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第二部
13.私のメイド
しおりを挟む予想通り、それから長い間アデル様に会う機会はなかった。
王家からはすぐに婚約者に内定したと連絡がきて、また王宮に遊びに来ないかと連絡が来ていたようだが、父が全て断っていた。
婚約者に決まったのだから、何も危険を冒して偽物の娘を会いに行かせることはないと判断したのだろう。どうせ春になれば学園の入学式があるから、そこで再会できると。
入学式の頃には姉のリディアの顔の傷も治っているだろうから、私の出番はない。
わかっていたことだけれどアデル様にもう会えないと思うと寂しくなった。
また退屈な日々が続く。家族にいないものとして扱われ、使用人に蔑まれ、地下に閉じ込められるだけの日々。
生まれたときからこんな生活なので、別に苦痛だとは思わない。
ただ、時折地上の部屋へ連れて行かれたとき、自分と同じ顔をしたリディアが楽しそうにしているのを見たときだけは、胃が重くなる感覚がした。
***
そんな日々の中で、私にとって非常に重大な出来事が起こった。
父が私に専属メイドをつけてくれると言うのだ。
そのときは驚いて、父が私に何かをしてくれる気になったことを喜んだ。
しかし、真相は何も私のためを思って決めてくれたわけではなかった。今は交代制でメイドが地下の部屋に来て私の世話をしているが、私の世話を任せる度にメイドたちから不満の声を上げるのだそうだ。
なんでも、薄暗い地下に降りて、不気味な生贄の子供の世話をするのは苦痛らしい。
主人の娘相手にそんな不満を口にすれば、普通であれば罰せられるはずだが、対象が私なので父はそれを許した。むしろ使用人のほうを慮って、私に専属メイドをつけて解決することにした。
私の専属メイドには、普通より高い給金を払って我慢してもらうと。
以上のことは、口さがない年かさのメイドが部屋に世話に来たときにご丁寧に教えてくれた。
このメイドは冷たい使用人たちの中でも特に私を敵視して、雑に扱うので嫌になる。なんでも、双子の姉のほうのリディアを大変可愛がっていて、同じ顔をした私が気に入らないらしい。
「よかったですね。リディアお嬢様。公爵が来てくださいますってよ。私たちメイドの間でも、リディアお嬢様のお世話をしなくて済むというので、大喜びしているんです」
そのメイドは顔を歪めながら品のない笑い声を上げる。私は黙ってその顔をじっと見つめていた。
メイドの言う通り、数分後にお父様がやって来た。
お父様の後に続き、階段を上って地上の部屋に出る。そこには数十人のメイドが集まっていた。
「どれにする。お前の専属メイドだ。好きなのを選べ」
お父様はそう尋ねるが、なかなか選ぶことができない。皆自分だけは選ばれたくないとでも言うように、目を逸らして私の答えを待っている。
げんなりした。この中の誰を選んでも、気味悪がられる日々が続くのだろう。そもそもこの屋敷で私に好意的なメイドなどいないのだから仕方がないが。
少しでも態度のいい者を選ぼうと、メイドたちに目を凝らす。一度選んだら、ずっとその人物に世話を焼かれなければならないのだ。慎重にならざるを得ない。
それにしても、何とも気乗りしないメイド選びだ。
そんなことを考えていると、部屋の外でバタバタと数人の足音が聞こえ、その後何かが叩きつけられるような音がした。お父様が怪訝そうに扉のほうに顔を向ける。
「お前はここで待っていろ」
お父様は私にそう言いつけると、部屋の外に出て行った。
言われた通り部屋で待つが、なかなか戻ってこない。私は父の後を追って部屋を飛びだした。
普段なら言いつけを破るような真似はしない。
怒られるのもお父様に失望されるのも怖いから。けれど、なぜだかその日は扉の外で聞こえた音がとても気になって、じっとしていられなかった。
メイドたちが慌てて追いかけて来るが、追いつかれる前に音が聞こえた場所を探しに走る。
探すまでもなく、すぐに見つかった。
二つ隣の部屋の扉が開いていて、中に人だかりが出来ている。お父様もそこにいた。部屋の真ん中に目を遣ると、数人の使用人たちがしゃがみ込んで誰かを押さえつけている。
使用人たちの間から押さえつけられている者の顔が見えた。茶色のぼさぼさ髪にほとんど一枚の布を縫い合わせただけのようなワンピースを着た、小さな女の子。
その子は泣くでもなく怒るでもなく、ただ体をバタバタと動かして使用人たちの手から抜け出そうともがいている。
一体何をしているんだろう、と考えていると、上から低い声が降って来た。
「ここで何をしている。待っていろと言っただろう」
お父様だった。不機嫌そうに顔を歪め、じっと私を睨みつけている。
私は慌てて謝った。父はため息をついたが、私を部屋に戻すまでする気はないようだった。
目の前の女の子が気になる。
あの子が可哀そうだなんて綺麗な感情ではない。ただ、どうしてだかわからないけれど私は彼女のことを知らなければならない気がした。
「あの、あの子は誰なのですか? なぜ捕まっているのですか?」
お父様は一瞬不快そうに眉根をひそめたが、教えてくれた。
「あれは貧民街から買ってきた子供だ。本来の使い道で使えないから雑用係として使ってやろうと思ったのに、それすらできないから、魔物の餌にするところだ。しかし、往生際悪く逃げだそうとしおって……」
お父様は腹立たしげに言った。
このときはお父様の言葉の意味がわからなかったが、後になって「本来の使い道」とはクロフォード家の魔力を集めるための生贄になることで、もともとの魔力の器が小さ過ぎて使いようがないという意味だと知った。
つくづくおぞましい家だと思う。
私はただじっと暴れる女の子を見ていた。六歳の私より随分小さく見えるけれど、一体何歳なのかしら。幼くしてクロフォード家に捕まってしまうなんて、私に劣らず運のない子供だ。
幼い女の子が大人数人を相手に暴れたところで敵うはずがなく、あっという間に手足を縄で縛られていく。その子は相変わらず体は大きく動かしているのに、表情一つ変えやしない。
ふと、頭におもしろそうな考えが浮かんだ。
この子でいいのではないかと。
「お父様」
「何だ」
呼びかけると、お父様は不機嫌そうに顔を向ける。
「私、あの子にします。専属メイド」
「は?」
お父様は呆気に取られた顔をした。私の言っていることが理解できないようだったので、もう一度ゆっくり伝える。
「私の専属メイドはそこで捕まっている子がいいです」
「何を言っている。あれは掃除もろくにできないのだぞ。同情のつもりか知らないが、あれを専属メイドにするのなら他のメイドはつけんぞ」
「構いません。あの子をください」
別に同情したわけではなかった。だって、あの子も気の毒だけれど、私だって負けずに不幸な暮らしをしているもの。
ただ、思ったのだ。
あんな小さな子供であれば、他のメイドたちのように私を蔑むことはないだろうと。
あのみすぼらしい身なりを見ると、クロフォード家に買われる前もまともな生活をしてきたとは思えないから、ちょっと優しくしてやれば簡単に懐柔できるかもしれない。
考えれば考えるほど、私にとって都合の良いメイドになりそうな気がしてくる。
お父様はこちらの考えを窺うようにじっと私の顔を眺めていた。それから、「許可しよう」とうなずいた。
「お前の世話をするのは皆嫌がっていたのでちょうどいい。しかし、一度言ったからには取り消しは認めんぞ」
「わかりました」
「どうなっても知らないからな」
お父様はそう言うと、使用人たちを止めて女の子の縄を解かせ、こちらに連れて来た。
「お前が願ったのだから、教育は全てお前がやるんだ。いいな」
「わかりました。ありがとうございます、お父様」
連れて来られた女の子は状況を飲み込めていないようで、目をぱちぱちとしばたかせている。
背も小さいし、体もガリガリ。改めて眺めると本当に使えるのかちょっと心配になってきたけれど、まぁなんとかなるだろう。
「私はリディア。よろしくね」
そう笑いかけたら、女の子は目をぱちくりした後、こくんとうなずいた。
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