千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第三章 調査任務

29.傍観する器用貧乏

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 馬車に揺られることおよそ半日、太陽が最も高く昇ったころ。
 二つの騎士団と冒険者の混成部隊は、調査対象地域である山岳地帯の麓へと到着していた。

 山といっても緑は少なく、そのほとんどが荒れた岩肌をさらしていた。少なくとも人が住むのに適した地域じゃない。

「おうボウズ、急いで外に出るぞ。この場所を拠点とするため、簡易キャンプの設営をするんだ。もちろんお前にも手伝ってもらうぜ」

 馬車が停止するやいなや、同乗していた騎士団のメンバーのひとりが飛ぶように馬車を降りていく。そのすれ違いざまに、バシンと音がするぐらい肩をひっぱたかれ、俺は長旅で凝り固まっていた腰を上げた。

「いてて……おっさん、ちょっとは加減してくれよ」
「ふふ、仲良くなったみたいでなによりです」

 先に行った壮年の騎士団員を追うように馬車から降りると、俺のすぐ後ろにアニエスも続いた。
 肩をさする俺を見て微笑み、さっき叩かれたのと反対側の肩をポンと軽く叩く。

 ……とまあそんな感じで、白翼騎士団のみんなは、初対面の俺に対して意外と友好的な態度だった。
 隊長であるアニエスを始めとし、最年長であるおっさんや、二十代半ばぐらいの他三人の騎士団員も、俺に対して普通に接してくれた。
 おっさんに関しては少々手荒な部分もあるが、からっとした嫌味を感じない態度には好感を持てる。

 そのおかげで道中も過ごしやすかった。
 冒険者や黒牙騎士団の連中と同様に毛嫌いされてしまい、馬車の中が険悪な空気になるのではと懸念していた。
 だが、良い意味で予想は裏切られ、この人たちは見ず知らずの俺を温かく迎えてくれたのだ。

「何ィ!? お前ら何を勝手なことを言ってやがる!」

(……ん? なんか騒がしいな)

 馬車を降りてすぐに、何か問題が発生したのか、ひとりの男が大声を上げていた。
 それは先程俺の肩を叩いていった騎士団員からのものだった。アニエスの所属する部隊の副隊長で、年齢は五十一歳、名前はフライオニールスというらしい。長ったらしいし言いにくいので、俺は『おっさん』と呼んでいる。

「ふん、馬鹿言え。俺達は黒牙騎士団の第四部隊だぞ? たかが調査任務のような取るに足りない任務にわざわざ参加してやっているんだ。キャンプの設営などやっていられるか」
「お前ら……!」
「雑用なら貴様ら白翼騎士団がやればいい。平民上がりの貧弱な小娘が隊長なのだ、どうせ落ちこぼれの集まりなのだろう?」
「――テメェ!!」

 おっさんと対峙しているのは、黒い鎧の男たち。
 その中でも一際鍛えられた肉体を持つ、おっさんと同じかやや若いか、といった年齢の男だ。

 深い皺の入った額から左の眼窩がんかにかけて、大きな傷痕があり、他にも細かな傷跡が肌に散見できる。それは、いくつもの死線をくぐり抜けた歴戦の猛者であることを物語っていた。
 実際、何気ない動きですら隙がないし、その実力は相当なものだろう。

 そんないかつい野郎と対峙しているおっさんは険悪な顔をしている。どうやら揉め事のようだな。

「やめてください!」

 揉め事に気付いたアニエスが、すかさず二人の間に割って入る。
 まずは今にも飛びかかりそうだったおっさんへ向け、手のひらを向けて静止を呼びかけていた。
 
「お嬢……! いや、だってこいつらがよぉ……」
「フライオニールス。ここが戦場ではないにしても、少々冷静さに欠いていますよ」
「……っ、すまねえお嬢」

 アニエスの言葉で、冷静さを取り戻したのだろう。おっさんは振り上げた手をゆっくりとおろし、深く呼吸をして気持ちを落ち着かせている。

「……戯れ言は済んだか? であれば我々は行かせてもらおう」
「ガリオット隊長殿、お待ちください」

 おっさんが落ち着いたことで踵を返そうとする黒牙騎士団の男だったが、その途中でアニエスに名を呼ばれたことで、ぴたりと動きを止める。

「……何だ?」

 半身ほど身体を翻らせたままの状態で、アニエスの方を見ることなく、ガリオットと呼ばれた男は短く応えた。

「簡易キャンプの設営も任務のうちです。怠ってしまえば支障が出ますよ?」
「……ふん。そもそも調査任務など我々のみで事足りるのだ。なんなら貴様らは雑用だけして、見物でもしてるがいいさ」
「ですが、こうして我々が集められたのは、きっと不測の事態を想定してのことです……!」
「くどいぞ。どうしても雑用が嫌だと言うなら冒険者連中にでも押し付けておくがいい」

 ガリオットはそれだけ言い残すと、これ以上の問答は不要だと言わんばかりの頑な態度で、部下を引き連れ山間の道へと進んでいった。

「くっ、勝手なことばかり……!」
「お嬢、やっぱりここは俺がガツンと言ってやるよ!」
「……いいえ、悔しいですけれど彼らの実力は本物です。余程のことがない限り、問題がないのも事実……。仕方がないですが、キャンプの設営は残った者でやりましょう」

 ガリオットの独断専行に狼狽していたアニエスだったが、すぐに気を取り直し俺へと振り返った。

「ごめんなさいユーリ、見苦しいところを見せてしまいましたね」
「いや、気にしないでくれ。それと……言いにくいんだが、どうやら雑用は俺たちだけでやらなきゃならないようだぞ」
「えっ? ……あっ」

 俺の言葉を受け周囲を見渡したアニエスは、その意味するところを理解し、その表情に落胆の色を浮かべる。

「冒険者たちまで……いつの間に」
「黒牙騎士団の連中の後をコソコソとついていったぞ」

 アニエスはガリオットとの会話に熱中していて気が付いていないようだったが、冒険者連中が気配を隠しながら動いていたのを俺はしっかりと察知し、観察していた。
 あの様子だと、黒牙騎士団が倒した魔物のおこぼれでも狙ってるのかもしれないな。なんにせよ、冒険者グループも騎士団と足並みを揃える気はさらさらないようだ。

「はぁ……これ以上不安要素を増やさないでほしいです……」
「まあ……俺は協力するからさ」

 一連の騒動を傍観していた俺は、度重なる難事に深く肩を落としていたアニエスに、気休め程度にしかならないであろう言葉をかけた。
 
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