53 / 58
第二部
23.すべての後④
しおりを挟む
「リディア、静かにしてちょうだい。せっかくお父様の呻き声が止んでいるのよ。眠っているのに起こしたらかわいそうでしょう?」
「あんたがさっさとここから出せばいい話でしょう」
「いい子にしていたら、考えてあげなくもないわ」
私はもう一度双子の姉に微笑んで、彼女の牢屋の前を後にした。
「そう言えば、旦那様の牢屋静かですね。珍しく寝てるのかな」
「いつもヒィヒィ怯えてうるさいのにね」
「意外と根性ないですよね」
ローレッタはそう言って笑った。
自分が地下牢にいることに気づいたときも、入れ墨を入れられる時も、一番大騒ぎしたのがお父様だった。彼はすっかり私に怯えきり、牢屋の前に行く度に媚びたように声をかけてくる。
そんな姿を見ていると、幼い頃の私はどうしてこの人に怯え、認められたいとあがいていたのだろうかと不思議で仕方なくなる。
お父様は牢屋での暮らしがよほど辛いのか、起きているときはしょっちゅう呻き声をあげているので、うっとうしいことこの上ない。
リディアは矜持を忘れず反抗的なままだし、ほかの家族はちゃんと大人しくしているというのに。大人しくというか、生気を失っているといったほうが正しいのかもしれないけれど。
「でも、こんなことよくアデルバート様に正直に話して許してもらえましたよね。あの正義感の塊みたいな人が」
「多分、涙で目を潤ませて復讐したいのはいけないことなんでしょうかって弱々しく言ったのが効いたのね。アデル様、単純だから。本当にやりやすいわ」
「お嬢様、本当にアデルバート様のこと好きなんですか……?」
「もちろんよ。あの単純なところが可愛いんじゃない。正義感に駆られて行動して逆に周りを追い詰めちゃいがちなところとか、とっても愛らしいわ」
「うわぁ……。アデルバート様、ちょっとお気の毒って思っちゃいました……」
ローレッタは若干引いた目で私を見てくる。
「本当にアデル様のことは好きよ。世界で二番目に」
「一番じゃないんですか」
「一番は決まってるでしょ?」
私がそう言うと、ローレッタは両手で頬を覆って照れ始めた。
婚約するにあたり、私はアデル様に二つの頼みごとをした。
一つはできることなら叶えて欲しいこと。アデル様は真実が明らかになれば、クロフォード家は奪爵はもちろんのこと、何らかの罰を受けるだろうと言っていた。当主や夫人は処刑される可能性が高いと。
けれど、それは嫌だった。ただ死なせるなんて生ぬるいことよりも、私が生まれた時から置かれてきた環境を味あわせてやりたかった。
だからアデル様に、クロフォード家を公には死んだことにして、私に地下牢で罰を与えさせてくれないかと頼んだのだ。
アデル様は散々戸惑った顔をした後、それを認めてくれた。
もう一つの頼みは絶対に叶えて欲しいこと。聞いてもらえないのなら婚約はできないと言ったら、アデル様は緊張した顔でそれはなんだと聞いてきた。
頼みとは、婚約してからも、私が妃になってからも、ずっとローレッタを専属メイドとしてそばに置かせて欲しいということ。アデル様はほっとした顔をして、こちらはすぐさま許可してくれた。
アデル様が認めてくれたので、私はやっと安心して婚約することを決める。
私にとってローレッタがそばにいることは、何よりも大切なことなのだ。
「リディアお嬢様、私もお嬢様が世界で一番好きですよ!」
「あら、私は誰なんて言ってないけど?」
「言ってなくてもわかります!」
ローレッタが嬉しそうににこにこ笑っている。
自由で、誰にも苦しめられなくて、ローレッタがそばにいる生活。なんてすばらしいのだろう。地下牢は薄暗いが、私の目に映る世界は輝いて見える。
ああ、とても幸せ。
ひんやりとした冷たい空気も、牢屋の奥から聞こえる呻き声も、ただよう血の匂いも、何もかもが私を祝福しているみたいに感じる。
「私たちって幸せね。ね、ローレッタ?」
私が笑みを向けると、ローレッタは三つ編みを揺らして大きくうなずいた。
◇ ◆ ◇
ここまで閲覧ありがとうございます
もう少しで終わります!
