千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第三章 調査任務

EX8.切り札

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 次の瞬間、扉の向こう側で待機していた人物が姿を現す。
 その者の名は、アニエス・ネージュ。セイン率いる白翼騎士団の部隊長を務めるうら若い少女だった。

「失礼します」

 アニエスは入室と同時に膝をつき、深々と頭を下げる。
 王や各団長と顔を合わせたことはあるが、このように厳粛な会議の場に足を踏み入れるのは初めてだった。そのため、アニエスは少し肩を震わせ、萎縮してしまっている。

「あらぁアニエスちゃん。魔人討伐の報告をしたのって、あなただったのね」
「ふん、貴様か……」

 好意と嫌悪の眼差しが混じり合い、アニエスへと注がれる。だが、いつまでも緊張をしてはいられない。アニエスは気を引き締めながら顔を上げた。

「白翼騎士団第七部隊、隊長のアニエス・ネージュであります。この度は発言の許可をいただき、ありがとうございます」
「うむ……して、アニエスよ、お主の申したい事とはなんだ?」
「はい、我々が魔人を討伐した経緯についてです」
「経緯……? アニエスよ、お主らが死力を尽くして魔人を討伐したこと、疑うわけではないが……褒賞を与えたいのは山々なのだが……今はそれどころではないのは理解しておろう?」

 アムダルシア王、そしてアリューゼからの冷ややかな視線を受けつつも、アニエスは怯まなかった。たとえ褒賞目当てのアピールだと勘違いされようとも、言わねばならぬことがあったからだ。

「いいえ陛下、魔人を討伐したのは我々騎士団ではありません。ひとり……たったひとりの少年によって成されたのです」
「――おい小娘、それ以上ふざけたことを抜かすなよ……!!」

 魔人を単独で討伐した者がいる。その発言を聞いて怒りを露にしたのは、アリューゼだった。
 アリューゼは怒りのあまりに円卓を思い切り叩きながら立ち上がり、アニエスへ向け殺気を放った。

「――っ」

 アニエスは王国一の武人と名高いアリューゼの殺気を直に受け、思わず息を飲む。

 アリューゼは、魔人討伐の報告を疑っていなかった。ガリオットとその部下たちが命と引き換えに討伐したのだと、そう思っていた。
 だから、アニエスの発言は許せるものではなかった。たったひとりの人間に魔人が倒せるとも思えないし、もしそうだと仮定するのなら、ガリオットの死は無意味なものになるからだ。

「……残念ですが、これは真実です」
「どうやら死にたいようだな……!」
「待て、アリューゼよ。話は最後まで聞くものだ」

 王に嗜められ、アリューゼは渋々と席へ戻った。それと同時に、万が一の事態に備え、いつでも動けるよう準備していたセインとマリーネの二人も、警戒を解く。
 だが、殺気のこもった視線だけは、いまだにアニエスへと鋭く突き刺さったままだ。

「彼……ユーリは、鎧をも容易く切り裂く魔人の攻撃を容易く捌き、私が知らない幾多もの魔法を駆使して魔人を討伐しました。魔人の襲撃に対抗するには、単独で魔人を討伐せしめた彼の力が必須かと存じます」
「ユーリ……と申したか。その男がそこまでの使い手ならば、国外に在住していたとしても一度くらいはその名前を耳にしたことがあるはず。
 だが、余は噂話のひとつも耳にしたことがない。お主のことを信用していないわけではないが……いまいち信憑性に欠ける話だ」
「いえ、陛下。陛下も一度はその名を耳にしているはずです」

 そう言われ、思考を巡らせるアムダルシア王であったが、一向に『ユーリ』という男の名は思い浮かばなかった。
 しかし、アニエスの思惑とは別の人物にひらめきがあった。

「あっ……!」

 頭の奥底に眠っていた記憶を掘り起されたセインは、思わず声を上げていた。

「む……? どうした、セイン」
「あ、いえ……思い当たる節がありまして」
「ふむ、すまぬが余には心当たりがない。この老骨に教えてやってくれ」
「はい……あれは確か八年前、天命の儀を受けた者の中に、世にも珍しい加護を持った少年がいるという報告がありました。その者がユーリという名前だったと記憶しております」

 ユーリの加護を聞いたセインは、是が非でも白翼騎士団に欲しい人材だと思っていた。だからこそ、その名前を聞いただけで、八年経った今でも思い出すことができたのだ。

「ふむ……おお、おお。思い出したぞ。セイン、お主がどうしても入団させたい少年がいると懇願してきたのをな」
「お、お恥ずかしい限りです……我々白翼騎士団の理念に合致した加護だったので、どうしても入団させたく思い、アニエスを使いに出したのを覚えています」
「まったく……アニエス嬢の件といい、まだ十にも満たない子供を騎士団に入れる無茶を通せなどと、余を困らせおってからに」
「は、はは……」

 ――バァン!!

 たるんだ空気を引き締めるがごとく、アリューゼが再び円卓を思い切り叩く。

「……御託はもういい。小娘、そのユーリとやらが本当に稀有な加護を持っていると言いきれるのか? 本当に戦力になるのかを、今すぐに証明できるのか!?」

 アリューゼは凄まじい剣幕でアニエスへと怒声を飛ばした。

「……い、いえ。本当にあのときの少年なのかどうかは、私見でしかありません。
……彼の実力についても、実際に見ていただかないことには……」
「だったらそいつを連れてこい! 今すぐにだ!」
「も、申し訳ありません。任務終了の時点で別れてしまったので、今彼がどこにいるかは私も把握しておらず……」

 もしユーリが冒険者だった場合、冒険者ランクというわかりやすい指標があるので、すぐに判断を下すことができただろう。
 だが、今のユーリは一般人だ。過去の実績も何もない。あるのはアニエスの証言のみ。これを鵜呑みにしろというのは無理がある。
 しかも、稀有な加護を持つかどうかも曖昧で、居場所までもわかないときた。この時点で、アリューゼの怒りは頂点に達していた。

「っ、あぐっ……!」

 アリューゼは一瞬のうちにアニエスの胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。アニエス本人はおろか、セインでさえも反応できない速さで。

「アリューゼ! やめるんだ!」
「言ったはずだ。時間の無駄だった場合、斬り伏せると」

 セインの制止の言葉を、アリューゼは冷たい言葉の刃で返す。もともとそういう条件を付けてアニエスをこの場に呼んだのだ、多少の体罰には目を瞑るしかない。セインできるのは、万が一本当に刃を抜いときのために備えておくことだけだった。

「……二日だ、二日後の正午まで時間をやる。だが、期日までにお前の言葉が証明できなかった場合、相応の処罰を覚悟しておけ」

 腕の力を緩めぬまま、アリューゼは『二日』という期間を提示した。その猶予を過ぎれば容赦はしないとも。

「は……い」
「ふん」

 肯定の返事を聞いたアリューゼは、ぱっとアニエスを拘束していた手を離し、この場から立ち去っていった。
 残されたアニエスはうまく着地できずに、膝立ちの状態で両手を床につき、激しく咳き込んでしまう。

「アニエスちゃん大丈夫? ……ちょっとアリューゼ、やりすぎよ」

 慌ててマリーネがアニエスを支えながら、アリューゼを嗜めるものの、去り行く背中には響かず、ついには部屋を出ていってしまった。

「ごほっ、ごほっ……だ、大丈夫ですマリーネ様。少々むせてしまっただけなので……」
「そう? ならいいけど……ごめんね、さすがの私も回復魔法は使えないのよね」
「いえ、ご心配ありがとうございます……」

 回復魔法を使える者は極少数である。その理由は、どれだけ魔力が高くても、適正のある加護でないと習得すらできないからだ。

 それは宮廷魔術師団の団長であるマリーネでさえも例に漏れない。それ故に、アニエスは確信を持ったのだ。魔人を圧倒するほどの魔法を見せ、自分たちを癒す回復魔法を使ったユーリの特異さに。

 ――そして、来る魔人の襲撃に対する『切り札』になるであろうことを。
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