や自分にだけ冷たい使用人たちが、私のことを認めて愛してくれるようになるのだと信じていた。
庭を駆けまわって遊ぶ兄妹たちがうらやましくても決して文句は言わず、地下室の部屋でいつも笑顔を作って使用人を待った。
いい子にしていれば愛されると勘違いしていたのだ。
私の部屋に来る使用人はいつも気味悪そうに私を眺めて、用事を済ますとさっさと出て行くだけだと言うのに。
双子の姉が体調を崩したときのために、代わりを務められるくらいには勉強やマナーを教えておこうということになると、無駄にやる気を出して予習や復習を頑張った。
これを頑張ったら、いつかお父様やお母様が褒めてくれるのだと。姉のリディアよりもすごいねと私を表へ連れ出してくれるのではないかと、そんな愚かな期待をして。
もちろんそんなことになるはずもなく、お父様もお母様も私の勉強の進み具合など確認することすらなかった。
きっと頑張りが足らなかったのだ、次はもっと頑張ろうと、私は馬鹿げた決意をした。
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