「あんたがさっさとここから出せばいい話でしょう」
「いい子にしていたら、考えてあげなくもないわ」
私はもう一度双子の姉に微笑んで、彼女の牢屋の前を後にした。
「そう言えば、旦那様の牢屋静かですね。珍しく寝てるのかな」
「いつもヒィヒィ怯えてうるさいのにね」
「意外と根性ないですよね」
ローレッタはそう言って笑った。
自分が地下牢にいることに気づいたときも、入れ墨を入れられる時も、一番大騒ぎしたのがお父様だった。彼はすっかり私に怯えきり、牢屋の前に行く度に媚びたように声をかけてくる。
そんな姿を見ていると、幼い頃の私はどうしてこの人に怯え、認められたいとあがいていたのだろうかと不思議で仕方なくなる。
お父様は牢屋での暮らしがよほど辛いのか、起きているときはしょっちゅう呻き声をあげているので、うっとうしいことこの上ない。
リディアは矜持を忘れず反抗的なままだし、ほかの家族はちゃんと大人しくしているというのに。大人しくというか、生気を失っているといったほうが正しいのかもしれないけれど。
「でも、こんなことよくアデルバート様に正直に話して許してもらえましたよね。あの正義感の塊みたいな人が」
「多分、涙で目を潤ませて復讐したいのはいけないことなんでしょうかって弱々しく言ったのが効いたのね。アデル様、単純だから。本当にやりやすいわ」
「お嬢様、本当にアデルバート様のこと好きなんですか……?」
「もちろんよ。あの単純なところが可愛いんじゃない。正義感に駆られて行動して逆に周りを追い詰めちゃいがちなところとか、とっても愛らしいわ」
「うわぁ……。アデルバート様、ちょっとお気の毒って思っちゃいました……」
ローレッタは若干引いた目で私を見てくる。
「本当にアデル様のことは好きよ。世界で二番目に」
「一番じゃないんですか」
「一番は決まってるでしょ?」
私がそう言うと、ローレッタは両手で頬を覆って照れ始めた。
婚約するにあたり、私はアデル様に二つの頼みごとをした。
一つはできることなら叶えて欲しいこと。アデル様は真実が明らかになれば、クロフォード家は奪爵はもちろんのこと、何らかの罰を受けるだろうと言っていた。当主や夫人は処刑される可能性が高いと。
けれど、それは嫌だった。ただ死なせるなんて生ぬるいことよりも、私が生まれた時から置かれてきた環境を味あわせてやりたかった。
だからアデル様に、クロフォード家を公には死んだことにして、私に地下牢で罰を与えさせてくれないかと頼んだのだ。
アデル様は散々戸惑った顔をした後、それを認めてくれた。
もう一つの頼みは絶対に叶えて欲しいこと。聞いてもらえないのなら婚約はできないと言ったら、アデル様は緊張した顔でそれはなんだと聞いてきた。
頼みとは、婚約してからも、私が妃になってからも、ずっとローレッタを専属メイドとしてそばに置かせて欲しいということ。アデル様はほっとした顔をして、こちらはすぐさま許可してくれた。
アデル様が認めてくれたので、私はやっと安心して婚約することを決める。
私にとってローレッタがそばにいることは、何よりも大切なことなのだ。
「リディアお嬢様、私もお嬢様が世界で一番好きですよ!」
「あら、私は誰なんて言ってないけど?」
「言ってなくてもわかります!」
ローレッタが嬉しそうににこにこ笑っている。
自由で、誰にも苦しめられなくて、ローレッタがそばにいる生活。なんてすばらしいのだろう。地下牢は薄暗いが、私の目に映る世界は輝いて見える。
ああ、とても幸せ。
ひんやりとした冷たい空気も、牢屋の奥から聞こえる呻き声も、ただよう血の匂いも、何もかもが私を祝福しているみたいに感じる。
「私たちって幸せね。ね、ローレッタ?」
私が笑みを向けると、ローレッタは三つ編みを揺らして大きくうなずいた。
◇ ◆ ◇
ここまで閲覧ありがとうございます
もう少しで終わります!
応援ありがとうございます!
22
お気に入りに追加
2,828
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる