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【貧乏貴族令嬢との出会い】

抱える問題と交渉

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 食事を終え一息ついたアースに、エレミアは昨日の話題を切り出す。

「アース、食べ終わったばかりで申し訳ないのだけど……昨日の件の続きを聞いてもらえるかしら?」

「昨日の件か、たしか相談があるんだったな。もちろん聞こう」

 エレミアの真剣な表情に、アースは食事で緩んだ気持ちを切り替える。

「その前に、この街……リーフェルニア領がどんなところか説明をさせてもらうわ」

「説明……か、やはり何か特殊な事情があるのか?」

「ええ、私のお父様は辺境伯なの」

 確かにこれだけ立派な館に住んでいるのだから、それなりに位の高い貴族であるだろうとアースは思っていた。

 しかし、この部屋に来るまで人気ひとけを感じられず、使用人もマリアしか見ていない。館の広さに対し人が少なすぎる。何らかの事情があるのだろうと感じてはいた。

「辺境伯か、かなり良い家柄なんだな」

「ええ、でも実際には辺境伯とは名ばかりで、ろくな資金提供も領地も得られずに辺境の地へ飛ばされた没落貴族、ってところかしら」

 辺境の地と聞き、アースは頭の中に世界地図を思い浮かべる。

 魔族は人間との人口の比率が魔族ひとりに対し人間側は千人と、おおよそ千倍の差があるとされているが、普通の人間族に比べ魔族は圧倒的に能力が高く、数的劣勢がありながら魔族の支配地域は世界の半分近くにも及んだ。

 人口の少なさとその治める領地が反比例する都合上、魔族側の支配域には未開拓かつ領主もいない地域が多く、統治が行き届いておらず実質的にどの国からも支配されていないような場所がいくつもあり、それは特に国境付近に多く存在していた。

 おそらくエレミアの父親は、そういった場所に送られ、少しでも人間の領地を増やす為に使い捨て感覚で命じられたのであろうとアースは推測した。

「それでもお父様は腐らずにこの辺境を開拓したわ。お父様がこの地へ来てから20年。多大な犠牲を払いながらも、やっと街と呼べるほどに成長したの」

 魔族側も、支配域とはいえなにもない未開の地をわざわざ防衛する意味もない。それも国境付近となれば尚更だ。
 多少の人間族が住み着いたところで歯牙にもかけないだろう。

「そうか……館に人が少ないのは開拓に資金の大半を使ったためか?」

「そうね……それもあるけど、帝都みたいに防衛設備がしっかりしてるわけでもないし、ほとんど魔族領みたいなこんな辺境に住みたいなんて人は多くはないわ。今いる領民は基本的に居場所を無くした訳ありな人たちがほとんどね。お父様はそうはいった人達を積極的に受け入れていたの」

「訳あり……か」

「人それぞれ事情はあるわ。未知の病を患って住んでた村を追い出されたり、亜人との混血で迫害を受けたりとかね。まあ、あなたも何か訳ありなのでしょうけど……あまり深くは聞かないでおくわ」

 アースは、エレミアから自分と同じような境遇の人々の話を聞き、どこか他人事には感じられなくなっていた。同時に、自分は比較的恵まれた環境にいたのだと感じ、改めて魔王に感謝の念を抱いた。

 しかし最終的には冤罪をかけられ、殺されかけてしまったのだから複雑な心境ではある。

「それであなたにお願いしたいのは、さっき話した未知の病にかかった人のことなの。この街に最近越してきたんだけれど、その人を診てもらいたいと思って」

「病か……ああ、わかった。診てみよう」

「ほんとっ!?」
 
 混血ゆえかアースは人間に対する忌避感は無く、魔族、人間族問わず全ての種族を一人の人として見ている。
 他種族だろうが人助けをすることに何の躊躇もないアースは、迷う素振りも見せずに即答する。

「ここまで世話になったんだ。俺に出来ることであれば何でもしよう」

「――ありがとう! 早速だけど案内するわ、付いてきて。マリア、館の事は任せたわよ」

「かしこまりました、お嬢様」

 アースとエレミアは席を立ち、食堂を後にする。
 道すがら、初めて館の外に出たアースが辺りを見回すと、閑散とした雰囲気で、建物もそこまで多くはない。

 辺境の地ということで予想はしていたが、整地なども最低限であり、定住するのに苦戦した痕跡が見られる。そしてやはり人口は多くなく、ぽつぽつとしか住民は確認できなかった。せいぜい二、三百程度だろう。

「ここよ」

 などと考えているのも束の間、アースは目的地の家へと辿り着き、エレミアがドアをノックする。

「おはようございます。マーカスさん、いらっしゃいますか?」

 しばらくしてドアが開かれ、頭の横で二つに髪を結んだ、桃色の髪の幼い女の子が顔を覗かせる。

「……あ、エレミア姉ちゃん!」

「あらこんにちは、カノンちゃん。パパとママに用事があるんだけど、入っていいかな?」

「うん! パパとママいるよ! どーぞ!」

「ありがと、お邪魔します」

「……邪魔をする」

 エレミアに続きアースも家の中へと進むと、ベッドに横たわる女性と、その女性を心配そうに看病する男の姿があった。

「エリザ……今日の調子はどうだい?」

「ええ、あなた……おかげさまで今日も調子は良いですよ。――あら? お客様かしら? 今お茶を淹れ――ゴホッ、ゴホッ!」

 床に伏す女性がアースたちに気付き、身体を起こそうとするも、急に咳き込んでしまう。その容貌は見るからにやつれていて、蒼白な顔には生気が感じられない。

「エリザ、無理をするな! 横になってるんだ!」

「……マーカスさん、エリザさん、おはようございます」

 エレミアが挨拶をすると、マーカスと呼ばれた壮年の男性がこちらに振り返る。
 短く切り揃えられた栗毛と、細身ながらもしっかりと筋肉はついている体つきだ。
 顔立ちは平時であれば穏やかそうなものだったが、今は疲労感が漂い、どこか目付きも鋭く感じられる。
 
「……エレミア様。何の御用でしょうか」

「突然ごめんなさい。マーカスさん達に会わせたい人がいるの。……アース、こちらマーカスさん。この街では細工師として細々とした道具全般を作ってくれているわ」

 エレミアの紹介を受けアースが視線を送ると、マーカスはアースを恨めしそうな目で睨み付けてきた。
 
「それと、奥さんのエリザさん。二人の娘さんのカノンちゃん」

「よろしくー!」

 カノンが元気よく挨拶をし、エリザは横になっていたので軽く頭を下げる。

「アースだ。よろしく頼む」

「――――お前のせいだ」

「ん?」

「……お前のせいで妻が死んじまうんだよぉぉぉっ!!」

 マーカスは顔を会わせるやいなや、アースに対し怒声を浴びせかけたのだった。
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