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第二部
19.過去と後悔 アデル視点
しおりを挟むリディアと初めて会った日、私は一瞬で彼女のことが好きになった。
明るい緑の目も、金色の長い髪も、薔薇色の頬も、すべてが美しい。
初めは硬い表情で現れたその子が、目の色を褒めたら途端に嬉しそうに顔を綻ばせたのが、とても可愛らしかった。
リディアは中身も素敵な子だった。
ついはしゃいで喋り過ぎてしまったのに、彼女は飽きる様子もなくいつまでも楽しそうに話を聞いてくれた。
普段であればもっと聞き役に徹するのに、そのときは浮かれていたのだと思う。
しかし、途中で我に返ってリディアの話を聞こうとしたら、彼女は困り顔になってしまった。
何が好きか、どんな街に行ったことがあるのか、色々質問してみるが答えてくれない。尋ねる度に彼女の顔は悲しそうに歪んでいく。
私はリディアを連れ出すことにした。
彼女の手を引いて庭のあちこちを回る。池に花壇に小さな森に。
初めは戸惑い顔でついてきたリディアも、しばらく経つと目を輝かせて走り出すようになった。
リディアはどこを案内しても嬉しそうにしていた。
「こんなに楽しいの、生まれて初めてです」
リディアがそう言って笑ってくれるから、もっといろんな場所に連れ出したくなる。
執事がとうとう時間だと呼びに来たときも、ついふくれっ面をしてしまった。珍しく子供っぽい態度を取る私に、執事が驚いていたのを覚えている。
時間が経つのをこんなに早く感じたのは初めてのことだった。
その晩、父上にリディア・クロフォード嬢と婚約したいかと尋ねられたときも、私は一切迷うことなく答えた。
「父上、私はリディアに婚約者になって欲しいです」
珍しくはっきり希望を述べた私に、父上は心なしか嬉しそうな顔をしてうなずいてくれた。
こうして私とリディアの婚約は決まったのだ。
***
それから数ヶ月、リディアと会うことはなかった。
父上は再び会う機会を作ろうとクロフォード家に何度も連絡を入れてくれたが、その度に公爵に予定が合わないと断られたらしい。
残念な気持ちを抑えながら、学園へ入学する日を待つ。私とリディアは同い年だから、入学したら毎日会えるようになるだろう。
しかし、心待ちにしていたリディアとの再会は、あまりいいものにはならなかった。
再会した彼女は、外見は変わらず愛らしいのに、初めて会った日と随分違ってしまっていた。
あの日の優しげな目とは違う濁りのある瞳で私を見て腕に絡みつき、猫撫で声で話しかけてくる。大人の女性みたいで気味が悪かった。
初めて好きになった女の子にそんなことを思ってしまう自分が嫌だった。
さらに不快だったのが、彼女が私や私の回りの高位貴族には礼儀正しくても、下位貴族の生徒たちには大変冷たい態度で接することだ。
少しの間違いに声を荒げ、気に入らない者は取り巻きと一緒になって悪口を言ったり、嫌がらせしたりする。
そのくせ、私がそばにいるときは絶対にそんな真似をせず、ついさっき自分が突き飛ばした生徒に優しく微笑んでハンカチを渡して見せるのだ。
彼女のそばにいると気が滅入った。
数ヶ月で何があったんだろう。いや、こちらが彼女の本性なのだろうか。
数ヶ月でここまで性格が変わるとは考えにくい。それならば、初めて会った日は演技をしていたのではないかと考えるのが自然だ。
あのときは私の婚約者が誰になるか決まっていない状態だったから、将来の王太子妃の座を手に入れるために愛らしい子を演じて見せたのかもしれない。
普段の彼女を見ているとそこまで知恵が回るようには見えないが、公爵や公爵夫人のアドバイスあったと考えれば不思議はない。
それにあっさり騙されて、私はなんて愚かなのだろう。
リディアへの失望は日に日に募っていく。
しかし、時折リディアは出会ったときと同じ澄み切った目でこちらを見る日があった。そんな彼女を見ていると、自分が彼女を嫌っていることを忘れそうになる。
けれど、私はその感情を見ないふりをした。
リディアを嫌悪すると同時に、自分自身のことも嫌悪していたからだ。演技にあっさり騙されて浮かれていた自分が情けなく、そのことを深く考えたくなかった。
そうやって逃げていたから気づかなかったのだ。
違和感を抱いた瞬間は何度もあったのに。
私はリディアを救える立場にありながら、何も知らず彼女を放置し続けた。
***
「アデルバート様ー、真っ青になっちゃって大丈夫ですか? そんなにショックでした?」
話を聞いて呆然としている私をローレッタが覗き込んでくる。
「リディアは……リディアは私の知らないところでそんな扱いを受けていたのか」
「そうですねぇ。お嬢様ずっと地下に閉じ込められて、誕生日には毎年魔力を溜めるための入れ墨を彫られて、散々な扱いを受けてましたね」
「リディアが……そんな目に……」
目の前が真っ暗になるような気分だった。私の前で笑っていたリディアが生家でそんな目に遭っていたなど、想像もしたくない。
「アデルバート様なら気づいてくれるんじゃないかなって期待したこともあったんですけど、全然だめでしたね。お嬢様、たまにリディア様が寝込んだときに代わりに学園に行ってたんですよ。でも、その度にまたアデルバート様が冷たくなったってがっかりして帰ってきました。……え、アデルバート様!?」
気が付いたら頬を涙が伝っていた。ローレッタは困惑した顔で私を見ている。
「ちょ、落ち着いてください、アデルバート様。嫌な言い方してすみません。双子だなんて普通わかりませんから」
「わ、私はリディアを助けることもせず、ただ態度が変わったと嫌悪するだけで……! なんと愚かなのだ……!」
ぼろぼろ涙を流す私を、ローレッタは困惑しきった顔で見ていた。
「い、いや、ちょっと泣かないで下さいよ。困ります」
「そばにいる者の苦しみにも気づけないなど、王太子失格だ……! 今すぐ継承権剥奪を申し出て来る。私には民の上に立つ資格などない……!」
「アデルバート様! ちょっと落ち着いてください! 継承権がどうとかは好きになさっていいですけど、今じゃなくてもいいでしょ!」
取り乱す私をローレッタは呆れ顔で止める。私は我に返って席に座りなおした。
「ああ、すまない……。今やることではないよな。今はリディアを一刻も早く救いだすのが先だ。彼女は、今も閉じ込められているのか?」
「はい。けれど、今は普段よりもっと悪い状況です。普段は地下室といってもちゃんと部屋の形をしたところに住まわされているんですが、この前アデルバート様に会いに抜け出したときにリディア様に見つかっちゃって。あ、双子の姉のほうのリディア様です。お嬢様、今は地下室のさらに奥の地下牢に閉じ込められているんです」
「地下牢だと……!?」
嫌な響きに血の気が引いた。
それにしても、私に会いに来たことがきっかけで牢に入れられることになったなんて。そういえば、あの日私はクロフォード家の調査結果をまとめるのに手間取り、待ち合わせ時間に遅れたのだ。
自分の失態に拳を強く握りしめる。
「はい。私もちょっとの間閉じ込められてましたけど、狭くて嫌なところでした。だから早く出してあげたいんですよね」
「ああ、一刻も早く救出に行こう。もたもたしていてはリディアに危害を加えられる危険もある」
「それは大丈夫だと思います。リディアお嬢様は強いので」
「どういうことだ?」
ローレッタは心配しているようには見えなかった。
しかし、強いとはどういうことだろう。危害を加えられる心配のないほど強いのであれば、そもそも捕まったりしないのではないか。
「あまり心配しなくていいですよ。でも、計画を完璧な形で成功させたいので、アデルバート様が協力してくれたら助かります」
ローレッタは緊張感なく笑いながら言う。
「もちろんだ。協力しよう。その計画というのを教えてくれ」
私が言うと、ローレッタは楽しそうに語りだす。
私はリディアを必ず助けると誓った。もう二度と、彼女を苦しめたりしない。
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